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15 私は可愛くない娘です

 王宮から帰宅すると、私は思いきってひとりで両親の寝室に入ることにした。


 ノックをしてから扉を開き、静かに中へと踏み込む。

 反応がなかったのでお父様は眠っているのかと思ったけれど、ベッドへ近づくと「クレア?」と声がした。

 今度は私のほうが返事をしなかったので訝しく思ったのか、振り向いたお父様が私に気づいて目を見開いた。


「スープをお持ちしました。お母様がお忙しいので、代わりに」


 これはあながち嘘でもない。

 お父様のお世話に加えて急遽、陛下にお会いしたため、お母様のお仕事は滞ってしまったのだ。


 お父様は迷うような表情を見せてから、「いらない」と私にまた背を向けた。


「そうですよね。私みたいな可愛くない娘が運んできたものなんて、口にしたくありませんよね。アリスを呼んできます」


「た、食べるよ」


 お父様は慌てた様子で跳ね起き、すぐに頭を抱えて呻いた。


「無理しないでください」


 私は急いでお父様が寄りかかれるよう背中に枕やクッションをあててから、ベッド脇に置かれた椅子に腰を下ろした。


 サイドテーブルに置いたトレーから皿を取り、スプーンで掬ったスープに息を吹きかけて冷ましお父様の口元に運んだ。家族の誰かが具合の悪い時にはいつもお母様がしてくれるように。

 お父様も拒まず口を開けてくれた。


 スープがすべてお父様のお腹の中に収るまで、お互いに何も言わなかった。

 お父様は再びベッドに横たわると、私の顔は見ずに言った。


「ありがとう」


「あの、お父様、メルとの婚約のことなのですが……」


「感染るといけないから、もう行って」


「やはり、やめようかと思います」


「え?」


 お父様が驚いて私を見上げた。その目に少しだけ期待が覗いている。


「よくよく考えてみたら、私が隣国の王子を支えたいなんて傲慢な考えですよね。私よりメルに相応しい相手は他にいるでしょうし」


 お父様の表情が戸惑いに変わり、ようやく聞き取れるほどの声で呟いた。


「ロッティより良い相手なんていない、と、思うけど」


「それに、私もできることならずっとお父様とお母様の傍にいたいです。……あ、そう言えば、エルウェズにいるなら宮廷で官吏として働かせてくださると陛下が仰っていたんです。どうせなら、お父様と同じ秘書官が良いかな」


「え、秘書官?」


 お父様は喜んでいいのかわからない、という顔だ。


「はい。そういうお仕事をするのも私には向いているような気がするんですけど、お父様は無理だと思いますか?」


「……ロッティなら、僕より良い秘書官になると思う、けど」


 私はにっこり笑って立ち上がった。


「ありがとうございます。もう行きますね。早く良くなってください」


 扉のノブに手をかけたところで、「ロッティ」とお父様が呼びとめた。

 私は「はい」と振り向く。


「何でもない。お休み」


「お休みなさいませ」


 私が寝室を出て扉を閉めるまで、お父様の視線はこちらに向けられていた。




 翌朝、お父様は久しぶりに食堂に現れた。

 まだ顔色はあまり良くないけれど、宮廷服を着ているのでお仕事に行くようだ。


 食事中はいつも以上に言葉を発さなかったお父様は、食事が済んでから言った。


「ロッティ、少し話したいことがあるから学園まで送らせて。早めに出ることになるけど、良い?」


「はい、もちろん」


 ノアが宮廷に入ってから、お父様とノアは毎朝ふたりで王宮に向かい、同じ時間に家を出る私は別の馬車を使っていた。

 だがこの朝は、お父様と私とで一つの馬車に乗り、ノアより先に屋敷を出た。


 馬車が走り出してからも向かいに座ったお父様は逡巡する様子だったけれど、やがて私を真っ直ぐ見つめた。


「どうしてメルなの?」


 私もお父様をジッと見つめ返した。


「ロッティは優しくて、すごく良い娘で、メルがロッティと結婚したいのは当たり前だと思う。メルもまあ良い子だけど、前はロッティ、あんまりメルのこと好きじゃなさそうに見えたのに」


