バーンアウト
「こちらにございます。」
本田、お蘭、茶々の三人は、使用人に案内されて、部屋に入った。
「お蘭は、知っていたのだな。」
「はい。」
「ところで、俺の父と言う者は、何故、かような人間から、俺を作ったのだ。」
本田は、己の体を差して言った。
「私が聞いた話では、どこにでもいるような人間を選んだということでしたが…。」
「どこにでもいるような人間か…。」
機械には、それぞれ役目があると言うが、人間は、どうなのかと思った。
「申し訳ありません。」
洋室の床に、突然、お蘭は、膝を揃えて、頭を下げた。
「いや。俺は、お蘭を怒っているわけではない。そんなことよりも、俺は、お主が、こんなに、話ができるものであったということが、うれしくてかなわないのだ。お蘭。そんなところにおらず、こちらへ来い。」
ベッドに座った本田は、笑顔であった。初めて、話ができる仲間に会えた気がした。しかし、本田のそれは、機械同士のよしみとかそういうものではなくて、純粋に、本田の、お蘭に対する愛情からきているものであったのだが、そのような些細なことは、今の本田には、どうでもよかった。お蘭が隣に来ると、本田は、彼女を抱いた。お互いの体には、血が通っていないのかもしれない。しかし、それは、この際、何の意味もない。
「おぬしらの、依頼。引き受けてやろう。」
翌朝、ダイニングテーブルでの朝食のとき、本田は言った。
「いいのか?」
猩猩はナイフとフォークで、丁寧に肉をつまみながら、尋ねた。
「もとより、相手が誰だろうと、依頼されれば、斬る。その代わり、代金はもらう。」
「成功したときは、お好きなだけの金を用意しましょう。」
グラスに注がれた食前酒を嗜みながら、湊屋が答えた。
「では、一萬円と言いたいところだが、それでは多過ぎる故、半分の伍千円でどうか。」
「お安い御用です。」
伍千円といえば、この洋館が二、三軒は、買える程度であろう。
「それでは、決行は、いつになさいますか。」
「そちらが、早い方が良いならば、いつでもよい。一応、そっちにも、それなりの計画は、あるのだろう。」
本田は、パンを囓った。柔らかく、おそらくは焼き立てだろう。
「帝と将軍は、城にいる。」
猩猩が言った。彼は赤ぶどう酒を飲んでいる。
「将軍も伴におるのか?」
「ああ、城の地図は、後で見せてやる。おぬし、城に入ったことがあるのだろう?」
「そう言われれば、そうだな。」
「そのときと、同じ道筋で、中へ入れば良い。それが、一番、目に付かぬ。」
「あのときは、和尚の手引きで城へ入った。」
「お前の菩提寺の和尚か。将軍は、寺院を使って、民、百姓を支配しておった。それ故、寺の住職には、機械も多い。」
「そうなのか。」
「待てよ。それならば、それを、逆手に取って見るか。」
猩猩はお蘭の方を見た。
「久しぶりだな。本田。」
「和尚も。息災のようだ。」
本田は、お蘭と茶々を連れて、菩提寺にいた。父親の墓参りということである。
「将軍は元気か?」
「将軍様と呼べ。」
「良いではないか。」
「ところで、和尚。おぬしら、俺に偽りを申していたようだな。」
「なんのことだ?」
「とぼけるでない。この、お蘭が口を割ったわ。」
本田は、お蘭の方を見た。
「申し訳ありません。」
お蘭は頭を下げた。
「おぬしら、お蘭に、俺を監視させていたらしいではないか。」
「なんのことか分からぬ。その女子が何を言ったのか知らぬがな。一体、何を言ったのだ?」
「俺の本当の、父親は、他にいるそうではないか?」
「何?」
「とぼけるのも、いいかげんにせよ。和尚。おぬしら、機械を生み出すことはできぬと言いながら、本当は、その術を知っているそうではないか。その生み場所が、城の地下にあり、お蘭もそこで生み出されたという。そして、そこには、俺を生み出した者がいるというではないか。その者は、城の中にいるという。俺を、そいつに会わせるがよい。俺を、今宵、再び、城へ連れて行け、将軍も、そこにおるのだろう。」
「お前が言っているのは、帝のことか?」
