11 学園に入学しました
しばらくたってタズルナから我が家に届いたのは、国王陛下と王妃様連名の丁寧なお礼状とたくさんのお礼の品々だった。
同封されていたメルの手紙にもお礼と、コーウェン領は良いところだったからまた行きたいということが書かれていた。
エルウェズ語を学びたいというメルの希望も陛下方は快諾なさり、先生を探してくださっているそうだ。
長期休暇を終えて都に戻ると、私は学園に通いはじめた。
これまでも同年代の方たちと交流する機会はあったけれど、勉強はずっと家でアリスと一緒に家庭教師から教わっていたので、教室で何十人ものクラスメートとともに授業を受けることは新鮮だった。
エルウェズの学園は共学だが、基本的に男女は適切な距離を保って過ごす。
時おり男子生徒と女子生徒が仲良く話したり、一緒に昼食をとっている姿を見かけたけれど、そういうふたりは婚約者同士だ。
そんなわけで、入学早々私を囲んだのは女子生徒ばかりだった。
こういうところでもコーウェン公爵の娘という肩書は強いようで、たくさんの方から声をかけられたのだ。
きっかけは何であれ、お友達が増えるのは悪いことではない。
学園の授業はクラス毎に受ける必修科目が中心だが、選択科目だと3学年合同のものもあって、友人は別の学年にもできた。
セアラ様も1学年上だけど、美術の時間に知り合い、仲良くなった方だ。声をかけたのは私から。
セアラ様は物静かで、教室であまり目立たない、言ってしまえば私以上に地味な方だった。
だけど、よくよく見れば澄んだ瞳が印象的で、思わず手を伸ばして撫でてみたくなる小動物のような可愛らしさがある。
それなのに、挙措は落ち着いていて美しい。一緒にいて和む。
もしも私が男なら、こういう方を婚約者に選んだと思う。
しかし残念ながら、スウィニー伯爵家のひとり娘であるセアラ様には正式な婚約前ではあるが親に決められたお相手がいた。
入学して最初の試験において、私は首席と僅差の学年2位だった。
家庭教師の先生から事あるごとに褒められてはいたが、きっと貴族の子女なら皆こんなもので、私は実際には大したことないのだろうと思っていた。
優秀すぎる兄を持つゆえの弊害かもしれない。
私の成績が良かったことで、「さすがコーウェン家の令嬢」という言葉以上に「さすがコーウェン次期公爵の妹」と何度も言われた。
宮廷に入って外交官になるとともに社交界にも顔を出しはじめたノアは、令嬢方の注目を浴びていた。
公爵家の嫡男であることに加え、留学したセンティア校を首席で卒業したことももちろん大きい。
さらに、ノアは私と同じくお母様似の顔なのに、あまり地味な感じがない。瞳の色だけはお父様譲りだからか、あるいは男女の差なのだろうか。
留学中に背が伸びて顔立ちが男っぽくなったことで、ノアはすっかり女性に好まれる容姿になってしまった。
でも、ノア自身は令嬢方に騒がれることにたちまち嫌気が差したようで、愛想の欠片も見せないらしい。
やはり外交官だったお祖父様は結婚が遅かったので、ノアもそうなるのだろうか。
もっともお祖父様の場合は、12歳下のお祖母様が子どもの頃からの片思いを叶えたのだけれど。
皆に褒めそやされる中、ノアには「ロッティなら首席をとれるだろ」と言われたことで、私は俄然やる気が出た。
当然のことながら、私がメルに出す手紙の内容は学園生活についてが中心になった。
私はできるだけ読んで明るい気分になるよう考えているのに、メルは「僕がいないのにずいぶん楽しそうだな」と恨みがましいことを書いてきた。
私が仲良くしているのは女子生徒ばかりだと書いているのに、相変わらず浮気の心配をしてくる。
メルの手紙は初めはタズルナ語だったが、そのうちタズルナ語の中にエルウェズ語が混じるようになった。
覚えたばかりの単語を綴ってみたくて仕方ないのだろう。得意げな顔が思い浮かぶ。
私のほうは、結局タズルナ語で書いた。良い勉強になるから。
その代わりではないが、私が小さい頃に読んでいた絵本やお祖母様お勧めの物語本をメルに送った。
メルが馬車から叫んだ言葉のせいで手紙の添削をお父様にお願いしづらくなったので、ノアに頼んだ。
ある朝、教室に入ると何やら女子生徒たちが盛り上がっていた。
私に気づいた彼女たちと「ごきげんよう」と挨拶を交わしてから尋ねた。
「何かありましたの?」
「タズルナの王子殿下のご結婚が決まったそうなのです」
「……まあ」
「お相手はタズルナの侯爵令嬢だとか」
「ロッティ様はお兄様が外交官でいらっしゃいますし、詳しいことをご存知ではありませんか?」
「残念ながら、私は何も聞いていませんわ」
私の周囲では隣国の王子とその婚約者についての噂や想像の話が続いたが、私の耳は素通りしていった。
その後の授業にも、まったく集中できなかった。
つい先日メルから届いた手紙はいつもと何ら変わらなかった。
きちんとメルから報せてくれれば良かったのに。
メルは王子なのだから陛下が決めた方と結婚するのは当然の義務だ。
ノアは知っていたのだろうか?
私に気を使ったなら余計なお世話だ。噂話で聞いてしまう前に教えてほしかった。
夕方、ノアが帰宅すると、私はその部屋に押しかけた。
ノアの不機嫌に見える表情は作っているものであり最近の常なので、気にする必要はない。
「メルの結婚が決まったらしいわね。ノアは知っていたの?」
ノアはまじまじと私の顔を見つめた。
「結婚が決まったのはメルじゃないぞ」
「え?」
私は急いで朝の会話を思い出した。
そういえば、タズルナの王子というだけで、第三王子とは誰も言っていなかった。
王太子殿下はすでに結婚なさっているから……。
「もしかして、結婚なさるのは第二王子殿下?」
私の問いにノアは頷き、それからニヤッと笑った。
「ロッティがそんな勘違いをするとは珍しいな。メルが自分以外の相手と結婚すると思って焦ったか?」
「別に焦ってなんかないわ。どうして噂になる前に誰も教えてくれなかったのかと腹立たしかっただけ」
「私が聞いたのも今朝だ。噂も侮れないな。だが、今後はきちんと確認するように」
「はい」
「だいたい、ロッティ以外との婚約なんてメルが大人しく受け入れるはずないだろ。もし本当にメルのことだったら、今頃メルは家出でもしてここにいたんじゃないか」
私は苦笑した。
「それ、メルなら本当にやりそう」
次にメルから届いた手紙には、きちんと兄君の結婚のことが書かれていた。




