1-1 関西弁少女
ヨシノの異世界デビューです。
「主観100%で正直よく分からない話しだったけれど、とにかくあなたは人間だった頃に辛い思いをしたのね。」
優しい声が心に響く。
あの夜、私は死んでしまったようで気がつくとフワフワとした光の中にいた。
何も出来ずただ光の中で微睡んでいたところ、この優しい声が話しかけてきたのだ。
「あなたの様なお喋りな木に出会うのは初めてで驚いたけれど、前世が人間だなんて興味深い話だわ。ところで何点か気になることがあるのだけれど、元同僚はオスなの?メスなの?」
この声の主によると、私はどうやら木のようだ。通りで体が全く動かないわけだ。視覚、聴覚、触覚、嗅覚もない気がする。ただフワフワとした光の中で優しい声だけが響き渡る。
『元同僚は男性です!そんなことより、ここはどこですか?』
「そうなのですね。元同僚はオスと。私の考えによると話しに出てきたコネ入社?の人はメスなのではありませんか?」
この謎の優しい声、私の質問を完全無視だ。そして人間をオスメス扱いする辺り、普通の人ではなさそうだ。
『コネ入社は女性です。ところであなたは誰ですか?どうして木である私と話が出来るのですか?』
この声の主の言う通り、私が本当に木なら話が出来るなんておかしな話しである。これは、まさかまさかの異世界転生なのでは!!
「あなたは少し落ち着きなさい。今、重要なことは元同僚とコネ入社の性別がオスメスであったということです。そして、あなたの死の直前に元同僚が手の込んだ演出のもと伝えたかったことは一体何だったのか。考えなければなりません。」
優しかった声が深刻な感じになってきた。
「元同僚が転職する原因となったコネ入社とのトラブルについて、本人に聞いたことはありますか?」
『それについては電話で何度か聞きましたが、個人的なことなので話しづらいと言葉を濁され、もし本当のことが知りたいなら直接会って話したいと言われました。』
「それで、あなたはどうしたのです?」
「仕事が忙しいので落ち着いたら、と断りました!」
「何でやねん!!何ですぐに会いに行かへんねん!!」
優しい声が突然キャラ変を起こして関西弁少女になってしまった。
『なっ、なんで関西弁?さっきまでのキャラどこいった?』
「あんた、鈍感すぎるやろ。うちの推理によると、元同僚のオスは仕事の出来る優秀なオスでメスに人気があったと思うねんけど、違うか?」
関西弁少女キャラが関西弁で推理を始めた。
『確かに彼は会社期待のエリート社員だったけど、メスに人気があったかは知らないよ。仕事以外の話をする人いなかったし。』
「なるほどねー。アンタが職場で孤立させられた原因は恐らく……優秀なオスを巡って引き起こされたメス同士の戦いや!!」
関西弁少女の推理は止まらない。
「コネ入社のメスは優秀なオスを狙って近づいたけどフラれたんや!そこで腹いせにアンタを縁者である社長の権力を利用していじめた。どうやこれ?」
どうやこれ?と言われても、私にも分からない。
「一応、確認するけど元同僚のオスが会社におるとき、アンタにアプローチはしてこーへんかったか?」
アプローチ?アプローチって何?
『ちょっ、ちょっと待ってよ。元同僚とは一緒にランチを食べたり、たまに買い物に付き合ったりする程度の関係で、そんなアプローチされたことなんて。』
「デートしとるやないか!!」
デ、デート?まさか…。職場のコミュニケーションの一環かと思ってた。確かに部署が違うので少し不思議には思っていた。基本ぼっちの私に、まさか仕事関係なく接してくれる人がいたなんて。でも連続貧乏くじの私とランチに行けば一番人気のメニューは売り切れているし、買い物に行けばお目当ての物は見つからなかった。彼は私と一緒にいて楽しかったのだろうか?
『彼はこんな私でも友達になりたかったのかな?…今頃、気づくなんて。早く言ってくれれば喜んで友達になったのに!!』
「ち、違うわ!!!アンタ、マジ鈍感やな。いや、待って、その簡単に落とせない感じが、優秀なオスの狩人としての本能をくすぐったんか?」
狩人?一体、何の話をしているのだろう。
「まぁそこは置いとこう。彼とは出会ってどのくらいやったんや?元同僚が転職後は、どのくらいの頻度で連絡取り合ってたんや?」
狩人?の話は置いておくらしい。でも質問が凄く細かくなってきたし少し面倒になってきた。
『元同僚と一緒の会社で働いたのは5年くらいかな。転職後は週一くらいでお互いの業務について報告し合ってたよ。でも彼が転職してからは一度も会ってなかったし、やっぱりそこまで友達になりたいとは思ってくれてないかも。』
「………、マジか?下手したら、優秀な狩人はアンタと付き合ってると思ってたんちゃうか?転職後の仕事が落ち着くまで一年耐えて週一で連絡を取り続けた彼女に満を辞してプロポーズしようとしたら桜の木の下で死んでしまったっちゅう、世にも悲しい物語?」
元同僚と私が付き合っていた?そしてプ、プ、プロポーズ?!関西弁少女の推理は完全に暴走している。
「あっ、でもアンタ連続貧乏くじ女やったね?それやったら、少し考察の方向性を変えなアカンかも。狩人は一方的に付き合ってると思い込んで週一で業務報告してくるヤバい奴やったっていう可能性もあるな!そもそも業務報告って何やねん!」
『えっ、えっと、仕事で頑張ったこととか社員食堂で食べて美味しかったものとか、オススメの本とかネット記事とか?』
「それって業務報告なん?」
『……違うの?』
「うーん、狩人やばい奴説はないなぁ。アンタの方がアレで、狩人はめっちゃええ奴かもしれん。そんな相手からのプロポーズ寸前で、突然死ってそれこそ人生最悪の貧乏くじやな。最高やわ!!」
関西弁少女は勝手に推理して大喜びである。彼は本当のところ私に何を伝えたかったのだろう。
私は死んでしまって本当のことが分かることはもうない。
…んっ?あれ?もしかしたら、コレって夢かな?もし夢なら目が覚めたら、彼に話を聞けるかもしれない。人間ドックだって毎年しっかり受けて異常なしだったし、ストレスは凄く溜まっていたけど突然死んでしまうことなんてないと思う。私は今、病院のベットの上で寝ているのかもしれない。
『ねぇ、もしかしてこれは夢なの?』
「残念ながら夢とちゃうわ。」
私の淡い期待は一瞬で否定された。
「でも、アンタなかなかいい線いってるで。かなり大昔に前世の記憶を持った人間が、名前のなかったこの世界に名前をつけたんや。『ナートメア』……悪夢ってね。」
最後まで読んでくださりありがとうございました。関西弁少女の中身のない推理で終わってしまいました。次からは、お話し進めていきます。