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55 ハウジングイベント その漆


ふと気が付くとクロとディスケートがいない。


(あれ?)


一瞬敵にさらわれたのかとヒヤリとする。


「サーシャ! クロとディスケート君いないんだけど?」


食事の片づけを始めたサーシャの耳元でこそりと言った。


「あ、イベントみたい。幌の中で随分打ち解けていたんですよ。なんかフラグ立っていたっぽいんで。それより、なんか、フェザントちゃん クラウスの好感度かなり上げていますね?」

「ああ、うん。えっと称号出た。"ドールマスタークラウスの一番弟子"」

「マジですか!」


やたっとサーシャが小さくガッツポーズ。

そうこうしていると森の奥からディスケートとクロが現れた。


(あ、やっぱりイベントだったんだ)


ディスケートはクロに笑顔を屈託なく見せている。ディスケートのお付きの妖精もクロの周囲を金の鱗粉をまき散らしながらクルクル飛んでいる。


(……いいなー、私も馬車の中にいたかったな。ちょっと寂しい)


いかん、末っ子の甘えが出てしまったと私は軽く自分の両頬を叩く。

傍らで食器の片づけを一緒にしていた小学1年生サイズのメリッサちゃんがそれを不思議そうに見上げていた。


「おねーさま、それは何の動作でしょーか?」

「ええっと…、気合入れ…かな」


私は苦笑いで彼女に説明する。


「気合…」


そして彼女も私の真似してペチペチ自分の頬を叩く。そして、私の方をキッと見上げた。


「おねーさまっ。お時間通りに神殿に着いたら、おねーさまたちには大変嬉しいご褒美があるのですよね?」

「え、そう…」

「わかりました。不肖ではありますが、おねーさまの第一ドールこのメリッサも覚悟を決めますわ! わたくし、このままの姿で戦いに赴きます」


そして彼女はエプロンを翻し、水晶のワンドを掲げてポージング。


(あ、いや、そこは人形サイズの方がジローに乗ってもらえるので安心なのだが)


メリッサちゃんは物理系ではないので人間サイズになる利点がない…のだ。

そこまで考えてふと気づく。


(そう言えばジローの新しいスキルがあったな…。それを使ってもらえば かなり安全かな。MP10も消費するけど)





***





休憩を終えた私たちは急ぎ森の中を駆け抜けようと馬車を走らせた。


深夜の森は足元が暗くいつも走っている道と違って見える。

さっきまで光を発光していたキノコたちは鳴りを潜め、どこか妖しくも不気味さを感じる風景に変わっている。


幌からペケポンさんとサーシャが顔を出し、御者台に座る私に声をかけてきた。


「これ、来るよ。驚かないでね」

「え?」

「掲示板情報です。絶対起きる…」


サーシャの台詞を遮って矢が飛んできた。火矢が。


「絶対起きる戦闘イベントです!」


サーシャが言い切ると、視界が変わる。イベントムービーに。

火矢は幌に着弾し、たちまち炎をまき散らした。驚きいななく馬の制御が効かず、馬車が転倒する。――そして、幌の中央に眠る伯爵が投げ出され、彼は柔らかな草地にドサリと落ちた。


「あなた!」

「お父様ー!」


伯爵夫人と令嬢が駆け寄ろうとしたが 彼らの足元にまた矢が飛んでくる。

ハタと視界を上げれば森からニヤニヤと笑う男たちが顔を出す。その中央には一人だけ仕立ての良い服を着た30半ばの男がいた。


「まったく困った方たちだ。勝手に屋敷を抜けだされては困るのだがね。お義父上は病気の身。娘のきみがご両親を大事にしないでどうするね?」

「ワルザ…!」


伯爵令嬢…、お嬢様は蒼白な顔で呟く。

この男がヘルメス商会会長で、お嬢様の夫のワルザか。

お嬢様がキッとワルザを睨んだ。


「恥を知りなさい! お父様に薬を盛ったのはあなたとわかっているのよ。このままお父様が眠り続ける間に この島をあなたは勝手に支配するつもりでしょうけど、そうはさせないわ…」


ワルザは彼女に向かって口の端を上げる。


「そうはさせない? 着飾るしか能のないお前に何が出来る。旅人(フォリナー)の横暴にも俺が対処したんだ。老体が邪魔しなければ冥界門だってあんな町の近くに出ることなどなかった。だがモノは考えようでな。アレを使って旅人(フォリナー)を集め俺はこのプルミエを王都にも負けない都会にしてみせる。それには古臭い考えの貴族一家は邪魔なんだよ。それでも下手に殺せば天国門から目の届かない場所に帰ってこられたら面倒なのでな。お前たちは今まで通りあの古びた広い屋敷で飼っていてやるさ。父親と同じ、いい夢を見られる薬で休ませてやるよ」


メラメラと炎に包まれゆく幌をバックに伯爵一家に侮蔑の言葉を投げかける娘婿。

んまー、修羅だわー、泥沼劇だわー…!


