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エピローグ 思い描いた未来とは違いましたが

 結論を言えば、私がタズルナの王子妃の地位にいた期間は3年に満たなかった。


 王族の生活はやはり大変で、他人の目を怖がっていたメルの気持ちがようやく本当に理解できたような気がした。

 タズルナには、王太子妃殿下や第二王子妃殿下のように第三王子妃も国内から迎えるべきだったという方が少数だが存在したらしい。つまりは、自分の娘を王子妃にしたかった貴族や、自分こそ王子妃に相応しいと思っていた令嬢が。


 メルとの喧嘩が絶えないうえにいつも私が勝つので、彼らから「悪妻」、「恐妻」と呼ばれた。

 社交の場でエルウェズについて尋ねられて丁寧に答えていたら、「タズルナに嫁いだ自覚がない」、「エルウェズの自慢話しかしない」と言われた。

 それに加えて、子どもができなかったことでさらに陰口を叩かれた。

 絵を描けるのは落書き程度。ランディには時々会いに行ったけれど、乗馬は諦めた。


 もちろん、私の味方はたくさんいた。

 お義父様とお義母様、ふたりのお義兄様とお義姉様。マードック先生とサイモン先生。もちろんカイル叔父様のご一家も。

 それから以前、カイル叔父様のお屋敷のパーティーで知り合った令嬢方ーー私同様、すでに令嬢ではない方がほとんどだったけどーーと再会し、すっかり仲良くなった。

 だから私はメルの妃として彼の隣に堂々と立っていよう、立っていられると思っていた。


 それなのに、ある日突然、メルからそれを告げられた。

 申し訳ない気持ちはあった。でも、いざ王宮を出て感じたのは肩の荷を降ろせたという安堵だった。


 それからさらに10年ほどがたち、私は2度と戻らないはずだったエルウェズで再び暮らしている。




 執務室の机に向かって書き物をしていると、廊下を駆けてくる足音が聞こえ、ノックなしに扉が開いた。

 予想どおり、姿を見せたのはこの執務室の主である夫のラトクリフ公爵だった。


「ロッティ、義父上が来たぞ。ロッティの好きなケーキを買ってきてくれたって」


「もう、またなの?」


「この前はチョコレートで、その前はマドレーヌじゃなかった?」


「お菓子のことではなくて、一昨日来たばかりでしょ」


 王宮のお仕事を引退し、公爵位もノアに譲ったお父様はしょっちゅうやって来る。


「きっと毎日会いたいのを我慢してるんだよ」


 夫は「わかる、わかる」と頷いた。


「というか、あなたはお仕事を放り出して何してたのよ?」


 私が睨むと、途端に彼は肩を竦めた。


「ごめん。ちょっと外の空気を吸うだけのつもりだったんだけど、ティナとエリーに捕まっちゃって」


「お仕事中は駄目だって言えばいいでしょう」


「言ったさ」


「ヘラヘラした顔で言っても意味ないわよ」


 開いたままの扉の向こうから、「お父様、お母様、何してるの?」という声が聞こえてきた。


「ほら、行かないと。義父上が待ってる」


「あなたはここでお仕事してなさい」


「僕も一緒に行くよ。仕事は後でもできるんだから」


「夕食をひとりここでとることになっても知らないわよ」


「そんなの嫌だ」


「お父様、お母様」


 いつの間にか、廊下から可愛らしい2つの顔がこちらを覗いていた。


「また喧嘩してるの?」


 心配そうに尋ねてきたのは、もうすぐ6歳になるエリノア。

 9歳のクリスティーナが、にっこり笑ってそれに答えた。


「大丈夫よ。『あのふたりは喧嘩するほど仲が良いんだから放っておけ』って、ノア伯父様が言ってたもの」


 またノアは余計なことを。

 でも、エリーは「ふうん」と安心した様子だ。


「ティナ、エリー、先に行ってお祖父様を応接間にご案内してさしあげて」


「はあい」


 ティナとエリーが駆け去ると、私は嘆息した。


「お父様が帰ったらしっかりやるのよ。私も手伝ってあげるから」


「ありがとう。ロッティ、好きだよ」


「はいはい、知ってるわ」


「ここは『私も好きよ』って言うところだろ」


「そういうのはお仕事が終わったらね」


 私が夫の腕に自分の腕を絡めてから見上げると、昔と変わらぬ「私だけの王子」の笑顔がそこにあった。




 ある日突然、メルから「やっと臣籍降下が認められた」と告げられた時は、本当に驚いた。