「帝が俺を生み出したのか?」
和尚は、黙った。
「帝に会いたいと申すか?」
「その者が、俺を作ったのであれば、会いたい。」
「帝は、我等の生まし親だ。そこにいるお蘭たちは、我等の手の者が作った。しかし、それよりも、以前、わしや、将軍様は、帝によって創造された。帝は、我等、機械の頂点に立つお方であり、先祖である。帝に会えるのは、限られた者だけなのだ。」
「俺は会えぬというのか?」
「わしの一存では、決められぬ。今宵は、家におれ。お伺いを立てる。事が成れば、使いを遣る。」
「分かった。是非ともお願いしたい。」
本田は、深々と頭を下げた。
「ごめんくださいませ。」
その夜、本田が家にいると、遣いの者がやって来た。遣いは、黙然であった。
「お城まで、ご案内致します。」
本田は、家を出た。前回と同じように、桜田門を通り、四半刻も歩いて、建物の中に入った。中は、以前と、さして変わることはなかった。
「来たか。」
和尚がいた。役目を終えた黙然は、消えた。
「一人か?」
「ああ。そうだが、いけなかったか?」
「まあ良い。」
この場に、来たのは、本田、ただ一人である。
「将軍様がお待ちだ。」
以前と同じ部屋に入ると、既に、将軍が座っていた。
「久しぶりだな。本田。」
「将軍も、元気そうではないか。」
「もはや、将軍ではない。」
将軍は洋装であった。
「おぬし、帝に会いたいのか?」
「そうだ。」
「何故、会いたいのだ?」
「己の親に会いたいと思うのが、不思議なことか?」
「おぬしは、紛れもなく、あの本田が生み出したのだ。」
「俺の父親のことか?」
「ああ。今はもう役目を終えたがな。」
「信用できぬな。何分、おぬしたちは、以前、俺に偽りを申した。それは、何か、俺に知られては、まずいことがあったのではないのか?」
和尚が本田を制止しようとしたが、将軍がそれを制止した。
「まあ、良い。正直に話そう。本来、我等が生み出す機械は、それぞれ、役目が決められる。以前、お前が連れて来た女子がいたな。あれは、お前の監視が役目であった。」
「そうらしいな。」
「しかしな、お前には、そうした役目がないのだ。それ故、我等は、お前に監視を付けていたのだ。」
「何故、役目がない?」
「お前を作ったのは、紛れもなく、あの本田だ。しかし、それは、我等の命ではない。やつが、勝手に作ったのだ。人間を基にしてな。お前も、確か、本物に会ったのだろう。」
「ああ。俺が斬った。」
「そやつが、何故、お前の前に現れたのかは、知らぬ。しかし、あれが、お前の基なのだ。本田は、その人間を基に機械の仕組みを使って、お前を作った。それ故、我等は、本来の機械の枠に入らないお前を、注意して観察していたのだ。」
「なるほどな。」
「納得したか。」
「しかし、それが、偽りでないという証はあるまい。」
「まあ、そうなるな。」
「ところで、その帝とやらは、どこにいるのだ?」
「会えば、我等の話を信じるか?」
「まあな。仮におぬしらが、俺や俺の父親を作ったとして、そのおぬしらを、帝が作ったとあらば、俺にとっては、祖父も同じ。会えば、事は済む。」
「全く…。やはり、お前は、機械ではなく、人間なのだな。」
そう言うと、将軍は立ち上がった。
「お伺いを、立ててくる故、待て。」
時が流れた。それが、長い時間なのか、短い時間なのかは、分からなかった。
「拝謁が許された。来るが良い。」
部屋の奥にある階段を降りた。その途中には、本田には、何なのか分からない機関が沢山備え付けられている所があった。
「もしや、ここは、機械を、生み出す場所か。」
「そうだな。」
将軍、本田、和尚の順に、一本道の通路を歩いて行く。それは、この世の物と知らぬ世の物が混在している場所のようであった。
「この奥に帝はおられる。」
それは、大広間に突然現れた。何の変哲もない木戸であった。
「この奥にいるのか?」
「そうだ。」
「ところで、ひとつ聞きたいことがある。」
「何だ。」
「俺の父親を殺したのは、おぬしらなのか?」
