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85 夜の訪問者


(さて、インベントリ内にある"旅行用携帯キッチンルーム"を自分の土地に置くには…)


私はモニターを呼び出しキッチンルームを指定した。

すると眼前にホームのマップが出てきてキッチンルームの設置場所を図で確認できた。

出来た、が。


「ちょ、待って、このホーム、広すぎない!?」


私の雄たけびは雨の音が吸い込んでいく。

イベントで土地の全体像を立体マップで見た時は比較対象がなかった。

だけど、今6畳から8畳ほどのプレハブのキッチンルームと比べると、私のもらった土地、相当広く感じるのだ。

えーと、多分4LDKの我が家が5軒くらい入るぞ、ここ。


「外側から見たのとちょっと印象が違う…。ゲームだからか。い、いいや、もう。とりあえずで設置だ!」


ちびちゃんたちが濡れ鼠だし。きみたち、インベントリに一度入り給え~。

設定はそのままで、マイホームの土地にドドンとキッチンルームを置いた。

長方形の、黒いガルバリウム鋼板で出来ているキッチンルームは窓枠とドアだけ白いペンキで塗られ、玄関先に赤茶の階段とテラスも付いていた。なかなか快適そうだ。

だが今はゆっくり眺める時間も惜しいと、階段をあがりドアを開けて中に入る。

中はちゃんと玄関にたたきがあって、左手に広めのキッチンと、作業にも使えるダイニングテーブルがある。

床はフローリングでピカピカだ。キッチン奥に小さい窓がひとつ正面に陽光をふんだんに取り入れられる広い窓がある。

明かりは中に入ると自動で天井の電気がついた。



「あ、思ったより広い。天井が高い。キッチン部分、3畳くらいあるんじゃないの」


寝起きの出来る6畳のフローリング部分と合わせると全体的には10畳くらいありそうだ。


「素敵ですわ!」


ポポポンと音が出そうな自然さで、ちびっ子たちがまたインベントリから現れた。

インベントリに戻っていたので濡れていた髪もすっかり乾いて綺麗になっている。これ、現実でも実装されないかしら。超楽だと思う。

だが、このサービスはペットだけで、私の方は状態が『びしょ濡れ』になっているので時間経過を待たねばならないらしい。変わらず服も髪も濡れている。

それなのに、ぽたぽたと水が床に滴ることもないのが何となく不思議だ。やっぱり、ゲームの中なんだな、と思う。


「エデンは天候でなにかイベント起きる土地なのかな~」


とりあえず、外から丸見えも嫌なので事前に作っておいたカーテンをかけるかと広い方の窓に近づいた。

こちらはホームの空き地側を向いており、その向こうには未開拓の森が広がっていた。


(あ、プレーヤーだ…!)


その森の方から2人のプレーヤーが歩いてきた。彼らの周囲には雨がきらきらと白く発光して弾かれている。どうやら魔法で防いでいるようだ。


(ん~、木こり小屋で顔合わせて、挨拶は出来たらでいいか…。わざわざホームから出て声かけることはないよね。干渉されたくない人もいるしだろうし。エデンで活動しているプレーヤー数が少ないと聞いて、意識しすぎだな、私。私って基本、コミュ力低いもんな~)


挨拶用のカップケーキも放出しちゃったしねと、残ったケーキをちびっ子たちと夜食に頂くことにした。


「さて、今後の指針ですが」


カップケーキの着色料の染まった舌を出して比べているちびっ子たちに向かいあう。


「お外もこんな天気なので、当面はこのおうちの中で、生産作業にいそしみたいと思います。…反対意見ありますか~」


全員首を横に振る。よし。


「じゃあ、明日から、簡易キット出すから皆、がんばって…」




――会話のさなかに、なにかをコツコツと叩く音がした。




え? と思わずドアを見る。いや、ドアじゃない。


私はドアと反対側の、カーテンをしてある、広い窓を見た。


コツコツ、とまた聞こえた。

硝子の――窓を叩く音だ。


(な、なに? ここセーフティーだよね!? さっきのプレーヤーたち? それとも他の…)