(ち、ちょっとだけワルザの言っていることにも頷ける…と思ってはイケナイ。町の活性化と犯罪は別!)


そしてワルザは横倒しになった馬車からクラウスに助け出された賢者ポラリスとディスケートをじっと見つめる。


「ふん、不吉を呼ぶ星読みという噂は信じていなかったが…。冥界門出現はまさしくお前がここにいたからだろうな。神殿に駆け込み何をするつもりかは薄々知っておるぞ。お前たち、プルミエから住人を全員脱出させるつもりだそうだな?」


(え? そんなこと考えていたの!?)


多分掲示板情報で知っていたんだろう。ペケポンさんとサーシャはうんうん頷いている。クロと私は顔を見合わせ、クロは胸元で右手を左右に振って知らなかったとゼスチャー。


そしてズイとポラリスさんが前に出る。

だが、意外やディスケートがそれを制した。


「僕は不吉なんて()ばない!」


その断言する姿にポラリスさんが(まなこ)(みは)る。


「…僕は今までそう言われることが悔しかった。ただ見たことを告げただけなのにと腹立たしかった…。でも、そうじゃない。僕の仕事は確かに未来に起きることを告げることだけれど、それを変える方法を事前に考えることも出来るはずなんだ! 僕は今までその義務をないがしろにしていた。

でも、今回は見て見ぬふりはしない! ――スタンピードは起きる。神からお告げも出ている。これは避けられない。だからこそまだ時間のある内に皆を安全な場所へ避難させるべきだ。…ワルザ、あなたはプルミエの利益を重視している。なのに、なぜまだ何も事を起こさないんだ!?」


(…驚きだ! めっちゃしっかりしてる子やん!)


対してワルザが答える。


「犠牲が必要だからですよ」


ディスケートが小さく息を呑んだ。


「今冥界門に旅人(フォリナー)が入り魔物を狩っている。それらの素材がドゥジエムや王都で飛ぶように売れている。薬草や薬もしかり。今はヘルメス商会が完全に仲買に入りプルミエでの供給を優先している。以前のように品不足による価格高騰も起きていない。外貨が稼げて、プルミエの経済が持ち直しているんだよ。そんな中、ファンシーの町まで避難しろと? いったい誰が頷くでしょう。

まだ誰も(・・・・)死んでいないのに(・・・・・・・・)!」


その言葉にディスケートが口ごもる。

ワルザはその様子に勝ち誇ったように笑みを浮かべる。


「貴族の坊ちゃん。あなたに彼らの生活の補償が出来るのか? 私設の兵も持たず、神殿に頼むしかない力ないあなたが! 私は違う! だがまだ犠牲者の出ていない今避難を呼びかけても愚かな住民どもは反感持つだけだ、得策じゃない。死者が出てから私が指導者として街の住民を避難させよう。――賢者に星読みだと? ――邪魔だ! 英雄になるのはあなたでなく、私なんだよ!」


「うわ、引く…」


思わず声に出た。


「まあ、政治家ならそう考えるでしょ。実際、プルミエ住民に犠牲が出ていない。神の使者が守ってくれているんだもんな。しかもこのゲームのNPC(住人)、死んでも戻ってこれるし」


そう答えたのはペケポンさんだ。


「でも…」


なにか、不快だ。ワルザの言っていること。


「知っているのに。魔物の暴走が起きるのは…。め、女神も住民を守れって」

「ああ、ゲーム的にそっちが正しいのね。妹ちゃん、女神からの指示イベントがあったんだ。プレーヤーとしてはそっちが利益あるんかな。――俺としては、ワルザの言っていることにも頷けるんだよね。政治は死者数すら数字で考えるわけだし」


…そう、だけど。私も、ワルザの言うこと全否定できない。でも…。


「――でも」


ポツとクロが言った。


「でも、スタンピードは起きる。必ず。生き返るにしても、子供が痛い思いするのは嫌だな」


私は思わずクロの方を見る。こちらに小さく笑っていた。

あ、ちょっと…。なんか、ストンと来た。


「そ…だね。痛かったり苦しかったりは…嫌だよね」


そしてハッと気づく。ヘレンが一気に走り抜け、ポラリスさんとディスケートを抱えて高く飛ぶ。

そして今まで彼らが立っていた位置が炎で包まれた。


――体が動く。


「応戦しろ! 奴らの狙いは二人の命だ!」


クラウスの指示で私は躊躇なく弓を引き絞った。狙いはワルザだ。


「時間ないのに長話しおってーー! 校長かーーー! あいつ、腹立つからーー!!」


戦闘、開始!

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