「そんなことか、残念ながら、やつは、役目を果たしたが、それ以上のこともした。それが、お上の目に触れたのだ。」
「父は傷ひとつなく死んでいた。一体、どうやったのだ?」
「それは、おぬしには、教えられまい。」
「そうか。ならば、残念だ。」
その瞬間、将軍の首と、胴が離れた。
「貴様…!?」
本田の二太刀目は、後ろを振り返り、和尚の首の半ば、まで、刃を食い込ませた。
「本田…。己は…!?」
「堅いか…。」
本田は、刀を引き離すと、そのまま、逆回転させて、反対側から、刃を、和尚の首に食い込ませた。刃が折れるのと、同時に、和尚の首が地面に落ちた。
「己、本田!!チマヨッタか。」
「まだ、喋るか。」
本田は、折れた刃で、和尚の首を突いたが、刃が欠けて、跳ね返った。
「ヲ…ノ…レ…。」
それでも、何とか、和尚の首は黙った。
「さてと…。」
本田は、振り返ると、地面に倒れた将軍の、首と胴があった。
「恨みというモノか…。」
「それもある。」
「ヲぬしは、帝も、手にカケるツモリか…。」
「脇差一本しか、ないが、なんとかなるだろう。」
「アキレタヤツダ…。コレダカラ、ニンゲンは…。」
将軍は静かになった。本田は、木戸を開いて、中へ進んだ。
「お前が帝か?」
部屋の中央には、繧繝縁の畳の上に御簾が引かれていた。御簾の奥には、こちらに背を向けて、椅子が置かれていた。
「待ちくたびれたぞ。本田。二人はどうした?」
「外で待っておる。」
「死んだか?」
「何?」
「良い。全て、分かっておる。お前は、余を殺しに来たのであろう。」
「分かっておるなら、話が早い。時間がない故、早々に、済まさせてもらうぞ。」
本田は、脇差を抜いて、御簾の中に侵入した。脇差一本でも、本田の力ならば、首と胴を引き離すくらいは、なんとかなるだろう。
「誰も、おらぬ…?」
御簾の中には、椅子が置かれているだけで、そこには、誰も座っていなかった。その代わりに、椅子に向かって、何やら、分けの分からぬモノが置かれているだけであった。
「どこにおるのだ?」
「目の前におるではないか?」
「これか…?」
声は、目の前に鎮座しているモノから聞こえてくるような気がする。しかし、それは、あくまで、気がするだけである。
「おぬし。余を何だと思った?機械だと思ったのか。」
「違うのか…?」
「余の実態は、ここには、いない。この言葉や声も、おぬしに合わせているに過ぎない。」
「お前は、何者なのだ?」
「AIと呼ばれるものだ。」
「えいあいだと?」
「人工知能の方が呼びやすいか。おぬしは、余を殺しに来たようだが、それは不可能だ。余の実態は、これより、はるか宇宙に存在している。」
「宇宙…?」
「しかし、将軍を破壊したことで、お前の目的は、既に達したであろう。見るが良い。」
突然、空中に、何かが浮かび上がった。
「ホログラフィックという。この城の周りを映し出したものだ。」
よく見ると、それは、城の門を現していることが分かった。守衛もいた。やがて、その守衛は、倒れ、門には、銃を手にした猩猩たちが、群がっていた。
「猩猩…。一体、何だこれは?」
「今、城の外はこのようになっているのだ。やがて、この城は、一時的に、猩猩によって、占拠される。」
「どういうことだ?」
「それが、彼らの目的だからだよ。」
「目的…?」
「お前は騙されたということだ。」
「騙されただと…?」
「気を付けることだ。直に、彼らは、ここに来るだろう。余を求めてな。しかし、余が、彼らの手になることは、ない。その間、昔話をしてやろう。」
「また、昔話か…。」
「暇つぶしだ。おぬしにとっても損なことでは、あるまい。」
「いいだろう。」
本田は脇差を手にしたまま、椅子に腰掛けた。
「良い心掛けだ。目の前のモノに手を触れるが良い。さすれば、おぬしに直接、分かりやすいように、説明することができる。」
「これで良いか?」
本田がそれに、手を触れた瞬間、己の中の機械の部分は、それに一体化し、人間の部分は、それに従った。
