23 努力した(メル)
ロッティを見送って王宮に戻ると、ロッティと約束できたことを母上に報告した。
「まあ、メル、そんなことまで言ったの? ロッティも驚いたでしょうね」
「『楽しみに待ってる』って笑ってたよ」
「そう。良かったわね」
「うん。ロッティと婚約できるように頑張る」
母上は微笑んで頷いた。
それから僕は図書室に向かった。
ロッティが話していた王子と騎士の物語を読んでみようと思ったのだけど、いくら探しても見つからなかった。
仕方なく、今までは話したことなかった司書に本の題名と内容を伝えて知っているか尋ねたけど、司書も首を傾げた。
結局、僕は司書が紹介してくれた騎士が登場する物語を借りることにした。
自分の部屋に帰ってさっそく読んでみると、やっぱりロッティに聞いた物語とは違うみたいだったけど、剣を手に敵をどんどん倒していく騎士はとても格好良かった。
同じ騎士だし、僕はこんな風になれば良いんだ。
僕は剣術と馬術を習いたいと父上に頼んだ。
「それなら今後はメルにも護衛騎士をつけるから、その者たちに教えてもらいなさい」
両親や兄上たちには護衛がいるけど、僕にはずっといなかった。
僕は部屋にいることが多かったし、騎士は大きくて傍にいるだけで威圧感があって苦手だったから。
数日後、僕が引き合わされた騎士たちも皆怖そうな見た目だった。
だけど、僕は騎士のようになりたいのだから、彼らにしっかり学ばないと。
そうして僕は騎士たちに剣術や馬術を習いはじめた。
最初はなかなか思うようにいかないし、手にまめができたり体のあちこちが痛くなって、やめたくなった。
でもそのたびにロッティの笑顔が頭に浮かんで、もっと頑張ろうと思い直した。
そのうちに少しずつ体が慣れ、騎士たちと打ち解けることもできた。
彼らに強く大きくなるためにはよく食べてよく寝ることだと聞いたので、たくさん食べて早く寝るようにした。
しばらくして、父上が「今年生まれた馬の中から1頭をメルにやろう」と言ってくれたので、繁殖用の厩舎に子馬を見に行った。
案内してくれた人たちは僕に白馬を勧めた。
「このように真っ白なのは珍しいですし、殿下によくお似合いになりますよ」
確かに白馬はとても綺麗だったけど、僕が求めるものとは違う。
「僕、黒い馬が良いんだけど」
「でしたら、あちらの青鹿毛はいかがでしょう。あれも良い馬でございます」
見せてくれた青鹿毛も毛並みが艶々していて綺麗だった。
僕はその馬をもらうことに決めた。
青鹿毛の名前は父上に付けてもらった。
大きくなりそうな名前をお願いしたら、「ランディ」になった。ちょっと「ロッティ」に似た響きで、気に入った。
物語の中に騎士が馬の世話をする場面が何度かあったので、僕も厩務員たちに世話の仕方を教わった。
僕は騎士の物語を繰り返し読んで、騎士の台詞を真似してみたりもした。
騎士や厩務員たちと毎日接していることもあって、ちょっとずつ他人と話すことができるようになっていった。
ある時、上の兄上と一緒に王宮の廊下を歩いていると、またあの3人組に会った。
彼らは廊下の端によけて僕たちに挨拶した。
兄上がさっさと立ち去ろうとしたので僕もそれに続こうとして、だけど足を止めた。
物語の騎士を思い出しながら、3人を振り返った。
「おまえたち、あれからアリスとは仲良くなれたのか?」
3人が驚いたように僕を見た。
「まあ、無理だろうな。アリスはおまえたちのこと迷惑がってたから」
3人は怒ったような表情になり、でも何も言わなかった。
「何だ、おまえたち、いつもとずいぶん違うんだな。僕に『駄目王子』とか『女みたいだ』とか言わなくていいのか? 僕がひとりの時じゃないと言えないなんて、とんだ卑怯者だな」
僕は3人に背を向けて、颯爽と立ち去った。
初めてこっちから言ってやった。ドキドキしたけど気持ち良い。
でも、廊下を曲がったところで後ろからバシッと頭を叩かれた。振り返ると、兄上が怖い顔で僕を見下ろしていた。
「王子が人前であんな言葉を使うな」
「だって、あいつらが……」
「言い訳無用だ」
夜、母上にも叱られた。
だけど、あの3人の姿を王宮で見かけることはその後なくなった。
タズルナの美術館にも「受胎告知」があると知り、行きたいとお願いしたら、母上が連れて行ってくれた。
でも、実際に見た「受胎告知」はロッティの話から想像していた明るく華やかものではなかった。天使も聖母も表情が固い気がする。
「本当にこれなの?」
僕がそう言うと、母上がフッと笑った。
「『受胎告知』はこれまでたくさんの画家に描かれてきたモチーフなの。だから、ロッティの好きな『受胎告知』とこの『受胎告知』はまったく別物なのよ」
「そうなんだ」
ちょっとホッとした。
いつかエルウェズに行ったら、ロッティと一緒に「受胎告知」を見よう。
僕には家庭教師もつけられ勉強の時間が決められたけど、机に座っているなんてもったいなくて、たびたび部屋を抜け出し、ひとりで剣術の稽古をしたり庭を走ったりランディに会いに行ったりした。
母上は「勉強もきちんとしなさい」と言うけれど、強く大きくなるために勉強は必要ないはずだ。
2年がたった。
ある日、家族が話しているのを聞き流しながらせっせと夕食を口に運んでいると、母上に突然声をかけられた。
「どうしたの、メル。嬉しくないの?」
僕は口の中のものを飲み込んでから尋ねた。
「え、何が?」
「また聞いてなかったのか」
下の兄上が呆れたように言った。
「だから、何?」
「またコーウェン公爵がいらっしゃるそうだ」
僕は目を見開いた。
「本当に? ロッティも来るんだよね? いつ?」
「ノアがセンティアに入学することになって、家族で送ってくるそうだから、きっと長期休暇の後半ね」
「ずいぶん先だね」
でも、またロッティに会えるんだ。
ロッティは僕が強く大きくなったって驚くかな。いや、まだまだ足りないって言うかも。
ロッティが来るまでにもっと頑張ろう。
ロッティが来る日を指折り待ち続け、いよいよ到着する日、朝食が済むと僕は叔父上の屋敷へと走った。
ロッティはまだ来ていなかった。
「到着するのはおそらく夕方だ。勉強の時間が終わったらまた来なさい」
叔父上はそう言った。
僕はいつものように剣を振ったり走ったりしていたけど気持ちが落ち着かず、何度も叔父上の屋敷に様子を見に行った。
でもやっぱりロッティはいなかった。
仕方ないので、ランディのところに行った。
ランディはすっかり成長して、大きくて強い馬になった。
ロッティに会わせたら、きっと喜んでくれると思う。
そうして夕方近くなって、また叔父上の屋敷に行く途中、庭を歩いているふたりの女の子の姿が目に入った。
ロッティだと、遠くからでもすぐにわかった。
僕は胸が高鳴るのを感じながら、ロッティへと真っ直ぐに向かっていった。




