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24 王子に告白します

 気づけば、川底に足を着けて立っていた。やはり川はそれほど深くはなくて、水は私の膝あたりまでしかない。

 だけど気を抜くと足を取られそうで、思わず私を水中から引き上げてくれた腕にしがみつくと、その腕にさらに力が込められるのを感じた。

 見るからにひ弱だった男の子がずいぶん逞しくなったのねと、こんな時なのに感慨深くなる。


 私たちはメルの護衛騎士たちの助けで無事、岸に上がることができた。

 とても長い時間水の中に沈んでいた気がするけれど、実際には川に落ちてから助け出されるまであっという間だったようだ。


 領主館に帰る間も、メルは私を支えるように腕を回していた。

 別にどこかを痛めたわけでもないし、むしろ歩きにくいので「大丈夫だから離れて」と言おうとメルを見上げると、明らかに泣くのを我慢している顔だった。

 泣き虫なところは昔のままだ。




 私たちが皆びしょ濡れになって戻ったので、アリスやメイ、使用人たちにとても驚かれた。

 すぐに湯が用意され、私たちはそれぞれ浴室に押し込まれた。


 しっかり体を温め、身支度を整えて自室のソファで休んでいると、扉が叩かれた。

「どうぞ」と答えると、やって来たのはやはりメルだった。


「ロッティ」


 メルはソファまで駆けてくると、私の足元に膝をつき、私の両手をガシッと握りしめた。

 私を見上げた目から涙が溢れ落ちて、その手と私のドレスを濡らした。


「好きだよ」


 どうして今さら告白? 改めて言われなくても知ってるけど。

 そう考えてから、ようやく思い出した。川に落ちる直前にメルと交わしたやり取りを。

 川に落ちて昔のことを思い出した衝撃ですっかり忘れていた。


「ロッティ、大好きだよ。あんなこと、言って、ごめん。いくら、でも、謝るから、婚約、解消、しないで」


 私から反応がなかったことでまだ怒っていると勘違いしたのか、メルは必死な表情だったが、泣いているせいで声は途切れ途切れだった。


「私こそ、さっきは言い過ぎたわ。ごめんなさい」


 そう、今まで「好きだ」と言われたことはなかったけど、メルの気持ちなんてちゃんとわかっていたのだ。

 おそらく、普段の私ならメルに同じことを言われたとしても適当に返せただろう。

 でも、今の私には自分で思っていた以上に余裕がなかったようだ。


 メルはブンブンと首を振った。


「あれが、最後じゃ、なくて、良かった」


「メルが助けてくれたおかげよ。ありがとう」


 メルはまた首を振った。


「ほら、いいからここに座りなさい」


 私が促すと、メルは私の隣に腰を下ろした。


「本当は、わかって、る。お情けで、婚約して、もらったのは、僕のほう、だって」


「は?」


「でも、ロッティが、僕の、こと、少しでも、好きになって、くれ、るように、これから、もっと、頑張るから、ずっと、僕と、一緒に、いて」


「……もう好きだけど」


「え?」


 メルが目を丸くして私を見つめた。

 今さらこんな反応されるなんて、まったく伝わってなかったのね。


「好きでもない相手に婚約なんて言い出さないわよ。それも、大切な家族からひとり離れて外国に嫁がなきゃならないのに」


「だって、さっき、僕の妃になんかなりたくないって」


「王子妃に、よ。あなたにこんなことを言うのは何だけど、王族として生きるのは大変でしょう。常に注目されて、何でもできて当たり前」


 メルがコクリと頷く。このあたりは、まさに昔のメルが悩んでいたことだ。


「本来なら公爵の娘もそれに近いものなんだろうけど、うちの両親は私たちのやりたいことをやらせてくれるわ。絵を描くことや、馬に乗ることも」


 その最たることが、好きな相手との婚約だ。


「だから、王子妃になってやりたいことを制限されるのが嫌だったの。でも、ずっと一緒にいたい人が王子なのだから、もう仕方ないわ」


「それ、僕のこと?」


「他に誰がいるのよ」


 メルが突然立ち上がり、「うほっ」とか「ひょお」とか奇声をあげながら部屋の中を飛び跳ねだした。

 近くに誰かいたらギョッとするに違いない。


「ちょっと、メル」


 私も立ち上がり、メルを止めようと近づいた。すると、メルも私に寄ってきて、いきなり私を抱きしめた。

 私まで「ひゃっ」と奇声をあげてしまい、それで我に返ったらしいメルが慌てて離れていった。


「ご、ごめん。嬉しくて、調子に乗って、つい」


「え、ええ」


 考えてみれば、川から助けられた時のほうがよほど密着していたけれど、あれは救助で、今のとは意味が異なる。


