漆 双子の本気勝負
乃羽が待っているであろう家の敷地内にある道場に
向かうと案の定、乃羽は待っていた。
「あ、乃蒼。ちゃんと来てくれたんだね。」
「そりゃあ…ね。お父さんは?」
「お父さんなら……あ、いた。あそこ。
あそこでうずくまってる。」
私は乃羽の指さす方向に目を向ける。
(なんでうずくまってるんだろう…)
「お父さん…審判、頼んでいい?」
「……どうせ、どうせ…俺はぁ~」
(わぁ…卑屈モードに入ってる。なんでまた急に。)
お父さんの卑屈モードを見て私は落胆する。
(この頃は何もなかったのに…。)
私はその卑屈モードの原因であろう姉に話を聞く。
「なんで卑屈モードに入ってるの?」
「なんか…私と乃蒼が模擬戦するっていったら
お父さんが先に相手するって言いだしから…ちょっと、ね。」
「もしかして…お父さんに勝っても意味ないとか言った?」
「うん。」
乃羽は詫びる様子もなく平然と言ってのけた。
私はそんな姉に少しだけ落胆しながら
お母さんを呼び行って、審判を頼むことにした。
* * *
「……じゃあ、二人とも準備はいいわね?」
頼みに行くとお母さんは二つ返事で了承してくれて
今は、私と乃羽で木刀を持って対峙している。
「いいよ。」「うん」
「それでは、両者構えて…始め!」
お母さん…もとい審判の声で私達の雰囲気は
ガラッと変わる。
「……来ないの?」
乃羽は学校の時よりテンションが高く表情も笑顔。
けれど、普段と違うのは目がぎらついていること。
まるで戦いに飢えた獣のように木刀を構えている。
対する私は表情などなく目が据わっていて
自分でも自覚はしているけれど、周りの空気を氷点下にするほどに
冷たい空気を纏って木刀を構えている。
「…そっちこそ。」
「じゃあ、遠慮なくっ!」
(本当に遠慮なし…本気で来てる。
なら、こっちも本気いかないと無礼…だね。)
私は乃羽の木刀を流して反撃にはいる。
でも、それは軽々とかわされて乃羽が二撃をいれてこようとする。
「……っ、遅い。」
「…なら、こっちは…ッ!!」
木刀から急に蹴りに変わる乃羽の戦闘スタイルに少し驚いて
バランスを崩す。
乃羽はそこをチャンスだと思ったのか木刀で喉元を狙ってくる。
「…甘いよ、乃羽」
私は注意が疎かになっている乃羽の足を引っ掛けて
バランスを崩させて、自分の体勢を整える。
「……打ち合ってたってキリが無い。一騎打ちにしよ?」
「ごめんね、まだ…それは受け取れない!」
乃羽は木刀をこちらに投げつける。私は、それをかわして
来るであろう乃羽の蹴りを予測しながら木刀を振るった。
「そこまで!!」
審判の声が響いて模擬戦が終わって、後ろから生唾を飲む音が
聞こえ、脇腹には少しの衝撃があった。
結果は言わずもがな、引き分けである。
私の木刀の切っ先は乃羽の喉元にあって
乃羽の蹴りは審判の声が数分遅れれば脇腹の骨を折っていなくても
ヒビは入っていた。
「……また、引き分けかぁ。これで23勝23敗11分かぁ……。」
「勝ち逃げは許さない。」
「乃蒼がそういうから、57戦もしてるでしょ?」
「乃羽も…言ってるから。」
模擬戦について言い合いをしていると、お母さんから
先に風呂に入っちゃいなさい、と言われた。
「私は最後に入るから。」
「じゃあ、おっさきー。」
朔も一緒に入れようと考えた私は最後に風呂に
入ることにした。