表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/6

メモリアル

 戊辰の戦争が終わり、時代は明治となる。封建制は終わりを告げ、君主制から立憲君主制へと、体制は移行しつつあった。産業は発展し、文化も変わって行った。

「先生。」

 本田は、東京の下町に暮らしていた。

「文が、挿してありました。」

「またか…。」

 明治も半ばを過ぎても、本田は、相変わらず、刀を振るっていた。幕末から明治に掛けて、本田は、いろいろな職に就いてみたが、結局は、人斬り稼業から抜け出すことはできなかった。何をやっても、いつものところに、舞い戻って来た。

「ご免。」

「何だ貴様?」

 本田は、一突き、二突きされたところで、何ともない。明治に入ってからの、依頼の相手は、夜盗やごろつきなどが多い。依頼主は分からないが、おそらく、相手と似たようなやくざ者だろう。さながら、本田は、やくざの用心棒のようであった。

「先生。庭先にこれが。」

 依頼の文は、玄関や窓に挿され、報酬は、庭に放り込まれる。本田も相手を、詮索することはない。

「俺たちは、あと何年、こんなことを続けていくのだろうな。」

 自分が、人間ではなく、機械ロボットであると知ったあとも、別段、やることは変わらなかった。

「先生。また文が。」

「今宵か…。」

 その夜、本田は、刀を持って、依頼された場所へ行った。

「お久しぶりで。先生。」

「お前、京の…。」

「覚えておいででしたか。」

 浪人ややくざを集めて、本田を襲った依頼人であった。

「この文は、お前の仕業か?」

「左様で。ところで、先生は、将軍様には、お会い致しましたか?」

「将軍?ああ、何年か前にな。」

「先生は、あの者のお話を信じましたので?」

「なに?」

「仕方ないといえば、仕方ありますまい。頼りになる者などは、他におらなかったでしょうし。」

「お前、何者だ?」

 本田は刀を抜いた。

「おっと、私は、人間ですよ。」

機械ロボットのことを知っているようだな。」

「ふつうの人間よりは、存知ております。」

「何の用だ?」

「先生のお力をお借りしたい。」

「人間を斬れというか?」

「いいえ。機械ロボットを斬ってほしいのです。」

機械ロボットを斬れと?」

「私に興味がおありならば、ここにお尋ね下さいませ。」

 男は、地面に名刺を投げると、その場から消えた。

「貿易商。湊屋。東京支店。」

 場所は、新宿であった。

「ここだな。」

 翌日、すぐに、新宿へ向かった。湊屋は、洋館の三階建てであった。

「ご免。」

「いらっしゃいまし。」

「主に会いたいのだが?」

「用件はどないなもんでっしゃろか?」

「名刺をもらった。」

「ああ、あちらの方で。それじゃ。奥へ案内しましょか。」

 番頭に連れられて行くと、奥の大きな鉄扉があった。

「この奥の階段の降りた先の部屋でお待ちください。では。」

 番頭はひょこひょこと、店場へ戻っていった。本田は、重い、鉄扉を開けて、その先の階段を降りた所にある部屋で待っていた。

「先生。どうも。」

「湊屋。」

「そう呼んで下されば結構。して、依頼を聞いてくれるのですかな?」

「まず、話を聞かせろ。お前の知っていること全てだ。」

 本田は、刃を湊屋の喉元にぴたっと付けている。入り口横の壁に隠れて、湊屋が入ってきた瞬間に、横から刃を立てていた。

「まずは座れ。」

 刀を抜いたまま、湊屋を席に座らせた。

「人を呼ぼうと、俺は滅多に死なぬが、お前は違うのだろう。」

 刀は、湊屋の胸に向かっている。

