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4 なかったことにしましょう

 今回はお母様がいらっしゃらないのでカイル殿下が配慮してくださり、昨年のようなパーティーは開かれなかった。

 でもお父様のセンティア校の同級生方は入れ替わり立ち替わりお父様に会いに来てくださった。


 普段ならお母様が同行するような場へは嫡男としてノアがお父様について行った




 ある日、私は王妃様からお茶に招かれた。

 招かれたのは私ひとりだけなので、考えなくても王妃様がメルヴィス殿下のことをお話ししたいのであろうことは予想できて、いったい何を言われるのかと気分が重かった。


 王妃様もとても美しい方だ。お父様とどちらがと問われれば、迷わずお父様と答えるけれど。

 メルヴィス殿下だって王妃様に似ているのだから、よく見ればわりに綺麗な顔立ちをしているのに、いつも髪を乱して、顔を赤らめて、あちこちに傷を作っているからわかりづらい。

 そのあたりをきちんとすれば、アリスと並んでも見劣りしないどころか、なかなか絵になりそうだ。


 私が現実逃避をしかけているうちに、王妃様とのお茶会がはじまっていた。


「ロッティには、一度きちんとお礼を言いたかったのよ。あなたのおかげでメルがすっかり元気になったわ」


 王妃様は美しいお顔に相応しい優雅な微笑を浮かべた。


「申し訳ありませんが、私はそのあたりのことをまったく覚えておりません」


 私が身を縮めると、王妃様はクスリと笑った。


「そうらしいわね。私は、それはメルのせいではないかと思っているのだけど」


 私は首を傾げた。

 私がメルヴィス殿下のことを忘れてしまったのは、彼のせい? 彼が私の頭を鈍器で殴りつけたとか、へんな薬を飲ませたとか、おかしな呪いをかけたとかしたってこと?


「3年前まで、メルは気が弱くて思っていることをほとんど口に出せなかったし、部屋の中で本を読んだりすることを好む子だったの。それがロッティと出会ってから、たくさん話せるようになって、外に出て剣術や馬術を積極的に学びはじめたから体もすっかり丈夫になったわ」


「それは、本当に私と会ったからなのでしょうか?」


「ええ。メルが言っていたもの。強く大きくなれば、ロッティが婚約してくれるんだって」


 私は大きな声をあげそうになって、どうにか堪えた。

 あの王子は王妃様に何てことを言っているのだ。それとも、3年前の私が彼にそんなことを言ったっていうの?


 衝撃のあまり言葉を失っていると、王妃様は苦笑した。


「だけど、今のメルはちょっと元気が良すぎて、正直、困っているの」


 それはそうだろうと頷きたいところだが、王妃様からすればそれも私のせいなのかもしれない。


「だから、ロッティからメルに言ってもらえないかしら。きちんとお勉強もして、王子としての自覚を持つようにって。きっと、ロッティの言うことならあの子も聞くと思うのよ」


 何だか責任重大なことを言われて、私は頭がクラクラした。

 あのメルヴィス殿下に、王子の自覚を持たせる?


 だけど、王妃様にお願いされては断ることなどできない。


「わかりました。あまり自信はありませんが、やってみます」


 そうお返事するしかなかった。




 さらに重くなった気分を抱えてカイル殿下のお屋敷に戻ると、その根源たる第三王子が待っていた。


「ひとりでどこ行ってたんだよ」


 メルヴィス殿下以外は私が王妃様に呼ばれたことを知っていたはず。ふたりきりのお茶会に彼が突撃しないように、と皆が気を使って黙っていたのかもしれない。


 それにしても、こうして彼が毎日やって来るのは、もう私の婚約者にでもなったつもりでいるのだろうか。まったく、人の気も知らないで。

 だけど、私は彼に自分の気持ちを何も伝えていないのだから仕方ないか。彼の本心を確かめることも避けていたし。

 そろそろ、はっきりさせるべきなのだろう。


「まあいい。ほら、行くぞ」


 メルヴィス殿下がいつものごとく私の手を無遠慮に掴んだ。私は彼に引き摺られまいとその手を握り返して逆に引いた。

 彼が驚いた顔で繋いだ手を見つめた。頬がほんのりと赤く染まった。


「あ、ロッティ、その……」


 何か勘違いしているらしいメルヴィス殿下に、私は手を離しつつ低い声で問いかけた。


「メルヴィス殿下、あなたは王子なのですから、やるべきことがたくさんあるでしょう? こんなところで時間を無駄にしていて良いのですか?」


 メルヴィス殿下はムッとした顔になって答えた。


「剣術や馬術の稽古なら朝夕やってるぞ」


「それだけですか? お勉強は?」


「勉強なんかしたって強く大きくなれないだろ」


「お勉強もせずに体ばかり鍛えて、殿下は騎士にでもなるおつもりなのですか?」


「ロッティがそう望むなら……」


「望みませんし、王子がそんな理由で将来を決めないでください」


「強くて大きい人が良いって言ったのはロッティだろ」


 メルヴィス殿下は不貞腐れた顔をした。


「そのことなのですが、3年前、私たちは殿下が強く大きくになれたら婚約する、というような約束をしたのですか?」


「思い出したのか?」


 メルヴィス殿下の眼が期待で輝いた。


「いえ、まったく。これは小耳に挟んだ話です。で、それは具体的にはどんな状況で交わしたのですか?」


「状況?」


「はい。例えば、殿下が剣術がちっとも上達しないと泣いていたところに……」


「何で例え話で僕を泣かすんだよ」


 だって、私がいつも顰めっ面ならあなたはいつも泣き顔か泣きそうな顔だったじゃない、と喉まで出てきた言葉は呑み込んだ。


「失礼しました。殿下が嘆いていたところに私がたまたま居合わせて、頑張って強くなったら婚約してあげると言った、みたいな流れでしょうか?」


「違う」


「では、どんな?」


 メルヴィス殿下はしばらく悩む様子を見せた。まさか彼も覚えていないのかと思いかけたところで、ようやくポツリと呟いた。


「言いたくない」


「は?」


「言いたくない。知りたかったら、自分で思い出せ」


 声を荒げたメルヴィス殿下に、私は頷いた。


「わかりました。もう結構です。3年前の約束は無効ということでお願いいたします」


「何でそうなるんだよ? 忘れたのはロッティが悪いんだろ」


 メルヴィス殿下はまた泣きそうな顔になっていた。


「覚えていても同じです。私の言った『強くて大きい』は、体だけを鍛えれば良いわけではありません」


「忘れたくせに、どうしてそんなこと言い切れるんだよ」


「忘れていても、自分自身の考えることくらい検討がつきます」


「それなら、本当はどういう意味だったんだ?」


「少しくらいご自分の頭を使われてはいかがですか?」


 冷淡に告げると、メルヴィス殿下は顔を歪めて叫んだ。


「もういい。もうロッティなんか知らない」


「その言葉、聞き飽きましたが」


「今度は本気だ。僕は王子なんだからな。ロッティがいなくたって、僕の婚約者になりたい人間はいくらでもいるんだぞ」


「それはそうでしょうね。私は肩書ばかりで中身の伴わないような方、ごめんですけれど」


 メルヴィス殿下はしばらくその場で俯いて拳を握り締めていたが、やがてくるりと背を向けて駆け去っていった。


 私は深い溜息を吐いた。

 もう少し優しく言ってあげたほうが良かったかしら。でも、これでメルヴィス殿下も私のことを諦めてくれるかもしれない。

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