ヨシノの前世
まだ前世の段階で何も始まっていませんが、気長に読んでいただければ幸いです。
貧乏くじを引き続けることにかけて私に勝てる人は恐らくいないだろう。物心ついた頃からスムーズに物事が進んだ記憶がない。例えば小学校では配られた教科書だが、全部の教科で私の分だけページの抜けが必ず合った。新しいものを手にすれば必ず不良品で交換が必要になるのだ。駅の改札口を通れば、なぜか私のときだけ扉が閉まるエラーが発生する。そういえば、信号の押しボタンも私が押せば故障してずっと赤信号のままである。「そんなことってある?」、そう何度言われたことだろう。友達と遊園地に行けば、アトラクション全部私が乗ったら機械トラブル発生だ。大人気の美味しいスイーツを食べに行けば自分の前で売り切れる。
こんな私の交友関係は非常に短命だ。
命に関わるトラブルはないが、如何にもこうにも何事もスムーズにいかないストレスは蓄積される。
私は一緒にいて楽しくない人間なのだろう。
気づけばいつも一人ぼっちになっていた。
私なりにこの小さな不運との付き合い方を編み出し、前向きに生きてきたが社会人10年目にして自分の人生に挫けそうになっている。
手に取るものがすべて不良品と分かっていれば、しっかり確認してすぐに交換できる体制を整えればいい。駅の改札口がエラーを起こすなら、電車通勤ではなく自転車通勤だ。押しボタン式の信号は使わず、普通の信号を渡ればいい。自分の行動を変えれば、不運からある程度逃れることができる。そう信じて頑張ってきたが、自分の努力で変えられないものもある。それは人の心だ。
昨年度の新入社員の一人が社長の縁者で所謂コネ入社であったのだが部署も違い関わりのない私を何故か嫌い、しかもそれが社員の耳にも入っているらしい。その事実を教えてくれた同僚は早々と転職してしまった。その同僚はコネ入社の社員とトラブルがあったと、後から上司に聞かせれたがトラブルの内容までは分からないということだった。社長の縁者に嫌われたという事実は、私を職場で孤立させた。触らぬ神に祟りなしである。皆んなトラブルに関わりたくないのだ。
私は自分で出来ることを頑張った。とにかく仕事を頑張った。元々、トラブル体質な上に職場で手助けしてくれる人もいない状態で必死に頑張った。会社に必要な人間だと証明したかったのだ。そうすれば、この孤立した状態が解消されるかもしれないと思った。しかしその結果は、給料とボーナスが上がっただけだった。
転職していった元同僚から時々心配していると連絡があったが、いつも何でもない風を装い続けた。
この会社に入社して10年目、自分の生まれ持った貧乏くじ体質を悲観する事なく努力を続けてきたが、もうダメかもしれない。
孤立してから約1年が経ったが相変わらず、私は空気の様に扱われていた。私の努力は誰の心も変えることはなく、誰も私に関わろうとはしなかったのだ。権力を前に努力は無力なのだろうか。
今日は新入社員の歓迎会だ。もちろん私は呼ばれていない。周りがお店や時間についてワイワイと話している中、帰りの支度を整えると足早に職場を後にした。
交通量の多い道路横の綺麗に整備された歩道を自転車を押しながら、ゆっくり歩く。
前から10人くらいのスーツを着た集団が、駅の方に向かって歩いて行く。この人達も歓迎会をするのだろうか。
去年の歓迎会は自分も参加していたのに。なぜこんなことになってしまったのだろうか。自然と目に涙が溜まる。歓迎会に呼ばれなかったから泣くなんて子どもみたいではないか。
自転車のハンドルを握る手に力を入れる。そのとき、スマホの振動を感じた。
何でもない風を装って電話に出る。
「もしもし、どうしたの?」
相手は転職した元同僚だ。
「上?上に何かあるの?」
何だか分からないが立ち止まって上を見ろと言ってくる。
自転車を押すのをやめて上を見た。
そこには桜の花が満開に咲いていた。
夜空を覆う様に白く輝く沢山のピンクの花が咲き乱れている。
「綺麗、えっ?私がここを通る瞬間を待ってたの?前?前を見るの?」
何だか分からないが今度は前を見ろと言う。
満開の夜桜から目を離し、前を見ると5メートルほど先に元同僚が立っていた。
「えっ?伝えたいこと?」
どうやら、元同僚は私に伝えたいことがあるようだ。
しかし元同僚が一歩こちらに歩み寄った瞬間、心臓に激しい痛みを感じた。今までに経験したことのない、激しく刺すような痛みが心臓を中心に全身に襲いかかる。その場に立っていることができず、私は自転車に寄りかかるように仰向きに倒れた。
苦しい。痛い。吐きそう。激しい苦しみが絶え間なく襲う。
何これ?私、もしかして死ぬ?
「!!!」
遠くで私を呼ぶ声が聞こえる。
ああ、ダメだ。心臓が止まりそう。私は最後に夜空に咲く桜を見た。とても綺麗だった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
次は転生後のお話です。前世は辛い感じで終わりましたので、転生後のヨシノに幸あれ。