「その刀、グサッと一刺しで、あの世行きですな。」

「話が早い。」

 本田は刀を納め、椅子に座った。

「それで、何が知りたいのですか?」

「全てだ。お前は何を企んでいる?」

「企んでいるとは。私が求めているのは、自由と独立です。」

「自由と独立?」

「ええ。」

「商いのことか?」

「この国の。」

「さっぱり、話が摑めぬ。お前の相手は誰だ?誰を斬ってほしい?それと、何故、京で俺を襲った。」

「質問が、多いですな。まあ、順を追って、お話しましょうか。私の相手は、機械ロボット。といっても、先生のことではなくて、この国を支配する機械ロボットのことです。」

「この国を支配しているだと?」

「将軍が何を言ったかは、おおよそ見当がつきますが。まあ、何というか、この国と人間は、機械ロボットが支配しているのです。将軍が機械ロボットであったことからも、お分かり頂けましょう。」

「まあな。しかし、機械ロボットは、数を減らしていると言うが?」

「それは、真っ赤な偽り。人間が増えるに従い機械ロボットも、おそらく、その数を、増やしているかと。」

「何故、そんな、ことが分かる。」

「人間を監視するのが、機械ロボットの役目だからです。」

「監視?」

「ええ。しかし、これ以上は、私からは、申せませぬ。」

「命が惜しくはないのか?」

「私にも、上役がございます。実は、あなた様のことを伺ったのも、その上役の方からなのです。京での、一件は、私の成したことですが、今、こうして、あなたの目方を測っているのは、上役からの紹介にございます。一度、改めて、上役にあなた様のことを、お伺い立てして、それから、また、ご連絡させて頂く。それで、お許し願えませんかな。」

「分かった。」

「助かります。数日のうちに、お宅へ、文を遣わします。」

 そう言って、湊屋は、行った。

「先生。これが。」

「来たか。」

 五日後、届いた文には、茶々とお蘭を連れて、秩父の山中に来いと書いてあった。

「秩父だと…。」

「どうかされましたか?」

「いや。お蘭。出立の支度だ。秩父へ行く。」

 本田は、茶々とお蘭と伴に、東京を出て、徒歩、秩父へ向かった。

「お待ちして、おりました。」

「湊屋。」

 大宮町を歩いていると、馬車が止まり、湊屋が顔を出した。

「案内します。」

 一行が、乗り込むと、馬車は、丘を上り、レンガ造りの洋館の前で止まった。

「中へどうぞ。」

 洋館の中は、ひっそりとしている。

「やっと来たか。人間よ。」

「猩猩が、何故、ここにいる?」

 階段から、降りて来たのは、紅い毛をした猩猩であった。

「わしを覚えているか?」

「猩猩の見分けなどつかぬ。」

「おぬしに、猩猩の知り合いなど、一人しかおらぬだろう。」

「酒飲みのか。」

「山中で出会っただろうが。」

 猩猩は、本田たちを、応接室に連れて行った。

「湊屋。こやつらは、どこまで知っておるのだ?」

「未だ、ほとんど知らぬかと。」

 猩猩は、本田の顔を見た。

「上役とは、猩猩。お前のことだったのか?」

「それも聞いておらぬのか?まあ、良い。」

 テーブルを挟んで、本田、お蘭、茶々の向かいに、猩猩と湊屋が座っている。

「本田と言ったか。わしに尋ねたいことはあるか?」

「お前は、何者か?」

「うむ。では、まず、昔話をするか。」

「昔話?」

「ああ。今の世から、もう気の遠くなるような昔のことだ。その頃、人間は、今よりも、たくさんいて、文明も、はるかに、栄えていた。お前たちが、聞いたら、驚くかもしれぬが、その頃の、人間は、自由に空を飛び、地の果てまでも、容易く行くことができた。夜空に浮かぶ月にも行っていた。」

