表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/6

人間もどき

 本田は、京を去った。茶々とお蘭を連れて。

「お蘭、お前はどこから来た?」

「さあ?」

「俺とお前は兄妹かも知れぬ。」

「茶々はどうなるのです?」

「茶々もそうだ。」

 東海道の宿場町の旅篭屋に泊まる。京で稼いだ金は、いくらでもある。

「お客様たちは、どこへ行かれますので?」

「江戸だ。俺はそこで生まれた。」

 江戸の長屋住まいの脱藩浪人の子として、本田は生まれた。

「(父は人間だったと思うが。)」

 相変わらず、本田は、人間として過ごしている。というより、それは、今までと変わらない。

「お侍様。そういえば、この辺りは、夜盗が出ますので、お気を付けなされませ。」

 旅篭屋の主人は、そう言っていた。

「今宵は、野宿になろうか。」

 宿を立った、次の日、山中で、道を外し、夜になってしまった。

「死ぬことはあるまい。」

 一行の中に、人間はいない。彼らは、人間と変わらない。しかし、人間ではない。

「おい。」

 暗闇から、誰かが、話し掛けてきた。

「夜盗か?」

「金目の物を出してもらおうか。」

「そんなものはない。」

「嘘をつけ。人間は、嘘をつく。信用ならん。」

「お前は、人間ではないのか?」

「我等は、猩猩だ。」

「猩猩?それが何故、金をほしがる?」

「酒を買うのだ。」

「今は眠い。明日にしてくれ。」

 声には、構わず、本田は眠った。茶々もお蘭も、既に、眠っていた。

「先生。」

 お蘭の声で目が覚めた。

「あれ。」

 お蘭の指差す方向には、紅い毛の猩猩がいた。

「まことに猩猩であったか。」

「起きたか。人間。」

「あいにく、俺たちは人間ではない。」

「嘘をつけ。大人しく、朝まで待ってやれば。これだから、人間は嫌いだ。」

 人間は嫌い。猩猩の言う人間とは、何なのだろう。

「まあ。良い。酒がほしいのか、金なら、やろう。」

 本田はそう言って、小判を二、三枚。出した。

「ほら。取りに来るのが、恐ろしいならば、そちらに投げてやる故。」

 小判を放り投げた。

「ところで、道を外してしまったのだ。人里はどこだ?」

「このまま、丘を下れば、里がある。」

 猩猩はそう言うと、小判を拾って、去って行った。

「めずらしいものを見たな。お蘭。」

「あれは、何者なのでございます?」

「あれは、猩猩だ。」

「猩猩とは、何なのでございます?」

「猩猩か…。妖怪や獣の類だろう。」

「人間では、ないのでございますか?」

「さて…。人間とは何なのかな。行こう。」

 本田は、茶々とお蘭を連れて、丘を下った。

「里だ。」

 丘を下りると、猩猩が言ったとおり、人里があった。

「すまん。水を一杯くれ。」

 井戸にいた村人に、声を掛けた瞬間、後ろから、頭を殴られて気絶した。

「お蘭いるか?」

「先生。」

 気が付くと、座敷牢にいた。

「茶々がおりませぬ。」

「村人に、捕まったようだな。」

 山里には、旅人を襲うことを生業としている村があるという。

「何が見える?」

「人がいます。」

 格子越しに、外が見えた。

「猩猩が運ばれています。」

「なに?」

 本田が、外を覗いた。村人たちが、猩猩を捕らえて来たらしい。手足を棒に縛られた猩猩は、生きたまま、毛皮を剥がされていた。

「やつら、人間か?」

 猩猩の阿鼻叫喚な地獄の声を聞いた。

「猩猩は、獣なのでしょう?」

 お蘭が尋ねた。

「そうだな。」

 その夜、外が騒がしくなり、里のあちこちから火の手が上がっていた。

「お蘭、来い!」

 焼け出した壁を破って、外に出た。外では、猩猩たちが、里人を襲って、八つ裂きにしていた。

「茶々は、刀はどこだ?」

 建物をぐるりと、回り、玄関に行くと、茶々や刀と伴に、荷物がまとめて置いてあった。

「行くぞ。」

 それらを持って、本田は逃げた。途中、襲って来る者は、里人であろうが、猩猩であろうが斬った。里は、焼けた。人も獣も赤く染まっていた。

「人間とは、恐ろしいものだ。」

 江戸に着くと、辺りは、人だらけだった。本田は、菩提寺へ向かった。

「和尚。」

「本田か。」

「覚えているのか。」

「檀家は、皆、覚えている。」

「父の亡骸を見たいのだが。」

「亡骸など見てどうする?」

「人間だったかどうか。確かめる。」

「少なくとも、お前の親父は、犬畜生では、なかったぞ。」

「どうやら、俺は人間では、ないらしい。」

「本田。そちらの女子は?」

「連れだ。」

「まあ、良い。本堂へ参れ。」

 三人は、本堂に上がった。

「人間もどき。を、知っているか?」

「人間もどき?」

「形は人間そっくりだが、中身が異なる。」

「中身とは、このことか?」

 本田は、脇差を、抜いて、腕の皮を裂いた。中身は機関からくりが詰まっている。

「貸してみろ。」

 和尚は、本田の脇差を奪うと、自らも、腕の皮を裂いた。中身は、機関からくりが詰まっていた。

「これは驚いた。」

「そっちの女子も、人間もどきであろう。」

「人間もどきというのか?」

「俗世の者たちの言葉だ。」

 和尚は袈裟で傷を隠した。

「お前の親父も、人間もどきだったぞ。」

「やはり、そうなのか。」

「それで、そのことが分かってどうする?」

「俺たちは、何者なのだ?」

「知ってどうする?」

「和尚は、知りたくはないのか?」

「知ったところで、何も変わるまい。」

 本堂には、阿弥陀如来立像が鎮まっている。

「知るということは、どこかで諦めなければなるまい。知らぬということも、知ることと同じくらい大事なのだから。」

「江戸に来る途中、猩猩に会った。」

「猩猩?」

「彼らは、人間よりも、人間らしいと、俺は思う。」

「人間とは、何だ?何が人間で、何が人間でないと決めるのだ?我々は、人間ではないのか?町を歩いているのは、人間なのか?それをどうやって見分けるのだ。一人一人皮を剥いで見るか?それこそ人間とはいえまい。」

「それでも、俺は、己が、どこから来たのか知りたいのだ。」

「それは、お前を人間にすることは、ないぞ。詮索好きは身を滅ぼす。まあ、それでも、良いというならば、寛永寺にいる、黙然という僧を訪ねてみよ。どうなるかは、知らぬが、わしは、お前ではないから、お前のことをどうこうすることはできぬ。」

「ありがたい。」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