絵梨のお礼
「お待たせ」
「遅っ!」
「はぁ?5分遅れただけじゃん」
「ウソウソ」
今日は絵梨がヒールのお礼にということで中洲で待ち合わせ。
絵梨が指定したのは宮崎牛を推している鉄板屋。
あー、ここ入ったことないけど、どう見ても高そうなんだよな。
俺にこんな高級なところ奢って何させる気だよ。
「「おつかれー」」
絵梨が事前に予約していたため、待つことなく店内に入ることができた。
わー、あの部位の値段やべー…。
ヒレでグラム5000円か…。
「今日はピンヒールじゃないんだな」
「折れてからピンヒールは止めてる。また折れてもやだもん」
「そりゃそうだな」
絵梨と乾杯し、料理に舌鼓を打つ。
美味っ!
こんな美味い肉食ったら普通の肉食えなくなるわ。
さては、次から俺に連れてこさせる気かっ!?
「奏司って今何してるの?」
「某ケータイ会社で働いてる。絵梨は?」
「私は薬剤師」
薬剤師ってこんな肉が食えるほど給料いいの!?
羨ましいわ…。
「奏司がケータイ屋ねぇ…。なんだか想像できない」
「うっせ。絵梨が薬剤師ってのはぴったりだけどな」
「でしょ。今度見に来てもらってもいいよ」
「お生憎様。こちとて中々体調不良にならないから機会がないわ」
「昔はよく休んでたくせに」
「うっせー」
絵梨が薬剤師か…。
白衣着てんのかな?
…似合うな。
絵梨と俺は幼馴染だ。
家が近所というわけじゃなかったけど、幼稚園から中学まで一緒だったし。
高校は別々だったけど、たまに連絡きてたな。
「みんな何してるんだろ」
「さぁなぁ…。福岡から出てったやつもいるし、こっちに残った人間なんて少ないと思うぞ」
「だよねぇ」
福岡が九州で一番栄えているといっても、福岡は一地方都市だ。
やはり東京に就職する人間が多く、地元に残っている人間は少ないと思う。
そんなに東京がいいかねぇ?
俺は嫌だね!
「奏司はてっきり東京に行っちゃうと思ってた」
「無理!俺は福岡から出ない」
「お祭り好きだもんねー」
「せやで」
山笠に参加できないとか死ねというようなものだ。
生粋の博多っ子から山笠取ったら何もないわ。
「子供の頃から出てるもんね」
「毎年出てるからな」
「奏司くらいじゃない?」
「どうだろな」
絵梨と昔話に花を咲かせ、宮崎牛に舌鼓を打った。
久しぶりの同級生に不思議と嬉しくなった。
「別にいいのに」
「絵梨に貸しを作りたくない」
「んじゃ、ごちー」
「ういうい」
鉄板屋を後にし、絵梨と中洲の行きつけのバーに来ている。
絵梨に貸しをつくると後で何を言われるかわかったもんじゃない。
鉄板焼きに比べると安価だが、貸しはなしだぞ。
「樋口っちゃんが女の子連れてくるなんてねー」
「ノブさん、こいつは同級生なだけです」
マスターのノブさん。
中洲の那珂川沿いにある、カウンター数席とテーブル1席の小さなバーだ。
酒が飲める年齢になってから、ここに足繁く通っている。
「マスター、奏司がここに女の子連れてきたことあるんですか?」
「んー…、ないっ!」
「見え張っちゃって」
「うるへー」
実のところ、ここに女性を連れてきたことはない。
いつも一人か、飲み友達だけだ。
そりゃ、中洲なんだから、飲んだ後は中洲の夜の街に繰り出すからな。
「俺の威厳が…。ノブさん、いつもの!」
「はいよ」
絵梨にけらけらと笑われ、俺の威厳もあったもんじゃない。
どげんかせんといかんな!
「はい、お待ち」
「なにそれ?」
「烏龍茶のロック」
「ただの烏龍茶じゃん!」
うるせぇ!
俺はそんなに酒強くねーんだよ!
お前だって知ってるだろ…。
「ノブさん、聞いてくださいよ。私、奏司の背中さすったこと一度や二度じゃないんですよ」
「初耳。樋口っちゃん弱いもんねー」
「…ぐぅ」
悪いことだが、二十歳前に飲酒をし、弱い俺はすぐにトイレのお世話になることが多々あった。
その時に絵梨によく背中をさすられた。
汚い思い出だわ…。
「弱いのに無理して飲むからでしょ」
「男にはそれでも飲まなきゃいけないときがあるんだよ」
「あるわけないじゃん。酒に弱い九州男児」
「うぐ…」
世間一般的には九州男児は酒豪のイメージだろう。
俺の親父も酒豪だ。
なのに、なんで俺は酒に弱いんだ…。
願いが叶うなら、俺を酒豪にしてほしい。
これマジで。
「絵梨ちゃん、樋口っちゃんはここでもよくトイレで寝てるからね」
「ウケる」
「うっせー…」
ノブさんも絵梨も敵だ!
俺の周りには敵しかいねー!
くそぅ…。
烏龍茶美味い…。