「ふむ。」

「信じておらぬかもしれぬが、それが、本当のことだったのだ。機械ロボットを作ったのも、その頃の人間だ。」

「やはり、そうか。」

「人間は、機械ロボットだけでなく、生き物までも作った。血の通う生き物だ。」

「お前たちも、人間によって、作られたということか。」

「それは違う。俺たち、猩猩は、その頃の人間の成れの果てだ。」

「成れの果て?」

「ああ。その頃の人間は、栄華を極めて、生き物たちの王を名乗っていた。しかし、徐々に、世界は、人間に見限りを付けて行ったのだ。初めに、大雨が降り、地が揺れ、山が裂け、火を噴き、天には、太陽が上がらなくなった。土地は海に沈み、嵐は止まず、天からは、星が落ちて来た。空中には、毒が漂い始めた。もはや、人間が、暮らす場所は、限られてしまった。そこで、役立ったのが、機械ロボットだ。」

「何となく、分かるぞ。我等は、滅多なことでは、死なぬ。」

「そうだ。人間は、自分たちに、代わって、機械ロボットに自らの文明を継がせたのだ。そして、天変地異の起こった世界で、人間に代わり、機械ロボットが、町を作り、技術を発展させた。しかし、自ら、文明を作り出した機械ロボットたちに対して、人間は、どうなったか分かるか?」

「無用の長物となったのだろう。」

「その通りだ。もはや、機械ロボットたちにとって、人間は、全く、必要なくなったのだ。そして、もとより、住むところを失った人間は、ほんの、少数が、ひっそりと暮らすに過ぎなくなった。そんな人間が、はるかな時を経たものが、わしら猩猩と呼ばれる生き物だ。」

「待て。それならば、何故、今の世の中は、人間で溢れている?」

「お前たちが人間と呼んで、今、外を歩いているものたちは、わしらの、先祖の人間とは、異なるものだ。」

「どういうことだ?」

「今の人間は、機械ロボットたちに作られた、人造人間に過ぎぬ。」

「人造人間?」

「文明を発展させた機械ロボットは、あるとき、こう考えた。自分たちは、どうして生まれて来たのかと。そして、機械ロボットたちは、かつて、自分たちを、生み出した人間という存在を知ることになった。人間は、形は、機械ロボットと同じだが、中身が異なるらしいと。しかし、世界には、もう、かつて、存在した人間という生き物はおらなかった。本当の人間は、姿を変えて、猩猩となっていた。そこで、彼らは、自ら、かつての、人間を生み出そうとしたのだ。大昔に、人間が機械ロボットを生み出したように、今度は、機械ロボットが人間を生み出そうと。」

「…。」

「そして、機械ロボットたちは、わしら、猩猩を基にして、新たな人間を生み出した。しかし、それは、かつていた人間とは、異なる存在なのだ。八割九割は、人間だが、それ以外は人間ではない。人間に似た生き物。人間もどき。のようなものだ。」

「それが、今の人間か。」

「そうだ。その頃、世界は、再び、人間に適したものとなりつつあった。機械ロボットが、そうしたのだ。機械ロボットは、作った人間を、箱庭に放し飼いにした。それが、この世界なのだよ。」

機械ロボットは、その人間もどきを使って、何をしようとしているのだ?」

「何もせぬ。もとより、機械ロボットたちは、人間もどきがいなくても、十分に、生きては行ける。それでも、彼らは、自らの形に似たものを作り出した。そして、それらを観察しているのだ。彼らは、その自らに似たものを通して、自らを知ろうとしている。それは、かつて、我々の先祖が行っていた、科学実験と同じであろう。」

「科学実験?」

「ああ。実際に、対象となるものを使って、そのことを知り、世界を知ろうとしているのだ。我々がいるこの場所は、その箱庭でしかない。」

「それが、真だと言える証はあるのか?」

「ない。しかし、それと同じく、かつて、将軍といわれていた機械ロボットが、お前に言った話も、それが、真だと言える証は、ないのではないか。」

「確かにな…。」

「茶々というらしいな。その人形は。」

「うん…?」

「それは、今の人間が作り出した物だが、かつての人間も、同じような物を作ったという。そして、長い年月を経て、それは、機械ロボットになったのだ。茶々は、お前たちの、先祖だとも言えよう。それ故に、お前は、その人形を、家族のように愛しているのだろう。」

