16 婚約が公表されました
この年の我が家の長期休暇は、他家より2日遅れてやって来た。
お父様は1日休んだだけで宮廷に復帰したものの、その後もお仕事に集中できなかったようで、休暇前にすべてを終えることができなかったのだ。
学園は先にお休みに入ったので、陛下の許可をいただいて私もお手伝いに行った。
もちろん外交文書の翻訳を任されたわけではなく、お父様が訳したものを清書したり、書類を秘書官室から王宮内の別の場所に届けたりといったことだ。
ノアも外交官としてのお仕事が片付くと、付き合ってくれた。
机に向かったり、書類を抱えて廊下を歩いたりしていると宮廷人になったような気分になり、やっぱり王子妃よりも秘書官を選ぶべきだったかしらなんて考えた。
お父様は私たちがお手伝いすることを喜んでくれたけれど、時おり、寂しそうな目で私を見つめていた。
無事に長期休暇を迎えて領地へと移動してからも、お父様は私を傍に置きたがった。
そのため、私もお父様やお母様、ノアと一緒に領地の視察に行くことになった。
それまでも毎年1か所か2か所くらいは私たちも視察に連れて行ってもらったけれど、あちこち回るのは初めてで、せっかくの機会だからと私はコーウェン領について興味深く学んでいった。
視察について行って改めて感じたのは、お父様とお母様が領民からとても慕われているということだ。
しっかりと手を繋いで現れる仲睦まじい領主夫妻は、どこに行っても歓迎を受けた。
ちなみに、両親の仲が良いのは本当だけど、人前で手を繋ぐ理由はお父様の緊張を解すためだったりする。
お父様とお母様がそんな風だから次期領主のノアも「早く良い相手と結婚を」なんて期待されていたけれど、残念ながらノアの周囲にはまだ女性の影さえ見えない。
ノアも領地では都にいる時よりは柔らかい表情をしているが、結婚の話題を出されるとそれがわずかに引き攣った。
それならばと私のほうに振られると、今度はお父様の機嫌が降下してしまうので、お母様がさりげなく視察先に関連した質問などをして皆の意識を逸らしてくれた。
視察のない日には、家族揃ってピクニックに出かけた。
領主館を見下ろせる山の中腹にある草原が、毎年の定番の場所だ。
昼食のサンドウィッチを食べてから追いかけっこをはじめたメイとアリス、お父様を見つめていると、隣にいたノアがふいに呟いた。
「不思議だな」
「何が?」
「姉上がまだ一緒にここに来ていた時のことを思い出したんだけど、義兄上と婚約したのが学園を卒業する直前だったんだから、もう今の私のほうが歳上なんだよな。すごく大人に見えていたのに」
「ああ、そうね。私と同じくらい、か」
ノアの向こうでお母様がクスリと笑った。
「メリーは全然大人なんかじゃなかったわよ。ルパートとのことだって、あれこれ必要以上に悩んで。今のロッティのほうが余程しっかりしていると思うわ」
「そうなんですか?」
お父様に似てとても麗しいお姉様も恋に悩んだりしたのか。夜会で出会ったお義兄様とトントン拍子で結婚まで至ったような気がしていたけれど。
お父様だって、あの時はすんなり婚約を認めていたような。
もっとも、あの頃の私は子どもすぎて、見えていなかったものもたくさんあったに違いない。
「まあ、長子としての責任感は強かったわね。でも、背伸びして大人っぽく振る舞っていたのはノアも同じではなかったかしら」
お母様の言葉に、ノアは眉を顰めた。
「私は別に」
「ノアは今もですね」
「はあ?」
「一生懸命、次期公爵っぽい顔を作ってる」
「そんなことはない」
ムスッとしたノアを挟んで、私はお母様と笑い合った。
領地から都に戻った私たちを、嬉しい報せが待っていた。お姉様がふたりめの子を身籠もったのだ。
お父様も久しぶりに満面の笑みを浮かべて、「今度は女の子が良いな」と繰り返した。
休暇が終わり、社交界は新しいシーズンを迎えた。