 しばらく視線をあちこち彷徨わせていると、ふいにメルが赤らんだ顔で私を見つめて言った。


「あの、ロッティはこれからもやりたいことをやって。僕がしっかりロッティを守るから」


 メルの気持ちは嬉しいけれど、そんなわけにはいかないだろう。


「ありがとう。だけど、メルと結婚するからにはきちんと王子妃としての責任を果たすつもりよ」


「僕のこと頼りないって思ってる?」


「頼りないというか、メルの約束はあてにならない、かしら」


「何、それ」


 不満そうなメルに、私も不満を返した。


「だって、結局メルは『結婚してください』も言ってくれなかったわ」


 メルが目を瞬いた。


「ロッティ、もしかして僕と初めて会った時のこと思い出したの?」


「ええ、思い出したわ」


「え、いつの間に?」


「川に落ちた時」


 私がそう言うとメルがまた顔を歪ませたので、急いで続けた。


「まったく、何が『強く大きくなったら婚約する』よ。約束したのはメルが私に求婚することだけでしょ。それに、『僕のことは忘れて』って言ったのもメルじゃない」


「それで本当に忘れちゃうなんて思わないよ」


 まあ、そうよね。


「そういえば、強く大きいってどういう流れで出てきたの?」


「思い出したんじゃないの?」


「8年も前のことだし、すべてを昨日のことのように、は無理よ」


「ロッティが物語に出てきた騎士のことを、王子よりも『強くて大きくて素敵』って言ったんだ」


「王子と騎士? ああ、あれかしら」


 確かに、子どもの頃そんな物語を読んだ記憶がある。

 だけど、私が好きだった騎士は再会した時のメルとは違って礼儀正しく、丁寧な話し方をしていたと思う。

 彼は騎士の家系に生まれたので仕方なく騎士団に入ったものの本当は文官になりたくて、こっそり本を読んで勉強したり、学者と交流したりしていた。

 幼馴染の王子が陰謀で危機に陥ると、周囲の人たちが離れていく中、ひとり王子を信じ続け、王子が国を追われてからも行動をともにする。

 騎士でありながら剣術を疎かにしてきたことを後悔する一方で、それまでに蓄えてきた知識や人脈を活かして王子を助ける。

 そう、そんな人だったはず。


「その物語、読みたかったけど見つからなくて、似たような別の本を読んで、そこに出てきた騎士の真似をしたんだ」


「そうだったのね」


 私は小さく溜息を吐いた。


 きっとエルウェズにしかない本なのだろう。

 それに、悔やむべきは物語がタズルナ語に訳されていないことではなく、私の説明不足だ。


「メル、明日ふたりで出かけましょうか?」


「え、デート?」


 咄嗟に否定の言葉を口にしかけて、飲み込んだ。

 相思相愛の婚約者とふたりで出かけることをデートと言わずに何と言おう。


「街の本屋さんに行って、その本がないか探してみましょう。もし見つからなかったら、後で都のお屋敷にあるものを送るわ」


「うん。やった」


 メルがまた飛び跳ねる前に、ソファへと引き戻した。


「9歳の私が読めたのだから、今のメルにも読めるわよね」


「任せて。エルウェズ語の成績は学年1位だったから」


「そういえば、まだセンティアでのメルの成績を聞いてなかったわね」


 そんなことさえ頭から抜けていたのだから、やはり私は余裕がなかったのだ。


 メルを見ると、彼の目が泳いだ。


「メル?」


「ええと、その、7位」


「7位?」


「うん。首席はとれなかった」


 メルは肩を落とした。


 メルとの婚約を決めた時に「センティアで首席をとれ」と私が言ったのだっけ。

 正直なところ、メルが首席をとれるなんて思っていなかった。7位でも上出来だと褒めてあげたいくらいだ。

 だけど、そんなことをしてメルが気を抜いてしまったら困る。


「まだ卒業までは2年あるのだし、今後に期待しておくわ」


「婚約解消しない?」


「しないわよ」


 メルはホッとした顔になった。


「ところで、クラスメートとは上手くやっているの?」


 私としてはこちらのほうが心配だった。


 センティア校も14歳で入学する人が大半で、クラスメートのほとんどがメルより歳下のはず。

 ただでさえメルは王子という特殊な立場だし、周囲から浮いていないだろうか。


「うん、仲良くやってるよ。昔、僕の悪口を言ってたやつらとも久しぶりに会ったけど、大丈夫だったし。何か、皆、僕がロッティと婚約したこと驚いてて、あと、アリスはどうしてるかよく訊かれた」


 ああ、はいはい。


「アリスのこと、あまりペラペラ喋らないでよ」


「わかってる。アリスは僕の大事な妹だもんな」


「まだよ」

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