 メルがそんなことを私と結婚する前から考えていたなんて、まったく知らなかったから。


「メルも、私に王子妃は務まらないって思っていたの?」


「そんなこと思うわけないよ」


「それなら、どうして私に何も言わなかったのよ?」


「決まる前に話してやっぱり駄目だったってなったら、がっかりするだろうと思って」


「メルは本当に良いの? 私のために王子をやめるなんて」


「ロッティのためだけじゃないよ。僕も王子のままではできないことがしたいんだ」


「どんなこと?」


「もっと国の外に出てみたい。それに、できればしばらくエルウェズで暮らしたい。ロッティとの婚約中は短期の滞在は許されたけど、今度はもっと長期で」


 あなたが最初にエルウェズに来た時は婚約してなかったし、正式な許可も得てなかったわよ、と突っ込むのはやめておいた。


「その時は、私も連れて行ってくれるんでしょうね?」


「ロッティが一緒に来てくれないなら行かないよ」


 それからしばらくして、メルは陛下より領地と爵位を賜り、第三王子からラトクリフ公爵になった。

 それにともない、私たち夫婦は王宮を出て新居となる屋敷に移り住んだ。

 幸い、王宮でメルや私に仕えてくれていた侍従やメイドのほとんどもついて来てくれた。


 当然、私についてさらに悪辣なことを言う方もいるようだったけど、そんなことを気にしている暇などなくなった。

 私は新たに公爵夫人として忙しい日々を送りながらも、絵を描く時間がとれるようになった。乗馬もまたはじめた。

 何度か長期休暇にエルウェズや他の国に行くこともできた。

 メルとは相変わらず喧嘩をして、仲直りをして、愛を確かめ合った。


 メルは王子ではなくなっても毎日、王宮に通ってタズルナのために働いた。

 その甲斐あって、メルは念願のエルウェズ駐在大使に任命され、私と、王宮を出てから生まれたふたりの娘たちも一緒にエルウェズに赴いたのが先月のこと。

 エルウェズの都にあるタズルナ大使館が、私たち家族の今の住処だ。




「やっぱりエルウェズのお菓子は美味しいよね。できたら職人を何人かタズルナに連れて帰りたいけど、来てくれる人いるかな? それとも、タズルナの職人をこっちに呼んで技術を身につけてもらうほうが早い?」


 廊下を歩きはじめてすぐ、メルが言った。


「確かにタズルナでもエルウェズのお菓子を食べられたら嬉しいけど、タズルナとエルウェズでは小麦粉も少し違うらしいわよ」


「え、そうなの? それなら、小麦粉も輸入しないと駄目ってこと?」


「そのあたりはセアラの伯父様が詳しいかもしれないわ」


「ああ、貿易商をしてるんだっけ。今度、話を聞いてみよう」


「実は、私も考えていることがあるの」


「何?」


「タズルナとエルウェズの子ども向けの本をもっとお互いの言語に翻訳したらどうかしら?」


「それ良いね。ロッティが教えてくれた王子と騎士の話、面白かったし。あと、送ってくれた童話なんかも」


「あなたが子どもの頃に読んだ本もね」


 タズルナの騎士様はかなり荒っぽい感じだったけど。


「時間があれば私が訳したいところだけど、今は忙しいから、これ以上やることが増えたら絵を描けなくなりそう」


「義父上に頼んでみたら?」


「ああ、そうね」


 外交文書とは勝手が違うかもしれないけれど、お父様なら物語も上手に訳してくれそうだ。

 やることができれば、我が家に来る頻度も減るだろうし。


 私たちがエルウェズに越して来てから、お父様はメルにもまた優しい顔を向けるようになり、メルはすっかり気を良くしている。

 5年の任期を終えてタズルナに帰国する時には、「ひとりで帰って」なんて言われて泣くことになると思うけど。


 でも、またお父様に泣かれても、やっぱり私はメルとタズルナに帰国する。

 不思議なもので、タズルナで暮らしていた頃はエルウェズが恋しくなったりしたのに、エルウェズにいるとタズルナの空気が懐かしい。


 この先、またメルが別の国に行くことになるかもしれないし、もしかしたら私から言い出すことがあるかもしれない。

 どちらにせよ、メルと私はこの先もずっと一緒にいて、最後には同じ場所に帰るのだ。

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