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12 己の言動には責任を持ちましょう

 試験のたびに激しい首席争いをしているうちに、私は一部の男子生徒から可愛げがないと敬遠されるようになっていた。

 それなのに学年末が近づくと、数人の男子生徒から声をかけられた。卒業パーティーに一緒に行かないか、と。


 卒業式の後に開かれるお祝いのパーティーは、卒業生も在校生も出席自由。また、生徒の婚約者なら学生でなくてもパートナーとして参加できる。

 ちなみに、レイラ叔母様などは在学中に結婚したが、もちろん夫でも可だ。

 そして、パートナーが参加できなかったり私のように婚約者も夫もいなければ、ひとりで出席して友人と過ごすことになるが、これも珍しいことではない。


 それなのにわざわざ誘ってくるのは、婚約者候補として売り込んできていることになる。だから、ひとりで判断して軽々に返事をすることはできない。

 が、私の場合はお母様から「ロッティが申し込みをお受けしたい方がいたら教えてちょうだい」と言われていた。つまり、断るのは私の判断で構わないという意味だ。


 とはいえ、後腐れないようお断りするのは気を使う。

 そもそも、「あなた、少し前までアリス狙いでしたよね?」という方ばかりなのだ。同じコーウェン家の娘でも競争率の低いほうへ乗り換えるのだろうか。はっきり言って、不誠実だ。


