彼女は少しだけ、首を傾げて微笑んだ
こてんと首を傾げて微笑む姿が常の彼女だった。
「蓉子さん、おはよう」
会えば彼女から挨拶をする。
その頃から、いつも少しだけ首を傾げながら微笑むのだ。
「先生ったらね、ひどいのよ!」
いつもは歪ませない顔を見せても、彼女は「でもね……」と言いながら首を傾げる。
「言い過ぎたとわかったのか、飴を二つ、くれたの。一つは蓉子さんにあげるわね」
少し悪戯っぽい表情で、やはり彼女は微笑んだ。
「話したいことがあるのだけれど……」
このように深刻そうな真剣な顔で囁く彼女は珍しい。
いつも彼女から話し掛けるからか、一方的な友情だと揶揄われることもあったのだけれど。
実際は、彼女のクルクル変わる話題と表情をとても楽しみにしていたわたくしの方が一方的だった気がする。
こう言うと、彼女は少しむくれるのだけれど。
それでも少し考えるように上を見たら、やはり首を少しだけ傾げて微笑むのだ。
「じゃあ、一方的同士で仲良しってことね」
ふふっと小首を傾げながら微笑んで、いつでもどんなことでも風のように軽やかに流す彼女を羨ましいと感じていたことを、最期まで言わないままだったと今ごろ思い出す。
今日も日が沈み、青かった空を赤く染めている。
赤い光が家の中を包む様子を眺めながら、一杯の紅茶を飲むことが日課になっていた。
『蓉子さん、今日もありがとう』
「どういたしまして」
不意に聴こえた彼女の声に、どこへともなく返事をしていく。
カチャリとカップを置いた音だけが響くこの部屋は、この家を手に入れた時から彼女のお気に入りだった。
深刻そうな顔をして、何の話かと思ったら。
『蓉子さん、あたくし、この家を買うの』
「買いたいのだけれど、どうしよう?」という相談ではない。
自分で稼いだお金で気に入った家を買うのだと言ってきたのだ。
学生の頃から彼女はいつも、一方的に色々な話をしてきた。
けれどそのどれも、わたくしに「どうしよう?」というような相談をすることはない。
そういえばと少しだけ上を見た彼女は小首を傾げながら、「だって蓉子さんは無茶だと無理だとか、あたくしを止めたり諫めたりはしないじゃない?」と、嬉しそうに微笑んだのだった。
赤く染まった日が沈み、暗い闇が覆っていく。
「……貴女は幸せだったのかしら」
ポツリと呟いた言葉に返す人はいない。
日が沈んだことで影から現れた目の前の人に視線を向けながら、彼女が言いそうな言葉を思い浮かべる。
『あら、あたくしは幸せよ?だって今も、こうして蓉子さんと過ごせるのだから』
そう言って、彼女はいつものように小首を傾げて微笑むのだろう。
「わたくしもよ」
昔より不自然に首を傾げさせた目の前の彼女に応えるように呟いて、残りの紅茶を飲み干した。
お読みいただき、ありがとうございます。
初めてのホラーということで、短めにしてみました。
少しでもお楽しみいただけたら幸いです。




