61 夏休み前日のこと
「あー、明日から夏休みですけど皆さんケガなどなく体調に気を付けて、新学期に会えるよう気を付けてくださいね。成績表はタブレットからIDとPW入れてウェブサイトから確認できますから。専用タブレットは忘れず持ち帰ってくださいねー」
終業式後、先生も晴れやかな顔で挨拶した。
高校に入っての初めての夏休みに何となくクラスメイトも浮足立っている。
皆、明るい声で席を立ち、それぞれ昇降口に急いでいる。
勿論、私もその一人だ。うくく。
「ようやく、夏休みだね!」
澪革ちゃんとほくそ笑む。
「美鳥、宿題どうする? うち来て一緒にやらない? ゲームの話もしたいしさー」
電車通学の澪革ちゃんちは2つ先の駅だ。存外近い。
今日は帰りに駅前でお茶してから帰宅予定だ。『ファンシーライトオンライン』の中で見たお店のリアル支店があって、ゲーム内で食べた、スーパーウルトラトールチョコパフェを二人で攻略するのだ。早速体調管理に気を付けていないセレクトだが、休み直前の浮かれ具合なのだ。先生、大目に見てください。高校生は食べ盛り。多分、お腹壊さない…、と思う!
「うん、したいしたい。8月の頭には一回会おうよー」
「あ、相生に行ったなっつんたち、あの子らも美鳥と会いたいってー」
「うわ、私全然連絡してない。不義理してる。会う会う」
「じゃさ、そん時なっつん達も呼ぶね。私、今日から7月いっぱいは海に出ているけど、連絡は取れるから」
勿論、この海は釣りキチ澪革ちゃんのゲームの中の話だ。
帰り支度をしながら夏休みの予定を決めていく。
「オケオケ。あ、澪革ちゃん、ちょっと私トイレ行ってくる」
「了解、待ってるよー」
鞄を―と、言っても学校用の専用タブレットしか入っていないけど―を澪革ちゃんに預けて廊下を速足で歩く。姉の美空は生徒会室の掃除があるとやらで別行動だ。というか、同じ高校でも私たち一般コースの生徒と特別進学コースの生徒とはフロアも違うのであまり会うこともない。
お手洗いを終えてまた教室に戻ろうとした時、声をかけられた。
「えっと、伊藤美鳥。ちょっと話あるんだけど」
私は眉を顰める。男子生徒がこちらを向いていた。
知った顔だった。――正直、苦手な人だった。
「高橋先輩? なんでしょうか?」
私は嫌悪感を隠さず聞く。もう、この人たちにはウンザリしていた。これで、何度目だと思っているのだ。
「あー、悪い。俺も頼まれているからさぁ。狂犬…、じゃなかった、おねえさんに…、伊藤さんに話してくれた? 田中が会いたがっているって」
(狂犬言った! この人、温厚そうに見えて感じ悪っ。やっぱ、あの男の友達だな!)
「言いましたよ。で、会いたくないって言ってます。私、何度もそう言ってますよね? いい加減にしてもらえませんか? だいたい、姉のこと笑いものにしたの、田中さんですよね!? 今更なんの用なんですか!」
思わず語尾がきつくなる。
「知らねーよ。俺も田中に頼まれているだけなの。ったく、妹も姉に似て可愛げねーな」
(あんたたちなんかに可愛げなんて不要だよ! あっち行けよ、もう!)
プルプル怒りで小刻みに震えながら、ギッと睨んだ。
(こ、怖くなんかないもん…!)
「なーにやってんの?」
トンと高橋先輩の後ろから彼の肩を軽く叩いた人物がいた。
高橋先輩はいきなりのその感触に驚きビクリとする。後ろを向くと彼よりはるかに長身の、男子生徒がいた。
ペケポンさんだった。
「ねー、女の子にからんでいるように見えるんだけど? どうよ」
彼は高橋先輩の肩をぐっと抱える。ヤクザな人の絡み方だ…!
