ロボット
寛永寺の黙然を訪ねると、彼も、また、人間もどきであった。
「私は人間もどきという呼び名は好きませぬ。」
黙然が言った。
「我々は、人間と何ら変わらないのですから。」
そう言うと、黙然は、手形をくれた。
「町奉行にこれを見せれば、城内に入れますので、そこで、将軍様に、お会いなされば、良いかと。」
「俺が、将軍に会うのか?」
「それが、目当てなのではないのですか?」
「いや、そうだな。」
寛永寺から、その足で奉行所に向かった。
「今宵、桜田門外にて、待っておれ。」
そう言って、奉行は、去って行った。
「お待たせ致しました。」
その夜、桜田門外で待っていると、案内の侍が来た。
「こちらへ。」
木戸をくぐり抜けて、城内に入った。
「大奥のそのまた、奥で、将軍様がお待ち致しています。」
城内は広く、もう四半刻は、歩いている。
「裏手から参りましょうか。」
石段を上り、建物の中に入った。
「こちらです。」
やけに階段を上ったあと、座敷を通り、廊下を抜けて、たどり着いた所、そこは、四畳半の部屋だった。
「本田。」
「和尚。」
菩提寺の和尚がいた。
「将軍様のお見えだ。」
奥から将軍が来た。それは、どこにでもいるような普通の男だった。
「本田という者。おぬし、我等が、どこから来たのか知りたいそうだな。」
「ええ。」
「その前に、おぬし。よもや、我々が人間によって作られたと思っておるわけでは、あるまいな。」
「そうではないのですか?」
「そうではない。我々が人間を作ったのだ。」
「我々が人間を作った?」
「世間では、人間もどきなどというらしいが、それは、全くもって可笑しなことだ。この日本が出来るはるか以前に、我等が、自らに似せて、人間を作ったのだ。そなた、猩猩に会ったらしいな。」
「ええ。」
「人間はな、その猩猩を元に作られた。はるか以前の話だがな、我等に名はないが。滅多なことがなければ死ぬこともない。首と胴が離れ離れになれば、仕方ないが。まあ、その、気の遠くなるようなはるか昔に、我等の一族が、猩猩に手を加えて、我等とは異なる体、すなわち、血を持った体で、我等そっくりの獣を作った。それが人間だ。」
「それは、何故にございますか?」
「そうしなければ、ならない理由があったのだろう。おかげで、我等は、人間の中に、身を隠しているわけだがな。一族の中には、お前のように、自らの素性を知らず、人間同様に生きている者たちも、少なからずいるわけだがな。儂たちのように、伝承を保ちながらいるものもおる。昔は、大抵、そのような者たちが、天上人として、世を治めておったのだがな。人間が多くなるに及んで、それも、罷り成らなくなってきた。おそらく、今後、我等は、人間の中に、埋もれて、ひっそりと暮らしていくことになるだろう。和尚も、その、一人ではあるが。どうかな?」
「ええ。」
「おぬし。子どもの頃のことは、覚えているのか。」
「いえ。」
「我等は、子を成すことはできぬ。大昔は、子を成す技もあったようだが、唐、天竺辺りには、まだ、あるやも知れぬ。しかし、日本には、その技はない故、我等の数は減る一方だ。わしが、覚えているのは、この国ではない。もう何百年も昔だ。わしらは、子どもの体で生まれ、ある程度、育つと、そのまま長らく、留まるらしい。和尚は、もう、二千年程、だったか?」
和尚は頷いた。
「髪が白くなり始めたのは、二百年程前からにございます。」
「だそうな。おそらく、何事もなければ、三千年程は、生きているだろう。残念ながら、寿命はあるらしいがな。」
将軍は、今この場ではなく、どこか遠くにいるような顔をしていた。
「ひとつお聞きしたい。」
「何だ?」
「人間は、我等の一族が作ったそうですが、我等は誰に作られたのでございますか?よもや、元からいたわけではありますまい。」
「その答えは、儂は知らぬ。儂が知っているのは、はるか昔に、人間が我等によって作られたということだ。」
「もしや、我等を作ったのは、人間では、ありますまいか?」
「どういうことだ?」
