17 皆の前では理想を演じてください
翌春、お姉様夫婦に男の子が誕生した。
女の子がいいと言っていたお父様も、ジョシュアと名付けられたふたりめの孫に相好を崩しっぱなしだった。
程なくして、タズルナから我が国へ使節団が送られてきた。メルと私の婚約を正式に結ぶためのものだ。
タズルナ国王陛下の名代となる使節団の代表はカイル殿下だった。
使節団が王宮に到着する日は私も学園を早退し、両親とともにお迎えの列に加わった。
タズルナ使節団の馬車列が王宮の前に停まり、その中のもっとも豪奢な1台からカイル殿下が姿を見せられた。
カイル殿下の後からは使節団に名を連ねていないはずの第三王子も現れたが、もはや予想の範疇だ。
メルは私に気づくとニヤッと笑ったものの、こちらに駆けてくることはなく、畏った顔で陛下に挨拶をし、それからまた私を見てヘラっと笑った。
王族方、高官方と一通り挨拶を交わすと、カイル殿下とメルはお父様とお母様、そして私の前に立った。
「セディ、気持ちはわかるが久しぶりに会ったのだからそんな顔をしないでくれ」
「カイルに会えたのは嬉しいけど、こんな形では会いたくなかったよ」
メルの登場ですっかり顰めっ面になっていたお父様にカイル殿下は苦笑し、でも恐縮するお母様に対しては首を振って気にするなと伝えてくださった。
そんな中、メルは顔を紅潮させてお父様の右手を両手でがっしり掴んだ。
「義父上、ロッティとの婚約を認めてくださってありがとうございます」
お父様の表情がますます剣呑なものになった。
「別に。婚約なんていつでも解消できるんだから、まだ『義父上』なんて呼ぶのは早いよ」
メルは一瞬キョトンとし、またすぐに笑顔になった。
「大丈夫です。ロッティのことは何があっても僕が守ります。絶対に離れません」
お父様の纏う空気が幾分冷んやりする一方、周囲のこちらを見る視線は生温かくなった気がした。
次の日には、王宮で使節団を歓迎するためのパーティーが開かれた。
パーティーのためにお父様が選んでくれた私のドレスはゴールド。
お父様は、ご自分があまり歓迎したくないからといって、そこで妻や娘が身に纏うドレス選びの手を抜くようなことはしなかった。
メルへの手紙に、今までの夜会やパーティーで着たドレスについては挿絵つきで書いてきたけれど、実際に正装姿を見せるのは初めてだ。
メルがどんな反応をするのかと考えると、ちょっとソワソワした。
社交界デビューしてからはいつもノアにエスコートしてもらっていたけれど、今回はメルと一緒に参加することになった。
メルは使節団の方々とともに王宮の中にある迎賓館に滞在しているので、会場の大広間近くに用意された控室で落ち合う約束をした。
控室についたのは私たちが先だったが、ソファに腰を下ろす前にメルもやって来た。
メルは部屋に1歩入って私と目が合ったところで動きを止めてしまった。見る見るうちにその頬が赤く染まっていく。
仕方ないので、私からメルのもとに歩み寄った。
「メル?」
「ロッティ、すごく綺麗」
「ありがとう。このドレスもお父様が選んでくださったのよ。素敵でしょう?」
メルはコクリと頷いた。
「義父上、凄い。最高」
「そのくらい、当然だよ」
私の背後にいたお父様はそう答えつつも、少し嬉しそうだった。
「今までもこんな感じでパーティーとか行ってたの? 僕も見たかった。いや、他の人には見せたくなかった。綺麗すぎる」
褒めてくれるだろうとは思っていたけれど、あまり言われると照れる。
「メルこそ、格好良いわよ」
メルに私の正装姿を見せるのが初めてなら、私がメルの正装姿を見るのも初めてだった。
とても良く似合っている。さすが、美形王子。
だけど、このまま会場に向かえばエルウェズの方々にも残念な印象を与えかねない。
「メル、パーティーではたくさんの方があなたに注目するわ。陛下にご挨拶した時みたいに表情を引き締めて、礼儀正しくするのよ」
「うん。婚約者として、ロッティに恥はかかせない」
後ろから「まだ婚約者じゃない」と言う声が聞こえた。
パーティーが始まる直前、タズルナの使節団の方々に続いてメルと私も大広間に入場した。
タズルナの第三王子の来訪は予定外だったので、メルの名前が告げられると会場が騒めいた。特に若い令嬢方はメルを見て色めき立っている。
チラリとメルの横顔を見上げればーーそう、メルと初めてエスコートの練習をした頃は同じくらいの身長だったのが、今ではすっかりメルのほうが高くなってしまったのだーー真面目ぶった表情で会場を見渡していた。
