18 王子も学生になりました
パーティーの翌日、王宮においてカイル殿下とエルウェズの陛下、そしてお父様の間でメルと私の結婚に関するいくつかの文書が交わされた。
お父様は書類を端から端までじっくり繰り返し読むという方法で最後の抵抗を見せた後、お母様に静かに促されて書類にサインをした。
これで私は正式にタズルナの第三王子の婚約者になった。
当初の予定では私が学園をお休みするのは2日半だったのだが、メルが来たので使節団の滞在中は彼に付き合うことになった。
メルに行きたい場所ややりたいことを尋ねると、最初に彼の口から出てきたのが「今年こそ学園を見学したい」というものだったので、学園に許可を得て連れて行くことにした。
メルに「制服を着て来て」と言われたのでそのとおりにして迎賓館まで迎えに行くと、なぜかメルまで学園の制服姿だった。
「それ、どうしたのよ?」
「せっかくだから借りた」
詳しく訊けば、昨年学園を卒業された王族の方のものだという。
少々呆れたが、本人はかなり嬉しそうなので黙っておいた。
パーティーで多くの方に顔を晒したメルを今さら遠縁と偽ることはできなかったため、学園に到着すると学園長先生をはじめ何人もが出迎えてくださった。
メルは馬車を降りる際には私に手を貸してくれ、出迎えの方々には礼儀正しく挨拶し、「ロッティがお世話になっています」ともう私の夫になったかのような顔で付け足した。
メルが制服を纏っていたので、先生方も驚かれていた。
「殿下、この学園に留学なさいますか?」
ある先生がそんなことを仰るので、メルが本気にしないかと私は内心冷や冷やした。
「できればそうしたかったですが、センティアに行きます」
メルはそう即答したが、残念そうな顔をしたのは演技ではなかっただろう。
学園内は私が案内して回ったが、そこにも学園長先生方がついて来られた。メルの侍従と護衛もいるので、どうにも大仰だ。
王族など見慣れているはずの生徒たちもタズルナのとなると物珍しいようで、こっそりメルを窺う目がたくさんあった。
メルは興味深そうにキョロキョロと視線を巡らせ、時に学園の施設や行事について質問をしてきた。
そんなメルに、学園長先生は好感を持ってくださったようだった。
「シャーロット嬢が良い縁を得られて、ご両親は安堵なさったでしょうね」
まさか「お父様は婚約解消の機会を伺っています」なんて正直に言えないので、ただ笑顔で「ええ」と頷いた。
「コーウェン公爵ご夫妻は仲がよろしいことで有名ですが、おふたりもそれに負けぬご様子で」
今日のメルの態度ならそう受け取ってもらえるだろうと思ったが、何となく周囲の視線が向かっている先に目をやれば、しっかりと繋がれたメルと私の手があった。
しまった。馬車を降りてからずっとこのままだった。
私は両親で見慣れているし、メルと並んで歩く時はこれが当たり前になっていたのでまったく意識していなかったが、いくら婚約者でもこういう場で手を繋ぐのはあまり一般的ではないだろう。
といって、今さら離れるのも不自然なので、最後まで堂々としているしかない。
幸い、学園長先生はにっこりと笑ってくださっているので、私も笑い返した。
おそらくわかっていないだろうメルも私たちにつられたように笑顔を浮かべ、何となくほのぼのした空気が漂った。
別の日には、メルと一緒にお姉様やヴィンス、ジョシュアに会いにマクニール家を訪ねた。
タズルナの王太子殿下にもすでにふたりお子様がいらっしゃるので、メルは幼い子どもと接することに私より慣れているようだった。
3歳になったヴィンスがすぐにメルに懐いてしまい、何となく悔しかった。
他にもメルと都のあちこちを見物したり、美味しいものを食べたり、時には我が家でのんびりしたりして、使節団の短い滞在期間はあっという間に終了した。
「今年はきちんと入学の手続きをしなさいよ」
最後に念押しすると、メルはコクリと頷いた。
「帰ったらすぐやるから安心して」
婚約者を乗せた馬車を見送ることは、ちょっと切なかった。
学園に復帰すると、さっそく友人たちに囲まれた。
「メルヴィス殿下は想像以上に素敵な方ですね」
「物語に出てくる白馬の王子様そのものでしたわ」
とりあえず王子の印象戦略は上手くいったようだ。
「彼の愛馬は青鹿毛だけど、それもなかなか似合うのよ」
私がそう言うと、友人方は目配せし合って溜息を吐いた。
「ロッティ様の口から惚気を聞けるなんて」
いえ、ただの事実ですけど。
「学園にいらした時、とっても仲の良い様子でしたものね」
「わざわざ制服までお召しになって」
ええ、必要ないのにわざわざね。
「殿下がロッティ様にさりげなく手を差し出されて、時おり優しい眼差しを向けられて」
全然さりげなくなんかないし、私にはヘラヘラして見えたけど、まあ、いいか。
無事タズルナに帰国したメルから、センティア校への入学手続きを済ませたという手紙が届いた。とりあえず一安心。
だけどしばらくすると、あのメルがきちんと学校生活を送れるのだろうかと気になった。
センティア校はタズルナの王宮からは目と鼻の先にあるが、全寮制だ。
ノアによると、王宮の門からセンティアの校門までより、センティアの校門から寮の入口までのほうが遠いらしいのだが、それでもメルは寮に入ることになる。
メルは早起きだし、制服くらいは自分で着られそうだ。でも、部屋の片付けはきっと苦手。
ああ、ルームメイトとは仲良くできるのだろうか。
長期休暇が終わるとセンティア校から最初の手紙が届いた。私の心配をよそに、概ね問題なく学校生活を始めたらしい。
我が家でもアリスが学園に入学した。
アリスはどう考えても「学園の女王」のような振る舞いはできないが、あと1年は私もいるし、以前からの友達がクラスメートになったので、こちらも大丈夫そうだった。
しかし、私にはまったく別の心配事ができた。
休暇明け間もなく、友人のひとりで学園を卒業したばかりのセアラ様のお母様が亡くなった。
私は他の友人方とご葬儀に参列したのだが、それを最後にセアラ様の姿が見えなくなってしまったのだ。
もちろん、喪中なのだから社交を遠慮するのはわかる。
だけど、セアラ様のお父様スウィニー伯爵は早くも再婚なさった。
さらにセアラ様の婚約者になるはずだった方は、後妻の連れ子を伴って社交場に出るようになった。よくよく聞けば、連れ子は伯爵の実娘でセアラ様の異母姉らしい。
訳がわからない。
セアラ様に手紙を書いてみたが、返事はスウィニー伯爵から来た。セアラ様は心を病んで領地にいるという。
納得できない。
お母様やノアにもこの話をしたものの、何となく怪しいからと他家に乗り込んだり、どこかへ訴え出たりできるはずもなく、ただただセアラ様の無事を祈るばかりだった。
このあたりのことはメルへの手紙にも綴った。
私にしては珍しく暗い内容の手紙になったのでメルを心配させてしまい、「僕がその家に乗り込もうか」と書いてきたのを読んで我に返った。
慌てて「国際問題になりかねないからやめて」と返事を出した。
その後、メルにはなるべく明るい内容の手紙を送るよう心がけたが、セアラ様に会えないままエルウェズを離れることはできないとも思っていた。
そうこうしているうちに、私は学園を卒業した。
こんな状況でも卒業試験の成績は首席で、自分がとても冷酷な人間に感じられた。