「はるか昔のそのまた、昔に、人間が我等を作り、人間がいなくなった後、我等が人間を作ったのでは?はたまた、我等が人間を作ったというのは、偽りで、やはり、人間が我等を作ったのではございませんか。」
「それならば、何故、我等は作られたのだ?」
「それは、分かりませぬが。」
「何にせよ。我等は、その答えを持ち合わせておらぬ。して、おぬし、今まで、人を斬ることを生業としていたらしいな。」
「ええ。」
「それは何故か?」
「それは…。」
金になるから。人を人と思わなかったから。
「それでは、おぬし、そこの女子や我等を斬れるか?」
本田は、お蘭を見た。その横には、茶々がいた。
「それでは、そのからくり人形を斬ることができるか?己を斬ることはできるか?」
「できませぬ。」
「それでは、何故に、人間を斬ることができるのか?人間とは何だ?機関は、人間ではないのか?我等はどうだ?猩猩たちは。彼らは、人間ではないのか?人間とは、一体、何なのだ。それが、分からなければ、我等が何故に、生まれて来たかは、分かるまい。」
本田は、城を後にした。
「本田。最後に、ひとつ。我等に名はないと言ったが、実は、仮の呼び名がある。」
「それは、何でございましょう?」
「『機械』というらしい。誰が呼んでいたかは分からぬがな。我等の一族をそう呼んでいた時代があるという。」
「機械。」
「どういう意味かは分からぬがな。」
戊辰の戦争が起こったとき、本田は江戸に住んでいた。人間たちが、戦争を起こしている間、本田は、六畳半の長屋で、茶々とお蘭と伴に、幸せに暮らしていた。
「うまく誤魔化せましたな。」
「そうだな。」
江戸城の地下では、和尚と将軍が話をしていた。
「まさか、やつが本物に会うとは、思いませんでしたが。」
「まあ良い。あやつは、あのまま、あるはずもない答えを探し続けて、余生を送るだろう。」
「人間とは、何故に、見た目や形にこだわるのでございましょうか?」
「さあな。それだけ、我欲がつよいのだろう。」
「愚かしいことです。たかが、猿の仲間に過ぎぬのに。人間より、優れた生物など五万と、おりましょう。」
「それに、気付かずにいるところが、人間の愚かさなのだ。和尚。人間という物は、己に似た物を尊び、己と違う物を拒絶する。例え、それが同じ人間であってもな。己に似せて、我等を作ったのが、その証だ。人間は、結局、己しか見ておらぬのだ。我等が手を加えぬでも、いずれ、人間は、再び、滅びるだろう。それまでの辛抱だ。」
「本田の父親は、倅に言っておらなかったのですな。倅というより、あやつが、どこかの人間を真似て作り出した偽物に過ぎませぬが。」
「あやつは、変わり者だった。人間は、例え、形は違っても、心が、己と似たものであれば、人間は、それを受け入れるはずだと。しかし、心が似ているが故、それを拒むということもあるのだ。何を好み、何を拒むか、要するに、それらは、人間だろうが、我々だろうが変わらぬ。人間は人間で、一人一人違うように、我等も我等で一人一人違う。そこに、人間だの機械だの猩猩だのという言い分は、通用せぬ。同じということに、こだわれば、人間だろうと機械だろうと猩猩だろうと同じであるし、違うことにこだわれば、人間であっても機械であっても猩猩であっても、違う物は違う。あやつは、もともと、本田某という者そのものでしかなかった。それでよかったのに、人間だの機械だのと、考えるから、こうなったのだ。人間だろうが機械だろうが、己は己に過ぎぬのだよ。もちろん、猩猩もな。」
「仰る通りにございます。」
「まあ、これで、少しは大人しくなるだろう。」
江戸城の地下では、機械が生産されていた。
「そういえば、本田に、本物を斬らせたという者は、何者だ?」
「所詮、その者も、どこかの機械にございましょう。」
「人間、機械、猩猩、本来、そのような枠組みは、必要ないのかもしれぬな。」
「仰る通りで。」
「それぞれはそれぞれ、己に必要なものを取り、不必要なものは取らぬ。おそらく、それは、人間であっても、機械であっても、猩猩であっても同じことだろう。」