体が大きいって恐ろしい。さっきまで私に向かって勢い良く話していた先輩はいや、あの、と怯えを含んでる。
「じゃーさ、話は終わったんだよね? 帰ったら?」
とか言いつつ、ペケポンさんの両手は高橋先輩の体をガッチリホールド。
「でさ、お互いもうこういう嫌な話はお終いにしてくれると嬉しいなー。な? 約束だよ、俺とキミのさ。えーと、一般コースの2年2組の高橋秀樹クン」
高橋先輩の顔に恐怖が走った。ちなみに私もだ。
(な、名前をなぜ知っている…!?)
「は、ハイ…! もう、この話はしません…!」
「…顔も見せません、でしょ?」
「は、はいぃ…!」
言うとペケポンさんは彼を離し、高橋先輩は私の方は見ずに廊下を速足で歩いて行った。
「やー、余計だったらごめんね。このせいでまた絡まれたら言って。対処するから」
ペケポンさんはあの華やかなアイドルスマイルでこちらを振り向く。
いや、助かった! 正直。
「いえ、とんでもないです。助かりました。ありがとうございます、ペケポンさん」
私は深々~と思わず頭を下げる。
するとペケポンさんが意外そうに言った。
「あれ? あのゲームユーザー? ペケポンの名前知っているって、文月麻耶のゲーム動画観てくれてるんだ。ありがとう」
(………あれ? 何か噛み合わない……。もしや)
「えーっと、私、フェザントです…。美空の妹の…」
ペケポンさんが目を丸くした。
「え…? え、妹ちゃん? ……別人じゃん!」
***
別人は言い過ぎだと思う。しかし、さすがに助けてもらった今、それは突っ込めない。
「いや、ごめん、印象も違うから。美空ともあんま似てないんだね」
「それは、よく言われます」
ありがたいことに、教室まで送ってくれることになった。やっぱ、高橋先輩に待ち伏せされたりしてたら嫌だから。
「あ、でもよくあの人の名前、わかりましたね?」
「だって、同学年だよ。一般も2クラス、特進は1クラスでしょ。顔と名前は一致しているよ」
ケラケラ笑うが普通フルネームでは覚えられないと思うの。
(賢き人は違う)
思わず畏敬の念を持つ。
「――てことは、もしや、アレがダメンズ?」
ペケポンさんが少し考えるように言う。
私はむしろ驚いた。ゲームで話したあの会話を、ペケポンさんが覚えていたとは。
「えーと、ダメンズの友人ですね。ダメンズはここ落ちたので別の高校に通っています。姉と彼ら同じ道場に通っていたんです。あいつら、もうやめちゃったけど」
「なんかその話聞いたことあるかも…。美空が中学卒業前に同級生を足腰立たなくなるまで稽古したって」
「ええ、まあ。マイナーな古武道なんですけど、姉と私は幼稚園から通っていたんです。ちょうど子供の防犯教室やっていたので。私は中学上がると同時にやめたんですけど、姉はずっと続けていて。あの人たちは中学校から入って来たんですよね」
正直、アレは姉の復讐。私怨の結果だったな。俗にいうシゴキだった…。今思うと親御さんに訴えられなくて良かった。自分たちに非があるの自覚していたからそのまま師範にも姉のせいとは言わずやめたんだろうに、なんで今さら連絡とろうとするんだろ。ダメンズ田中は馬鹿なのか?
多分、ダメンズは姉と再会したら今度はコンクリに叩きつけられると思う。
「ふーん…」
ペケポンさんは面白くなさそうに呟いた。
私はチラっとペケポンさんを見た。
(ううむ、やっぱり、姉と付き合っている? いやあ、まさかね…。あの姉が色恋で隠し事できるワケない)
「――ま、また絡まれたら言ってよ。先輩だからね。助けになるよ?」
「はい」
(…本当に姉の彼氏がペケポンさんだったら、姉はダメンズ返上できそうだな)
そんなことを考えつつ、教室に着いた私はペケポンさんに再度深く頭を下げた。