私はシーズンの始めに王宮で開かれた夜会で、社交界デビューを果たした。同級生の多くもこの日がデビュタントだ。
お父様が私のために誂えてくれたのは深い赤のドレスだった。
今までお母様やお姉様のために選んだドレスの中にはなかった色なので正直驚いたけれど、実際に着て化粧をし、髪を上げてみるととてもしっくりした。自分で言うのも何だけど、すごく大人びて綺麗だと思う。
家族の評価も上々で、お父様はとても満足そうだった。
アリスは私の耳元で、「メルに見せられなくて残念ね」と囁いた。うん、ちょっと見てもらいたかったかも。
私はノアにエスコートされて会場の大広間に入った。
そこでお会いした方々にも私のドレスは好評だった。
ファーストダンスもノア、次がお父様で、数人の方から来たお誘いはすべて断った。
会場で顔を合わせた友人たちからは「婚約者がどなたかはまだ秘密ですの?」と訊かれたけれど、その場では曖昧に微笑んでおいた。
なぜなら、この夜会で陛下が発表してくださることになっていたからだ。
「今宵は多くの若い紳士淑女を新たに社交界に迎えめでたい限りだが、実は皆にもう一つ喜ばしい報せがある」
壇上の陛下が朗々と切り出すと、会場中の方々がそちらに注目した。
「この度、我が従弟セドリック・コーウェン公爵の次女シャーロットとタズルナのメルヴィス第三王子の婚約が決定した」
静まっていた会場が再び喧騒に包まれた。拍手、驚きと祝福の言葉。
近くにいた方々からは直接「おめでとう」と声をかけられ、私はお母様とともに淑女の微笑みでそれらに応えた。
一方、お父様は口を閉ざしてニコリともせず、視線を下げていた。それでも会場に留まっていてくれたのだから、私には十分だった。
私の婚約がもっとも華やかな場である王宮の夜会での発表になったのも、相手が隣国の王子だったからではなく、お父様の「僕の口から発表したくないから、代わりにお願いします」という畏れ多い依頼を陛下が笑って引き受けてくださったからなのだ。
もともと人の大勢集まるところが大の苦手なお父様は、夜会やパーティーではいつも固い表情で立っているだけで精一杯で、社交はお母様任せだ。
だから普段のお父様を知らない方には、無口で気難しい人だと思われているらしい。
逆にお父様をよく知る方なら、この場にそぐわない態度の理由も察してくださるだろう。
間もなく夜会の閉会が告げられ、私たちは大広間を後にした。馬車に乗り込むまでも会う方会う方に声をかけられ、扉が閉められて馬車が動き出した時にはホッとした。
発表が夜会の終盤だったのは、その後すぐに帰宅できるからという陛下のご配慮だったのかもしれない。
翌朝、教室に入ると、瞬く間にクラスメートたちに囲まれた。
「ロッティ様、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「まさかロッティ様のお相手がタズルナの王子殿下だったなんて」
「驚いたかしら?」
「それは、もう」
「どうしてロッティ様が選ばれたのですか?」
それは、誰もが抱いたであろう当然の疑問だった。
そもそも隣国の王子との婚約と聞けば、例えお父様とカイル殿下の繋がりを知っていたとしても、政略結婚だと思う方がほとんどだろう。
現在の王族にはメルに近い年頃の姫君はいないけれど、私のように王家の血を引く貴族令嬢にまで範囲を広げれば候補になる方は何人かいる。その中でも最有力候補として皆様の頭の中に浮かぶのは、他の誰でもなくアリスに違いない。
「そんなの、ロッティ様が王子妃に相応しいからに決まっているじゃない」
「ロッティ様ならきっと素晴らしい妃殿下になります」
周囲の皆様が賛同を示して頷くのをありがたく思うとともに、改めて責任の重さを感じた。
メルと私の個人的な想いはともかくとして、私はエルウェズを代表してタズルナの王家に嫁ぐのだ。母国の恥にならぬよう、しっかりやらないと。