 お父様にも気づかれていたのかと、私は苦笑した。


「確かに最初は面倒な人だと思っていました。今も、ちょっと思っています。だからこそ、私が傍にいてあげないといけない気がしてしまって」


「僕だって、ロッティが傍にいないと駄目だよ」


 眉を下げてみせたお父様に、私は首を振った。


「いいえ、お父様は大丈夫です。お母様やノアがいるもの」


 私がいなくなって少しの間は嘆き悲しんでいても、やがてはそれに慣れてもとの生活に戻っていくだろう。お姉様が結婚した時と同じだ。


 お父様の瞳が潤みはじめた。


「メルは、ロッティを幸せにしてくれる?」


 少し迷ってから、正直に答えた。


「断言はできませんが、その努力はしてくれるはずです。私も、メルと一緒に幸せになるために努力するつもりです」


 お父様は何かを言おうとしてはやめるということを何度か繰り返した。そのたびに、目から涙が溢れ落ちる。

 それから、ようやく声が絞り出された。


「いいよ、メルと婚約して。もしも秘書官になりたいなら、それでも構わない。ロッティなら、きっと何でもできるから。僕はロッティが選ぶ道を応援する」


 いつのまにか私の頬も濡れていて、答える声が掠れた。


「それなら、私はメルを選びます」


 お父様がコクリと頷いた。


「でも、まだしばらくは僕の……、僕たちの娘でいてね」


「私は永遠にお父様とお母様の娘ですわ」


「うん」


 私はお父様の隣に移り、ギュッと抱きついた。


「ありがとうございます、お父様」


 答える代わりに、お父様も私をしっかりと抱きしめてくれた。




 こうして私の婚約が決まり、それからすぐに学園では卒業式と卒業パーティーが行われた。


 予定どおり、パートナーなしで卒業パーティーに参加した私に、友人のひとりが言った。


「ロッティ様、まだ公にしていない婚約者がいらっしゃるそうですね。何人もの男子生徒ががっかりなさっていますわ」


「はあ」


 誘ってきた相手に訊かれて曖昧にしておいただけだったのが肯定と受け取られ、私の知らないうちに広まっていたらしい。しかも今では事実になってしまった。

 だけど、もちろん私の婚約はまだ秘密だ。


 そういえば、メルは私と一緒に卒業パーティーに参加したがっていたけれど、本当に彼がここにいたらどうなっていたのだろうか。


「大袈裟ですね。例え私が本当に婚約を発表したところで、がっかりなさる方なんていませんわ」


 私は学年末試験で首席をとり、本気ではないことを言ってお父様の気持ちを揺さぶり婚約を認めさせてしまったような、見た目も中身も可愛げのない娘だ。

 コーウェン公爵家との縁を結べなくて残念に思う方はいるかもしれないけれど、その方たちも本命はアリスだろう。


「ロッティ様は自分の魅力をまったくわかっていないのね」


「私に魅力を感じてくださるのは、余程物好きな方だけですわ」


 友人たちが視線を交わし合って首を振ったり傾げたりしているのを、私は不思議な気持ちで眺めた。




 私は余程の物好きであろう隣国の王子に、お父様が婚約を認めてくれたことを報せた。


 それと行き違うようにタズルナからも手紙が届いた。

 いつもより乱れた文字で、「申込み期限に間に合わなかったので今年はセンティア校に入学できない」と書かれていた。


 王子相手でも融通が効かないのはさすがセンティア校だ。

 だけど、陛下や王妃様が何もされなかったのは、無鉄砲な末っ子の我儘を戒めるためだろうか。


 結婚が1年延びたことをメルは嘆いていたけれど、私にとっては貴重な猶予時間だ。

 お父様やお母様に甘え、兄弟や親戚、友人たちと過ごし、隣国の王子妃として生きる覚悟を固めるために、ありがたく有効活用したい。

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