ここまで考えて、自分がホームの設定を何も変更していないことに気が付いた。

もしかしたら、他プレーヤーが侵入できる設定なのだろうかとゴクリと生唾を呑む。

決闘(デュアル)が根付いたので忘れがちだが、このゲーム、PKが出来るのだ。

セーフティーでは無理でも、そこから出るところを狙われる恐れもある。人が少ない、というのは危険なのだ。


(え、ええい、正体がわからないと余計怖い…。か、確認しなきゃ)


私は皆に しぃっと静かにするよう指を口元にたて、ゆっくり窓に近づいた。

コツコツと、音は先ほどから続いている。

そして、えいやっとカーテンを大きく開けた。


「あ…、あれ?」


――誰もいない。


窓の外はそぼ降る雨が音を立てているばかりで、誰かがいた気配はなかった。

だが、違った。


『――また、来ます』


耳にくっきりと聞こえた声。

窓の外、ホームの向こうの未開拓の森に白い影が佇んでいた。全身が白銀に発光している長い髪の女の――後ろ姿。

その女はかすかにこちらに振り向く。あの声の主が彼女とわかったのは口元が動いていたから。

雨の中だがはっきりと、それは見て取れた。


ステータスに一文が追加されている。


『イベント"精霊の訪い"進行中』――と。


窓辺でその白い後ろ姿を見送る私の耳には、雨音とその女の声がこびりついていた――。






***






「運営ーー! あれこそ、ホラー注意入れとけーーー!」


ログアウト後、私はリアルで吠えていた。

あー、怖かった、怖かった!

あ、あ~、もしかして、あれが雨の精霊? 生まれたてらしいけど、もう大人じゃん。

また来るって、何しに?


「あ~、恐怖描写やめてぇ~。夏休みだからって、そんなサービスいらないよ~」


私は自分のベッドの上で転がった。

今、深夜の時間帯である。

きっと、王都や新しく解放されたダンジョン都市キャトリエムには人が押し寄せているんだろうな、などと考えながらエデンの現状をどうにか出来ないかと思考する。そしてダラダラと特に目的なくネットを徘徊するのだ。

だって、今、この家で起きているのはどうやら私だけのよう。怖いじゃん…。

姉は明日から夏期講習なので今日は早めに寝たんだな。

あの人、本当に勉強好きだよね。そういや、おねーちゃんは東京の大学が第1志望だっけ。

……こうやって遊べるのもあと少しか……な。


(夜に一人はセンチメンタルになるな。いかんいかん)


スマホ片手にベッドに横になり首を振る。

すると、隣の部屋から奇声が聞こえた。


「――違う! そこは、ホップステップジャンプ!! もっとだもっと!」


私は驚いて起き上がる。


(え? もしかしてまだゲームやっているの?)


ゲームで熱中すると私もついつい声を出しちゃうんだけど恥ずかしいんだよね。さすがに下のお母さんたちにまでは聞こえないだろうけど、一言注意を促したろうかと姉の部屋をそっとノックする。

……返事はない。


私はそ~と姉の部屋のドアを開ける。

姉はベッドに横になっている。だが、ゲームのバイザーは外していて、通電ランプは消えている。


(……寝言だったか)


「お化けは叩け! 叩け!!」


ぎゃ! 扉を閉めようとしたら、また奇声が上がった。何というハッキリした寝言。私は思わず閉めようとした手が止まる。


(……どんな夢を見てるの、この人)


「お化けじゃなくて、精霊ですけど…」

「……~~じゃあ、風でふっとばしちゃいなさい……。ムニャ」


うっかりこぼした私のセリフに返事があった。


(おおう、コンスタントに返事が返ってきたよ。ホントは起きているんじゃないの、姉ェ…)


私は訝しみながらもそのまま扉を閉め、自室に戻った。

そして、教科書をパラリとめくる。気象についてのページをたぐる。


(風ねえ…)


――雨を動かすには、いいかもしれない。うん。



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