陸 油揚げと朔
「ただいまー♪」
「…ただいま。」
それぞれの挨拶をして、私は乃羽とは別に朔のことが
気になって自分の部屋に行った。
スッと襖を開けると、その前にチョコンと座って
少し首をかしげて待っている朔がいた。
「……待ってたの?」
「きゅ~ん」
「…ただいま、朔。」
私は朔の頭を軽く撫でてから、包帯を新しく取り替える。
「ちょっと塞がってる、治るの早いんだね。
でも、まだ安静にしててね。すぐに開くから。」
朔に伝わっているかどうかは置いといて教えておく。
すると、朔は「クルクルクル」と喉を鳴らした。
(あれ、犬ってこんな鳴き方出来たっけ?)
犬も猫も…動物を一切、飼ったことが無い私にとっては
朔が本当に犬なのかどうかも分からない。
(まぁ、分かるまでは犬でいいよね。)
「乃蒼ー夕飯出来たってー!」
「……はーい。冷蔵庫に朔が食べられそうな物があったら
持ってくるから、待ってて。」
朔は意味を理解したのか頷いたように見えた。
私は眼帯を外し制服を脱いで、黒いタオル生地のパーカーを着て、
下は黒いタオル生地のショーパンを穿いて家族が待つ居間へと向かった。
「…いい匂い。」
「今日はハンバーグだって。」
「そっか。」
乃羽の格好は私とは色違いの白のパーカーを着ていた。
「ねぇ、乃蒼。食べ終わったらさ、久しぶりにやってみない?」
「……体育で動いてたのに?」
「あれじゃ足りないの! 乃蒼だって本気じゃなかったし。
だから、夕食を食べたら戦お?」
「分かった。でも、時間が欲しい。」
「いいよ。来てくれるならね。」
乃羽と夕食後の約束をしてお父さんが来るのを待たないで
私達双子は夕食を食べ始める。
「もう食べてるのか、お前たち。」
襖がいきなり開いたかと思うと、そこに立っていたのは
四十歳くらいのおじさんがいた。
(また、参拝客を相手にして疲れた顔だ。)
「……モゴモゴ」
「乃羽、口の中に入ったまま話したらダメ。
お父さん、お疲れ様。」
「…モゴ………おつー、お父さん。」
乃羽は父親にいつもの挨拶をすると、また食べ始めた。
(そんなに早く食べなくたって逃げないのに。)
そんな感想を持ちながら、夕食を食べ終える。
そして、朔に持っていく食べ物を冷蔵庫から漁って
静かに自分の部屋に戻った。
「……朔。」
名前を呼ぶと、ベッドの隅から頭を出して
こちらに近寄ってくる。
「はい、これ。油揚げだけど食べられる?」
朔は恐る恐るといった感じで匂いを嗅ぐと
口に銜えて食べ始めた。
「……美味しい? 人間用のだから味が濃いかもしれないけど。」
「キュルキュル」
「やっぱり、薄味の方がいいかな。」
次からは薄味にしてから持ってこようと
心に決めて、1、2枚の油揚げを朔に与えると朔は美味しそうに食べる。
私は、残りの油揚げを自分の部屋にある冷蔵庫にしまって
自分の部屋を後にした。