このまま黙っていれば、令嬢方の理想の王子様かもしれない。
パーティーが始まると陛下がタズルナ語で歓迎のお言葉を述べられ、カイル殿下がエルウェズ語でそれに答えられた。
乾杯の後、立食形式で自由に飲食を楽しみながらの歓談になり、エルウェズ側の参加者方がタズルナの使節団の方々との交流を図ろうと動き出した。
私は使節団の方々には前日に両親とともにご挨拶をしたので、叔父様叔母様方や、お姉様が産後間もないためひとりで参加のお義兄様にメルを紹介した。
さらに友人知人にも、と思っていたのだけれど、隣国の王子との知己を求める方はたくさんいたようで、若い方を中心にメルのもとを次々と訪れた。
メルはやや拙いながらエルウェズ語で彼らと話し、時おり私が通訳に入った。概ね卒なく対応できていたと思う。
ただ、気になることもあった。
近くに人のいなくなった時を見計らって、それを確かめることにした。
「ねえ、メル」
「何?」
メルは明後日の方を向いて答えた。
「どうしてさっきから私を見ないの?」
束の間メルが固まり、それからようやく横目で私を見た。その頬が朱に染まっていく。
「だって……」
「ああ、やっぱり答えなくて良いわ」
自惚れでなければ、私を見たら表情が緩んで理想の王子様の顔を保てないから、だろう。
今夜の私の姿をメルにそれだけ気に入ってもらえたなら本望だ。
私たちがまったく目を合わせないことで、会場の方々に初々しいと見てもらえるか、あまり仲が良くないと思われるかはわからないけれど。
私は小さく嘆息した。とにかく、メルの顔を戻さないと。
「何か冷たいものでも飲みましょうか」
「疲れた? 飲み物は僕が取って来るから、ロッティはあそこに座ってていいよ」
メルは早口でそう言うと、止める間もなく離れて行ってしまった。
私はメルが示した椅子に座って待つことにした。が、メルはなかなか戻ってこない。
途中で誰かに捕まってしまったのかと考え、探しに行こうと立ち上がった。
案の定、メルは数人の令嬢方に捕まっていた。
その中心にいるのは私と同じく王家と血縁のある侯爵令嬢で、つまりは今回の婚約が政略的なものであればメルのお相手候補になり得た方。
だけど、彼女ならこれは政略的な関係でないと知っていそうな気もする。
近づいて行くと、私が声をかけるより先にメルが私に気づいてデレッと笑った。
「ロッティ」
「メル、ここにいたのね。戻ってこないから心配したわ」
「ごめん。ロッティの友達だって言うから、色々訊いていたんだ」
「そう」
メルに淑女らしい微笑みを向けていた令嬢方の表情がわずかに強張った。
侯爵令嬢は私と同じ歳で学園でも同じ学年に在籍しているけれど、どちらかといえば私とは距離を置いていて、顔を合わせても挨拶を交わすくらいだ。
とりあえず、この場でも彼女たちと和かに挨拶した。
「それで、私のお友達からどんなお話が聞けたの?」
私の問いに、メルは何の躊躇いもなく答えた。
「ロッティは学園で女王みたいに振る舞うから男子生徒に敬遠されてるって」
「メルはそれを信じたの?」
「信じるわけないだろ」
メルは顔を顰めてきっぱりと言った。
「男に敬遠されてるなんて僕に気を使って言ってくれたんだろうけど、このパーティーで何人もロッティに見惚れてたんだぞ」
令嬢方が「ん?」という顔になった。私も似たようなものかもしれない。
「そこじゃなくて、『学園の女王』のほうよ」
「ああ。ロッティは他の生徒の手本になるくらい優秀で、上手に皆を纏めているんだろ。さすがだな」
メルは輝かんばかりの笑顔になった。
なるほど、王子として生まれ育ったメルに「女王のよう」は悪口に聞こえないらしい。
すっかり鼻白んだ様子の令嬢方に、メルは「これからもロッティをよろしく頼む」と言った。
でも令嬢方と分かれてから、メルは私にポツリと尋ねた。
「あの人たち、本当に友達?」
「え?」
「笑い方が嫌な感じだった。昔、僕がよく向けられてたみたいな」
昔というのは、いつか王妃様に聞いたメルが言いたいことを言えなかった頃のことだろう。
何だ、メルは「学園の女王」が悪意ある言葉だとちゃんと理解していたのか。
「友達とは思えないわね。でも、真ん中にいた彼女、遠縁にあたるの。だから、メルが上手く対応してくれて助かったわ」
「それなら良かった」
メルはホッとした顔で笑った。
「それにしても、ロッティは凄いな。首席をとるだけじゃないんだから。僕もセンティアに入ったら頑張らないと」
あら。やっぱり理解してない?




