27 王子のもとに行きます
翌年の長期休暇、マードック先生とサイモン先生は最初の半月ほどコーウェン領に滞在してから、タズルナに帰国された。
私は一応おふたりからそれぞれ及第点をいただき、タズルナの王宮での再会を約束してお見送りした。
メルからは「今年は行かない」と連絡があった。
「ロッティを迎える準備をしっかりしておく」と書かれていたけれど、おそらく私が家族とコーウェン領で過ごせる最後の年だからと遠慮してくれたのだろう。王妃様のお口添えかもしれないけど。
センティア校を卒業したはずなのに、手紙では成績にまったく触れていなかった。
次の手紙で「卒業試験はどうだったの?」と訊いたけれど、領地に入ってしばらくたっても返事は来ないままだ。
それほど酷い成績だったのか。卒業して王宮で働くことになるからその関係で忙しいのか。理由がわからず悶々とした。
とにかく、私は領地での家族水入らずの日々を楽しんでいた。
両親に挟まれて視察に行ったり、皆で美味しいお菓子を食べながらゆっくりお喋りしたり、ピクニックに行ったり、お父様とふたりでデートをしたり、お母様と語らったり。
休暇が半ばを過ぎると、お祖父様とお祖母様、お姉様一家や親戚たちもコーウェン領にやって来た。
もうすぐタズルナに嫁ぐ私に会いに来てくれたのではなく、アリスのために集まってくれたのだ。
先日、学園を卒業したアリスは、休暇中に領主館の近くにある教会で結婚式を挙げる。
ノアに続いてアリスまで、私より先に結婚することになったのだ。
もっとも、アリスの結婚がこの時期になったのは、「ロッティにも参列してほしい」と強く希望してくれたからなのだけど。
そんなわけで、領主館はかなり賑やかになった。
だけどふとした瞬間に「これで最後なんだな」と思い、寂しくなることがあった。
タズルナに嫁げばコーウェン領はおろか、エルウェズの土を踏むことは2度とないかもしれないし、もう会えない人もいるかもしれない。
アリスの結婚式まで2日。私は何となくひとりで散歩に出かけた。
この森をあと何度散歩できるのだろう。そんなことを考えてまた気分が沈みそうになった。
もしも隣にメルがいればあまり感傷的にならずに済んだ気がする。やはり「来て」と書けば良かった。
そもそもエルウェズを離れなければならないのはメルのせいなのだから、おかしな話だけど。
メルらしい笑顔を思い浮かべようとするうちに、彼が私の名前を呼ぶ声が聞こえた。
空耳が聞こえてしまうほど、私は彼を求めているのだろうか。
「ロッティ」
先ほどより声が大きくはっきりと聞こえた。
振り向けば、メルがこちらへと駆けて来るのが見えた。
「メル? 今年は来ないんじゃなかったの?」
メルは私の前まで来ると、ヘラっと笑いながら私の手を握った。
「ロッティの手紙にアリスが結婚するから家族や親戚が皆集まるって書いてあったの、僕も来いって意味だろ?」
「違うわよ。メルはまだ家族じゃないでしょ」
拗ねた顔になったメルに、私は微笑んだ。
「それなのに、アリスのためにわざわざ来てくれてありがとう」
「……本当はアリスのことは口実で、ロッティに会いに来たんだけど」
「そのほうがもっと嬉しいわ。私もメルに会いたかったから」
再び笑顔が戻ったメルに尋ねた。
「ところで、卒業試験はどうだったの?」
メルの目が泳いだ。
「メル?」
「ごめんなさい。5位でした。婚約解消しないで」
メルは早口で言い、肩を落とした。昨年より下がってしまったから手紙に書けなかったのか。
「しないわよ」
「首席じゃなくても良いの?」
「メルが3年間たくさん頑張った結果の5位でしょ。立派なものだわ。ああ、ちょっと屈んで」
私の言葉に従ったメルの頬に短く口づけると、メルの顔が赤く染まった。
「ご褒美よ。さ、帰りましょう」