 とにもかくにも、私はすべてのお誘いをお断りした。

 理由を問われれば、「お父様にひとりで出るよう言われているので」と答えた。

 実際にはお父様からは何も言われていないけれど、それは私がひとりで参加すると信じているからだと思う。


 ある方には、もう決まった相手がいるのか訊かれたが、曖昧に微笑んで誤魔化した。


 もちろん、このあたりのことをメルへの手紙に書けるはずもなく、何も触れずにおいた。

 タズルナの学校で卒業パーティーが開催されるならエルウェズの学園でも開催されるのでは、とメルが気づかないよう願うばかりだった。




 ところが、卒業パーティーが間近にせまったある夜、宮廷から帰宅したお父様が言った。


「メルが3日後にうちに来るって」


 私だけでなく、家族皆がそれぞれに耳を疑ったはず。


「それは確かなの?」


 お母様が尋ねると、お父様は頷いた。


「タズルナの陛下からこっちの陛下に報せが届いたんだ」


 外国から王宮に届く文書の翻訳は陛下の秘書官であるお父様の重要なお仕事の1つだ。

 だから、間違いなかった。


 翌日にはメルからも我が家を訪ねると連絡が来た。

 すでに国境を越えているであろう相手に「出直せ」と言うわけにもいかず、我が家は隣国の王子を迎える準備に追われた。




 到着予定日も私は敢えていつもどおりに学園で授業を受け、だけど放課後になると急いで帰宅した。


 我が家の玄関前で馬車を降りるのとほぼ同時に、屋敷の中からメルが駆け出してきた。


「ロッティ、お帰り」


 メルのエルウェズ語に、私も母語で返した。


「ただいま帰りました。いらっしゃい」


 メルはさらに背が高くなったけれど、まだまだ幼さの残る顔はやはり赤らんでいた。何だか安心してしまう。

 だけど、言うべきことは言わねば。


「メル、今回は約束どおり連絡をくれたけれど、遅すぎるわ。こちらから返事ができないのでは、いきなり来るのと大して変わらないじゃない」


 大事なことなのでタズルナ語を使うと、メルもタズルナ語になった。


「父上がなかなか許可してくれなかったから」


 それはそうだ。王子のこんな我儘を陛下が簡単に許されるはずがない。

 最後には折れてしまわれたようだけれど。




 今年は侍従や護衛騎士たちもついて来ていたし、荷造りにもしっかり関わったようで、必要なものはきちんと揃えてきたという。

 メルはすっかり我が家で寛いでいた。


 一方、夜になって帰宅したお父様は微妙な表情だった。

 メルが何のためにやって来たのかと考えているのだろう。

 それでも、美味しいお菓子を買って来てくれるのがお父様らしい。


 翌日にはメルはお父様とノアとともに宮廷を訪れて、陛下にご挨拶をした。

 突然エルウェズにやって来たのと、まったくの私的な訪問だったので、お茶に招かれただけで特別な歓迎の式典などは行われなかった。

 タズルナの第三王子の滞在自体、宮廷でも一部の方しか知らないそうだ。


 メルは私が同行しないのが不満のようだったけれど、私は学園があったし、隣国の王子に何の関係もない娘がついて行ったりしたらおかしな誤解をされかねない。




 さらに翌日は休日だったので、メルの希望で皆で王宮美術館に行った。

 一応、メルは遠い親戚の体だ。


 メルが特に興味を引かれたらしいのは、私も好きな作品の1つである「受胎告知」だった。


「タズルナのとはずいぶん違うんだな」


「でしょう」


 以前、一緒に訪れたタズルナの美術館にも別の画家の手による「受胎告知」が展示されていた。

 タズルナの絵のほうはいかにも宗教画なお堅い感じ。

 エルウェズのものは柔らかい雰囲気で、聖母様も天使様も美しい。


「僕もこれ好きだ」


 そう言って笑ったメルも、見た目だけなら天使様に負けていないのに。




 美術館から戻り、メルとふたりで庭を散歩しながら尋ねた。


「他にも何か見たいものや行きたいところはあるの?」


 メルが長期休暇直前なんていう時期にエルウェズに来たのは、コーウェン領だけでなく都見物もしたいからだろうと私は思っていた。


「学園を見学したい」


「学園?」


「うん。駄目?」


「お願いすれば大丈夫だと思うけど」


 タズルナの第三王子が訪れるとなったら大仰なことになるのは間違いないから、やはり遠い親戚だということにしたほうが良いだろう。


「あ、それと、卒業パーティーに一緒に行きたい」


「え?」


「ロッティのパートナーとしてなら、僕も行けるんだろ?」


「そうだけど、よく知っているわね」


 パーティーのパートナーの持つ意味も知っているのだろうか。まあ、どちらにせよメルにとっては同じことかもしれない。


「エルウェズの学園のこと、色々調べたから。実は、留学しようと思って」


 束の間、私の思考は停止した。


「冗談よね?」


「もちろん本気だよ。入学の手続きをするために来たんだ。期限が長期休暇前までだから」


「何を考えているの? 急に留学なんて」


 言いながら、メルが到着した日の言葉を思い出す。


「陛下は許可なさったの?」


「うん。ロッティが良いと言えば、だけど」


 陛下から、まさかの丸投げをされたようだ。

 思わず少し離れた場所にいるメルの侍従を窺えば、困惑の表情で小さな頷きを返してきた。


「良いよね?」


 期待の視線を向けられて、つい声が大きくなった。


「良いわけないでしょ。まだエルウェズ語で簡単な会話ができるだけなのに授業についていけないわ」


「これからもっと勉強するよ」


「エルウェズの学園はセンティア校ほど留学生を受け入れた実績がないのよ。それなのに、こんな直前になって隣国の王子を迎えるなんて、どれだけの人に迷惑がかかるかメルは全然わかってない」


 いったい何人の方が長期休暇の予定を変更することになるのか。

 タズルナからエルウェズの学園に留学しても、エルウェズからセンティア校へ留学するほどには箔もつかないだろうに。


「僕は、ただロッティともっと一緒にいたくて」


「そんな理由で留学なんかしないで、あなたもセンティア校で首席をとりなさい」

 

「首席……」


 タズルナの王族の方々は、たいていセンティア校やマリーヌ校で上位の成績を収められていると聞く。


「メルは自信がないからエルウェズの学園に逃げるの? それでは強くて大きな人には程遠いわね」


 煽るように言えば、メルの顔が歪んだ。


「何だよ。ロッティだって僕に会えて嬉しいって言ったから、喜んでくれると思ったのに」


 次には「もうロッティなんか知らない」が出るのだろうか。それを口にして、より傷ついてきたのはメル自身なのに。

 それに、私もその言葉にはうんざりしている。

 いっそのこと、こちらから言ってしまおうか。「もうメルなんか知らない」と。そして「もう会うのはやめよう」と。


 メルが再び口を開きかけた瞬間、私は咄嗟にそれを手のひらで塞いでいた。


「もう、いいわ」


 溜息を吐くと、メルの瞳が怯えるように揺れた。


「婚約しましょう」


 ……あれ。私、今、何を言った?

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