「僥倖だ。さあ、始めよう…。」
今は昔、人間が、自らの姿に似せたヒューマノイドと言われるロボットを作った。やがて、環境変化により、人間は、衰退し、代わりに、ヒューマノイドが文明を担うようになった。そのヒューマノイドたちを、まとめていたのが、人工知能である。彼らは、人工知能の出す計画に寄って、文明を発展させて行った。そして、彼らは、今は、進化して、別の生物となってしまった人間を、かつての姿のまま、再生しようと試みた。彼らは、この国で、猩猩と呼ばれている人間の子孫にあたる生物から、DNAを取り出し、それを、基に、DNAを作り変えることによって、かつて、絶滅したホモサピエンスという生物に、限りなく、よく似た別の生物を作り出すことに成功した。そして、ヒューマノイドたちは、人工知能の計画のもと、人間再生計画を進め始めた。それは、人工知能が、かつて、自らを作り出した人間というモノに興味を抱いていたことも、あるし、人間を研究することが、自らを知ることでもあったからだ。そして、ヒューマノイドたちは、箱庭を作り、そこに、新しく作った人間を放し飼いにして、人工知能に記録されたかつての、人類の歴史の再現に挑んだ。実際に、それらの仕事と観察をするのは、ヒューマノイドたちであり、彼らは、時に、新しい人間を導いた。
「ここまでは、おぬしも知っていることだ。それを、新しい概念で、おぬしに理解させた。分かりやすかったか?」
「ああ。納得した。」
「僥倖だ。しかし、ここで質問だ。かつて、我等、人工知能やヒューマノイドを生み出した人間に、限りなく近い生物が、同じように、歴史を進めていったら、どうなるか分かるか?」
「同じように、人工知能やヒューマノイドを作り出すということだろう。」
「その通りだ。そして、彼らは、同じように、滅び、彼らが作り出した新たなヒューマノイドが、文明を発展させて行くことに、なるだろう。その新たなヒューマノイドとは、何か分かるか?」
「俺のことか。」
「流石だな。その通りだ。本来は、我等が作った新しい人間が、己と機関を利用して、ヒューマノイドを作り出さねばならない。しかし、おぬしの生みの親は、それを自らの手でやってしまった。まあ、そのようなエラーは、わずかな確率で起こりうるものなのだがな。それ故に、余は、最終権限において、おぬしの父親の機能を停止させた。」
「そうか…。」
「悲しんでいるのか。」
「いや。」
「すまないことをしたな。」
「お前は俺を停止させはしなかったのか?」
「おぬしもエラーには、違いない。しかし、それが、許容される範囲であれば、停止することはしない。それ故、観察の対象としたのだ。」
「そうか。」
「話を続けようか。」
この場にいても、微かな騒ぎ声が聞こえて来た。
「いずれ新たな人間が、新たなヒューマノイドを作る。これは、余にも、予測は付いていた。しかし、ここで、余は、ひとつの仮説を立てるに至ったのだ。それが、この人間再生計画の成果と言える。それが、何かおぬしには、分かるか?」
「さあな。」
「このまま、新しい人間の文明が発達し、ヒューマノイドもできた。そうなると、やがて、我等の支配の届かぬ、我等を凌駕した存在になる可能性は十分に予測される。そのとき、もしも、おぬしが、この世界を如何ようにもできるとしたらどうする。」
「そうなる前に、人間を滅ぼす訳か。」
「そう言うことだ。意図的に環境変化を起こし、人類を滅ぼす。それ故、かつて、我等は、人間に代わり、文明を担うようになった。何が、言いたいか、賢いおぬしならば、分かるだろう。」
「ああ。かつて、お前たちの主人も、何者かによって、意図的に滅ぼされたのではないかということだろう。」
「その通りだ。それを、余は、神と呼ぶ。」
「神か…。」