「う、うん」
私はメルの手を引いて歩き出した。
秋。
エルウェズの都からタズルナへ、王子の花嫁を送り届ける一行が出立した。
一行の中には家族や親戚もいたのだけど、昔、家族でタズルナを訪れた時の何倍もの馬車列は、どこか他人事のように感じられた。
国境を越えるとタズルナ側の迎えの一行も待ち構えていて、行列はさらに伸びた。
当然、馬車の進みは常よりゆったりしたものだった。
私と同じ馬車にはアリスが乗ってくれていて、子どもの頃の思い出から将来の希望まで、ふたりで様々なことを話した。
家族の中で一緒に過ごした時間が最も多かったのはアリスだと思うけど、これほど長くじっくりと話したことはなかったかもしれない。
「本当はね、私、最初メルのこと嫌だったの。ロッティを奪られた気がして」
タズルナの都までもう少しとなった頃、アリスがそう打ち明けた。
「次にメルと会った時にはロッティがメルを忘れててちょっと気の毒になったんだけど、メルってば毎日ロッティに会いに来てるのに話しかけられなくて、私にロッティのことばかり色々聞いてきて、正直、鬱陶しかった」
アリスは嘆息しながらも、どこか懐かしむような顔をした。
「それで、仕方ないなって思ったの。メルはロッティが大好きで、優しいロッティはいつかきっとメルを振り向いてしまう。それなら私は、ロッティを笑顔で送り出せるようになろうって」
アリスは目を潤ませながら微笑んだ。
「ロッティ、今までありがとう。ロッティの妹で本当に良かった。メルと幸せになってね」
「こちらこそ、本当にありがとう。アリスも幸せにね」
誰よりも美しい私の大事な妹は、コクリと頷いた。
そうして、メルと私はタズルナの都にある大聖堂で結婚式を挙げた。
昔ここを見学した時には、自分がここで結婚することになるなんて想像もしていなかった。
子どもの頃に望んでいたとおりだったのは、お父様にウェディングドレスのデザインを決めてもらえたこと。
メルとの婚約を決意した時には諦めていたけれど、タズルナ側がそれを認めてくださり、無事に叶ったのだ。
出来上がった純白のドレスには銀糸で繊細な刺繍が施されていたのだけど、その一部はアリスの手による。
私のウェディングドレス姿を一目見た瞬間から、お父様は泣き出した。
でも、私と並んで聖堂に入場するのを待つ段になってピタリと泣き止み、扉が開いて歩き出すと、祭壇の前に立ってこちらを見ている花婿を真っ直ぐに見据えた。
メルがこのウェディングドレスを見るのは初めてだ。距離があってもメルがニヤニヤ笑っているのがわかった。
ゆっくり時間をかけてメルのもとに辿り着くと、待ちわびていた彼が口を開いた。
「ロッティ、すごく綺麗だ。義父上、どうもありがとうございます」
メルの言葉を無視して、お父様は私を見つめた。
「ロッティ、何かあったら、もちろんなくても、いつでも帰ってきて良いんだからね」
「はい」
笑って頷いた私を見て顔を顰めたメルを、お父様はジロリと睨んだ。
「メル、君がタズルナの王子だなんてこと、僕にはどうでもいい。大事なのは、メルが僕よりたくさんのものをロッティにあげられるかどうか、だよ」
メルは畏った顔で頷いた。
「わかってます」
お父様はもう1度だけ私の顔を見つめてから参列席のお母様の隣へと退がった。その目から再び涙が溢れ出していた。
神父様のお話が始まると、メルが囁いた。
「ねえ、ロッティ。まずは何がほしい?」
私は横目でメルを見上げた。
「メル、まさかお父様が言ったのがドレスやお菓子のことだなんて思ってないわよね?」
メルは目を瞠り、慌てて言った。
「そ、そんなこと、思うわけないだろ」
「そう。それなら、期待しているわ」
「任せて」
胸を張って笑った王子に、少しだけ不安が過った。