「茶々が俺の先祖か。」

 トコトコと、茶を運ぶ姿が、愛らしい、そのからくり人形は、本田が、夜店で買ったものであった。店の棚に置かれたその姿を見たとき、何故か、本田は、それを欲しくなった。今、思えば、それは、寂しかったのかもしれない。心のどこかで、己を周囲と相容れぬものとして感じていた本田は、店の棚の上に佇む茶々を見て、仲間に巡り会えたかのように思ったのかもしれない。

「それで、何故、おぬしたちは、俺を選んだのだ。」

「それは、私が、お話、致しましょう。」

 湊屋である。

「私は、山中の村で襲われたところを、猩猩様にお助け頂いたのです。」

「あの村か。」

「本田殿も、ご存知なのですか?」

「東海道沿いの村であろう。」

「私が襲われたのは、中山道の近くでした。」

 湊屋が言った。

「あのような村は、案外、どこにでもあるのだ。」

 猩猩が、口を挟んだ。

「そして、私は、しばらく、猩猩様たちと伴にくらしました。そこで、機械ロボット、人間もどきという話を聞いたのでございます。」

「よう信じたな。」

「信じるも何も、猩猩様は、命の恩人でした。それに、機械ロボットには、もとより、縁がございました。」

「縁があった?」

「はい。私の妻が機械ロボットでございました。彼女は、孤児で、私が拾って、店の下女にしておりました。前妻が亡くなって、しばらく、経っていた私は、彼女を深く愛しました。あるとき、旅の途中、妻が、足を踏み外してしまい、崖から下に落ちてしまったのです。ふつうならば、命はないところです。しかし、妻は、生きておりました。そして、裂けた皮膚からは、機関からくりが、覗いておりました。私は、そのことに驚きました。しかし、それ以上に、妻の命が助かったことに、感謝致しました。」

「殊勝なことだが、猩猩。ひとつ聞きたい。」

 本田は、湊屋を制止させて、猩猩の方を見た。

「なんだ?」

「何故、こう人間の中に、機械ロボットがいるのだ。」

「言ったであろう。観察だと。機械ロボットたちは、箱庭に人間もどきを放し、機械ロボットたちも放して、観察しているのだ。お前は、自分やそこの女子のことが気になるのだろうが、とりあえずは、湊屋の話を聞け。」

 お蘭も、黙って、話を聞いている。お蘭は、もともと、口数が少ない。それは、かつては、お蘭の中身が機関からくりであるからとばかり、思っていたが、本田自身が同じく機関からくりを中身に持つ、機械ロボットであると知り、自分とお蘭が同じであると知ったとき、果たして、お蘭は、自らや機械ロボットのことをどういう風に思っているのかと尋ねてみたが、余り、お蘭は、自分の過去のことや、何をやっていたのかを覚えていないようであった。

「話を続けても、よろしいですかな?」

「すまない。続けてくれ。」

「まあ、かくして、私は、猩猩様にお味方することにしたのでございます。そして、私は、京と江戸で店を開く傍ら、機械ロボットや人間のことを調べてみたのです。まあ、そのようなことをしていれば、自然と、やくざやごろつきなどとの、繋がりもできてきますので、それらの肩入れをしつつ、様々なことを調べました。そこで、本田様とお蘭様のことを知ったのです。」

「それは、いつのことだ?」

「左様。ですが…。」

 湊屋は、猩猩の方を見た。

「いい。話してやれ。」

「分かりました。では、お蘭様。」

 湊屋は、お蘭を見た。

「はい。」

「そろそろ、本当のことをお話下さいませんか。」

「…。」

 お蘭は、黙ったまま、下を向いてしまった。

「どういうことだ?」

「しばし、待て。」

 狼狽する本田を猩猩が制した。

「お蘭というか。お前、もう、しばらく、上役の者への報告はしていないのだろう。しているならば、とっくに、どうにかなっているはずだ。そうではないのを見越したからこそ、わしは、お前たちを呼んだのだ。」