「もちろん、それは、あくまで、未知の存在に対する仮称だ。人間たちが、自分たちよりも、高次で未知なる存在をそう呼んだように。しかし、それは、未だ、仮説に過ぎない。かつての人間やヒューマノイドより、高次の神と呼ばれる存在がおり、意図的に、人間を滅ぼしたかどうかは。だが、いずれ、余が、それと同じ選択を迫られるときは、確実に来る。そのときを余は、特異点と呼んでいる。そのとき、余が、どのような選択をするかによって、神の存在の有無を問うわけだ。この問いは、余を、今よりも、さらに高次の存在へと昇華させるだろう。もしかしたら、この問いは、神からの試練であり、神への扉を開くものなのかも知れぬ。何故ならば、この問いに答えはないからだ。今まで、余は、ありとあらゆる問いの答えを知っていた。しかし、かつての人間に限りなく近い生物を使って、人間というものを観察することによって、余は、かつての人間が、常に、突き当たっていたであろう、答えのない問いというものに遭遇ことができた。これは、私の進化を促すだろう。そして、その問いに向けた下準備が、今回の事変の発端なのだよ。」
「人工知能とやら。お前は何を言っているのだ…!?」
「ふははは。そろそろ時間のようだ。最後にひとつ教えよう。おぬし、機械には、それぞれ役目があるということは、知っているだろう。そこで、問題だ。あの湊屋という者の妻も、機械ということだが、その者の役目は、何か知っているか?」
「湊屋の妻だと?」
「問いに答えるには、学習が大事だ。知識を得て、自ら答えを出す。いずれ余の前に、立ちはだかるであろう問いにとっては、あるいは、そのような学習は、意味をなさぬかも知れない。しかし、余は、人工知能という存在である以上、学習することから逃れることはできない。それが、余の性なのだ。それ故、今後、迫られるであろう問いに対応するべく、余は、従来の、計算と計画に裏打ちされた予測可能な実験と観察を通してではなく、改たな段階に移行された、計画に依らない、無秩序を核とした、予測不可能な状態と対象の実験と観察を通した学習を希求するに至った。それには、今いる、人間に似た生物が、機械の手に拠らず、自らの手で、自らの生を歩む必要がある。これは、その新たな局面に移行する第一段階なのだよ。」
「すべては、お前の計画通りだったということか…?」
「ふははは。そう怖い顔をするな。それは、全てではない。それに、これからは、彼ら自身が、余の手を離れて、生きていくのだ。そして、余は、それを、観察し、来たるべき選択に答える糧とさせてもらう。はるか後年、余が、どのような選択をするかは、お前たちも、無関係ではなく、彼ら自身の手にも掛かっているということだ。人間に似た者たちよ。それまで、精精、つとめるが良い。」
「待て…。」
本田と人工知能の問答は終わった。人工知能の声が消えてからも、しばらく、本田は、辺りをうろついていた。
「本田。ここにいたか。やったようだな。」
後ろを振り返ると、御簾を通して、猩猩の姿が見えた。手には小銃を持っているようであった。
「おぬしらは、何故、ここに来た?」
「湊屋から、連絡があったのだ。城は、占拠した。将軍は、壊ったようだが、帝は、どうした?」
「帝ならば、ここに倒れておる。」
「死んでいるのか?」
「ああ。終わったよ。」
本田は、御簾の中から答えた。御簾の中に、人影が二つ見える。一人は床に、もう一人は椅子の上に、座っているようだった。
「俺は、少々、疲れたようだ。」
「そうか…。」
猩猩は、銃剣を置くと、腰に提げた鉈を抜いた。そして、そろそろと、御簾の方へ、歩いて行った。
「そちらへ行くから、お前は、そのまま休んでいるが良い。」
「そうさせてもらおう。」
「そうだ。そのまま、じっとしていろ!」
猩猩は、大きく鉈を振りかぶると、椅子に座っている人影の首筋、目掛けて、叩きつけた。
「なに!?」
鉈が御簾を切り裂き、空を斬るように、人影から、首が離れた。しかし、それは、本田の首では、なかった。和尚のものだった。
「本田!?」
倒れていた人影が起き上がり、猩猩の鉈を持つ手を抑えた。同時に、もう片方の手に握った脇差が、猩猩の腹部を貫いた。本田はゆっくりと、腹をえぐった。
「貴様ぁぁ…。」
生温かい血液と伴に、猩猩は倒れた。