14 父にも認めてもらいたいです
メルがいなくなっても、お父様は姿を見せてくれなかった。
お母様によると、起床して寝室からお部屋に移っていたのが、再び寝室に籠もってしまったらしい。メルの挨拶のせいだろう。
お父様とお母様の寝室はふたりのお部屋の間にあって、廊下から直接は入れない。
私は何度かお母様の部屋に入れてもらって扉越しに声をかけたものの、やはりお父様からの返事はない。
こうなればお母様を頼るしかなかった。
お母様が話しかければ反応するし、お母様が運んだ食事は口にしたそうだ。
お母様は暇ではないどころかとても忙しい人なので本当に心苦しいけれど、「気にしなくていい」と笑ってくれた。
「こんな日がいつか来るだろうとは覚悟していたから」
「お母様にも反対されなくて良かったです」
「本音を言えば、私だってあなたを遠くになんてやりたくないわよ。でもロッティが決めたことだし、メル殿下がロッティにとってこの上ないお相手であることは間違いないわ」
「王子だから?」
「いいえ。ロッティを大切にしてくれると信じられるからよ」
「そうですか? 何だか振り回されてばかりいる気がしますけど」
「でも、メル殿下の言動の根本にあるのはロッティと一緒にいたいという健気な気持ちでしょう。だから、ロッティはメル殿下の手を振り払えなかった。違う?」
「……確かにそうかもしれません」
早く突き放さなければ、やがて私はメルに絆されて彼との婚約を受け入れてしまう。そうなったら、家族と分かれてひとり隣国へ嫁がなければならない。
それがわかっていながら、とうとうできなかった。
「結婚する相手は、お父様のように穏やかな人が良かったのに」
私が呟くと、お母様が笑い出した。
「この状況でもそんなことを言えるの?」
私も思わず笑ってしまった。
お父様は普段は穏やかでひたすら優しいけれど、時々、つまり今みたいな時、とても面倒な人になる。だけどそれは家族を愛するゆえだから、私たちはお父様を憎むことなんてできない。
翌朝になっても、お父様はお部屋から出て来なかった。
宮廷でのお仕事も病欠するという。
長期休暇直前でやるべきことが山積みのはずのこの時期に、真面目なお父様が仮病を使うなんてと申し訳なく思っていると、お母様が首を振った。
「本当に熱があるのよ。多分、考えすぎるくらいに考えているからではないかしら」
つまり知恵熱のようだけれど、どちらにしても私が理由であることに変わりはない。
朝食後、お母様について両親の寝室に入った。
お母様の背中越しに、お父様がベッドの中であちらを向いて横になっているのが覗けた。
「セディ、食事を持って来たわ。食べられそう?」
「今はいらない」
お父様は返事をしたものの、声は怠そうだった。
お母様はお父様の額から布を取ると桶の水に浸して絞り、再び額にあてた。
「ロッティはもう出かけた?」
お父様の口から私の名前が出たのでドキッとした。私がお母様の後ろにいることにまったく気づかれていないようだ。
「まだよ。気になるなら少し会って話したら?」
「だって、そしたら婚約の話になるでしょ。僕、『いいよ』って言ってあげられない」
「それなら、また『駄目』って言えば良いじゃない」
「でも、そしたらロッティは哀しむよね。それとも怒るかな」
「同じ屋根の下にいるのにあなたと会って話せないことのほうがロッティは辛いわよ」
「ロッティは優しいもんね。昔は『お父様と結婚する』って言ってくれて、可愛かったな」
私はお父様にもそんなことを言っていたのか。全然覚えてない。
「『お父様みたいな人と』じゃなかったかしら?」
「そうだっけ? とにかく、いつかどこかの誰かに奪われることはわかってたけど、せめていつでも会える場所にいてほしかったのに、何でメルと……」
お父様の声が震えた。
私は居た堪れなくなって、そっと寝室を後にした。
お母様のお部屋で佇んでいると、しばらくしてお母様も出てきた。
「話をしなくて良かったの?」
「何を言ったらいいのか、わからなくて。今の私はお父様にとって可愛くない娘だから」
「今でも可愛いに決まっているでしょう。だからずっと傍にいてほしいのよ」
「……私も今日はお休みして良いですか?」
「駄目よ。お父様がますます気に病むわ」
お母様に促されて学園に向かったけれど、もちろん授業には身が入らなかった。
放課後、急いで帰ろうと迎えの馬車に乗り込みかけた私は目を瞠った。そこにお母様がいたから。
「お父様に何かあったんですか?」
「お父様はとりあえず大丈夫よ。陛下がロッティをお呼びなの」
「あ」
お父様に気を取られてすっかり失念していたけれど、隣国の王子と婚約するためには陛下のお許しをいただくことが不可欠だ。
もっとも本来なら陛下に許可をいただくのは当主であるお父様の役目なのだけど、今回はノアからお聞きになったのだろう。
私はそのままお母様と一緒に王宮に伺った。
迎えてくださった陛下は思いのほか和かだった。
「急に呼び立ててすまない。ノアからロッティの婚約の件を聞いてな」
「陛下のお許しも得ず勝手なことをして申し訳ありません」
私は深く頭を下げた。
「謝る必要はない。実は、すでに3年ほど前、タズルナ国王から将来ロッティをメルヴィス王子の妃に迎えたいという打診は受けていた」
驚くよりも、やはりと思った。
メルのご両親の私への信頼は、隣国の小娘に対するものとしては過剰なほどだ。
それに、そもそもメルが私との婚約を望んでいると教えてくださったのはタズルナの王妃様だった。もしも反対なら、わざわざ私に伝えたりなさらなかったはず。
「だが、ロッティの意志を尊重すると言っておられたので、今まで黙っていた。ああ、その時の親書は我が国に滞在するタズルナ大使から直接手渡されたゆえ、セディの目には触れていない」
おそらくタズルナの国王陛下もカイル殿下から我が家の事情を色々聞いていらっしゃって、気を使ってくださったのだろう。
「それで、ロッティ、決意は固いのだな?」
「はい。メルヴィス殿下がセンティア校を卒業なさったらタズルナに参ります」
「了解した。その旨、タズルナに伝えよう。が、セディの説得は頼むぞ。ロッティの結婚を王命にはしたくないからな」
「私も、父に認めてもらったうえで婚約したいと思っています」
「セディはどんな様子だ?」
陛下の問いかけに、お母様がお答えした。
「ロッティ自身が決断したのだから認めてあげたいけれど、まだ納得できないのだと思います」
「そうか。まあ、セディもメルヴィス王子に対して特に悪感情を持っている風ではなかったしな。大切な娘を全面的に任せる相手としてメルヴィス王子は少々頼りないかもしれないが、これから成長する見込みはありそうだ」
先日、初めてメルと対面した陛下の印象は悪くなかったようだ。
「それはともかく、ロッティもノアに負けず劣らず優秀だと聞く。タズルナに嫁がせることは我が国にとっては損失だな。もしも心変わりすることがあれば、宮廷に席を用意してやるぞ」
つまり、メイドではなく官吏として陛下にお仕えするという意味だ。
女性官吏なんて聞いたことがないけれど、陛下の笑顔は冗談を仰っているようには見えなくて少し困惑した。横を見れば、お母様の顔にも驚きが浮かんでいた。
「思わぬお言葉、大変光栄にございます。心に留め置きます」
陛下は表情を変えずに頷かれた。