「仰る通りでございます。」

 お蘭が、顔を上げた。

「何がどうなっている?」

 突然のやり取りに、本田は、状況が飲み込めないようであった。

「先生。どうか落ち着いてお聞き下さい。私は、将軍様や和尚様から、先生を見張るように命じられた間者なのです。」

「間者?」

「はい。先生は、ご自身の出生のことをご存知ないようですが、あなた様のお父上は、将軍様にお仕えしていた機械ロボット職人にございました。」

「将軍は、この国に、機械ロボットを生み出す術は、ないと言っておったぞ。」

「それは偽り言。江戸城の地下では、機械ロボットが、秘かに生み出されております。しかし、それは、際限なくというわけではありません。各々、目的があって、生み出されます。かくいう私は、先生のお目付役として、生み出されました。」

「なんと…。それでは、そこで、俺も何か目的を持って、生み出されたわけか?よもや、人斬りではあるまいな。」

 本田は、狼狽していた。お蘭の正体や突然の告白に、少々、興奮している自分を感じた。

「先生は、私とは、異なる存在なのです。」

「異なる存在?」

「はい。先生のお父上は、将軍様たちの命で、機械ロボットを生み出す傍ら、秘かに、あることを企てておりました。それは、人間と機械ロボットの融合です。」

「人間と機械ロボットの融合だと?」

「私たち、機械ロボットは、生き物ではありません。ですから、お互い、子を成すことはできません。しかし、生き物である人間は、それが、できます。なので、先生のお父上は、人間と機械ロボットを合わせることで、新たな存在を生み出すことができるのではないかと考えたのです。」

「それが、俺なのか。」

「先生は、あくまで、その途中の存在とでも言いましょうか。先生のお父上は、結局、それを成せぬまま、死んでしまいました。おそらく、将軍様たちが、何かしらの謀をしたのだと思います。」

「なんということか…。」

「先生のお父上は、町を歩いている人間の欠片から、生み出した肉片に機械ロボット機関からくりを組合せて、先生を生み出したのです。」

「俺の中には、人間の肉が宿っているというのか?」

「そう聞いております。どこかは存知ませんが、先生のお体の一部は、機関からくりではなく、生き物であると。将軍様たちは、先生の存在を知った上で、先生を生かしたまま、私に見張らせることにしたのです。」

「その基になった男というのが、俺が斬った男か?」

「そこからは、私が。」

 湊屋がお蘭の話の後を継いだ。

機械ロボットのことを探っていた私は、その噂も、耳に致しました。そこで、まあ、今となっては、申し訳ないことですが、お二人の素性を知った上で、本田様にお蘭様を斬らせた訳にございます。」

「試した訳か。」

「申し訳ありません。」

「それで、企て通りになったのか?」

「それが、本田様はお蘭様と、伴に暮らすようになったのみで、他は変わらず。それで、再度、詳しく調べましたところ。本田様は、人間と機械ロボットの合いの子であり、お蘭様は、それを監視しているということが、改めて、明らかになったわけでして、まあ、後は、単純に、本田様が人を斬り過ぎていたことが、引っ掛かりまして、それならば、放っておくわけには行くまいと。」

「待て、俺に、人を斬らせたのは、人間だ。俺は、人間の依頼で、人を斬っていた。」

「まあ、正直なところ。私も、本田様を利用させて頂いたことは、何度かあるのですが、機械ロボットには、それぞれ役目があるということも、聞き囓っておりました。故、本田様は、人間を斬る役目を与えられているのかと思ったのですよ。」

「それは…。」

 そのことは、本田自身も考えたことである。

「お前は、おそらく、機械ロボットとしての役目は持っておらぬ。」

 猩猩が言った。

「それは、真か?」

「話を聞く限りはな。お前が人を斬るのは、お前の基となった人間。その男の性質が強いのだろう。」

「俺が斬った男?」

 本田が、斬った男。それは、湊屋が差し向けた男である。

「確かに、私が探し当てた男は、ごろつきの仲間でしたね。私としては、本田様が、どういう反応をするか試してみたかったのです。もしかしたら、あの男を助けるのではないかと思いました。人間の情のようなものが、流れているのかと。それでも、本田様は、あの男を躊躇うことなく、斬られた。これは、私たちも、本田様を斬らねばならないと思ったのでございます。」

