長い夜
「先輩って、人四倍首長いですよね」
「お、おん」
そんな何気ない会話が僕らの馴れ初め。
ほんとどこにでもある様な、そんな馴れ初め。
その時は考えもしてなかった展開に僕は今、直面している。
「先輩の事が好きです!付き合ってください!」
それは僥倖なんかじゃなかった。
彼女の名前は猫 パカ美。
珍しくもあり、親がどういう意味を込めて付けたのか分からない名前を持つ彼女は僕の1つ年下。
カヌー部かカヤック部かなんか忘れたけど、僕と同じ部活に入ってきたことで知り合った。
彼女は普段、無口で常に真顔だったが、何故か僕にだけは満面の笑みを浮かべながら自分から話しかけてきた。
彼女出来たことはおろか、女の子と話したこともろくになかったし、同じクラスにいる女の子の匂いを持参したフリーザーパックで収集し家に持ち帰って冷凍庫に保管することが趣味だった僕だったが、そんな僕から見ても分かるほど露骨に彼女は僕に好意を寄せていた。
そして、とうとうこの日がやってきたというわけだ。
僕は2つ、いや、6つ返事でOKし、そこからパカ美との交際はスタートした。
僕は女が好きだ。間違えた、パカ美が好きだ。
だから女の全て。間違えた、パカ美の全てを知りたかった。
「好きな〇〇はなに?」
僕がパカ美に話しかけたい時に使う常套句だ。
パカ美のことをもっと知りたいから。というと綺麗に聞こえるが、ほんとはコミュ力が著しく低く、他の話しかけ方が分からないから。
ある日は「好きな食べ物はなに?」
ある日は「好きな動物はなに?」
ある日は「好きなゲーム実況者はだれ?」
最初は快く答えてくれていたパカ美だったが、交際スタートから3ヶ月。雲行きは怪しくなった。
僕がいつものように質問すると、パカ美は目から悲哀を溢した 。
僕にはその意味が分からなかった。
その意味に気づけない僕を見てきっとさらに彼女は悲しんでいるだろう。たまらず僕は聞いた。
「なにが悲しいの?何か悪いことした?ねえ、僕が何か悪いことでもしたんかっち言いよるんよ!あぁ!?マジでクラウドおもんねぇナーフしろ!!クラウドしね!使うやつしね!運営しね!」
パカ美は重そうな口を開いた。
「聞いてばっかりじゃん。教えてよ。
先輩のこと、わたしも知りたいよ。
先輩の全部知りたいよ。教えてよ。」
僕は後悔した。付き合ってからの3ヶ月間全てを後悔した。
たしかに僕は聞いてしか無かった。パカ美の気持ちにも気づかずに。
「ごめん、僕が悪かった。なんでも聞いて。なんでも。」
それを聞くとパカ美は、待ってましたと言わんばかりに食い気味に答えた。
「先輩の、カミク先輩の好きな食べ物ってなんなの?」
震える彼女に対して僕は答えた。僕が と言うよりは身体が、本能が答えた。
歯茎をむき出しにするほど大きな笑顔でヨダレ音混じりに答えた。
「僕は、君が…」
それより先の言葉なんて必要なかった。
その日の夜は、いつもよりずっと長く感じた。