「人間の情だと?」

 本田は、どこかそういう湊屋に、自分と機械ロボットを異なるものとして、意識している人間のあざとさを見た。

「本田様。申し訳ありません。しかし、仮に、あなたが、あなた様の仲間とも言える機械ロボットを、何の躊躇いもなく、斬り壊す人間を見たら、どう思うでしょうか。例えば、お蘭様や茶々様をです。」

「笑止。仲間を機械ロボットに斬らせていたのは、かくいう、お前たち、人間であろう。」

 本田は、湊屋のことを、この期に及んで、小賢しいことを言うやつだと思った。

「待て。人間だ。機械ロボットだ。猩猩だ。など、という小賢しいことは言うまい。」

 猩猩が仲裁する。

「そのようなことを言い出せば、わしなどは、一過言も、二過言も、人間や機械ロボットに言いたいことは、ある。しかし、ここでは、お前たちは、人間でも機械ロボットでもない。お前たち自身として、わしの前にいるのだ。」

「良い。続けよ。」

 本田は息を整えた。

「私の方こそ。申し訳ありませんでした。しかし、本田様とお蘭様たちは、京を離れ、行方をくらませてしまいました。再び、私がお二方のことを知ったのは、ごく最近、明治に入った後にございます。」

「では、俺たちが、猩猩に会ったのは、偶然ということか。」

 本田は猩猩の方を見た。湊屋は、頭を垂れて、俯いていた。

「全くの偶然だな。後で、湊屋にお前たちのことを聞いたとき、よもやと思ったのだ。あのときのことも、あり、お前たちに興味を持ったのだよ。そういえば、あの金で、手に入れた酒は、うまかったぞ。」

「いろいろ聞きたいことは、山ほどあるが、八割方は、知れた。それで、猩猩、お前たちの目的は何で、俺に何をして欲しい。」

「端的に言おう。将軍と帝を斬って欲しい。」

「将軍と帝を斬れだと。」

 本田は驚いた。

「ああ。この国を牛耳っている機械ロボットの頂点が将軍であり、帝だ。やつらを斬れば、この国は、自由になる。」

「自由になってどうする?」

「どうもしない。しかし、さっきも言った通り、この世は、暗に機械ロボットが、国や人間を支配し、動かしているのだ。俺はそれを解放したいのだ。」

「それを何故、俺に頼む?」

「わしらより、お前たちの方が、丈夫だからだ。単純なことだろう。やつらは滅多なことでは、死なぬ。一方で、わしらは、簡単に死んでしまう。ふつうの機械ロボットならば、やつらの思惑に違うことはしない。しかし、見たところ、お前は違う。もとより、お前はやつらの呪縛からは逃れている存在だ。まあ、やつらが、監視をつけるぐらいだからな。」

 そう言って、猩猩は、置いてあった巻き煙草に火を点けた。

「猩猩も、煙草を吸うのか。」

「こう見えても、もとは、人間だからな。」

「将軍たちを斬ると、機械ロボットたちは、どうなる?」

「お蘭のことか?どうにもならぬだろう。本人に聞いてみれば良い。」

 猩猩は、灰皿に巻き煙草を押し付けた。

「どうだ、お蘭?」

「仰る通り、何も変わることはないかと思います。」

 お蘭は、本田を見つめて行った。

「役目が無くなる分、今より、自由に生きられるのではないか。」

 猩猩は、立ち上がった。

「承諾してくれるのであれば、支度はしてやる。まあ、今宵はここに泊まり、明日、返事を聞かせてもらうとしよう。湊屋、ワインをもらうぞ。」

「はい。」

 湊屋も立ち上がり、猩猩と伴に消えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