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「僕残」の推しキャラ悪役お嬢様に転生したからプロデュースを決心する

作者: 空流晴栖

 コンコンッ


 軽快なノックが部屋に響き渡る。


「……、どうぞ!!」


「失礼するわ。今日はあなた達に話がありまして、」


「う、三条院副会長……」

 部屋に入ってきた彼女に向かって最初に口を開いたのはやっている内容がいまいちよくわからないまま2か月はこの部員として活動している男子、春日井かすがい加賀かが。この部活唯一の男子生徒だ。普段はヤル気を感じないし地味だし受身だがここ一番でなぜか力を発揮することが多く運も味方に付きやすい。そして、様々な女子が次第に惹かれていくがそのフラグをへし折って、それでも離ればなれにはならないという残念系男子。


「ひっ、あわわわ」

 この小動物チックで胸がやたら大きく、すぐに春日井の後ろに隠れたのは弥富やとみ矢那やな。可愛らしい容姿をしているが極度の人見知りで言い寄る男子が勝手に玉砕していくが何故か春日井は大丈夫らしい。残念系女子1号。


「……」

 何か言え、と言いたくなるのはさっきからひたすらパソコンに向かっている千種ちぐさ知恵ちえ。黒髪と眼鏡が似合う委員長タイプ。黙っていれば可愛い、綺麗と言われる人はいるが彼女はまさにそうだった。ただ、黙っているのは百合PCゲームに熱中しすぎているからで「異性? なにそれおいしいの? 私は私の道を行く」、と言いたげな恋愛観を貫く百合オタ。一方で、とある理由で異性の春日井にはやたら絡む。残念系女子2号。


「それで、副会長さん、今日は何の用?」

 部活内唯一の2年生であり部長の安城あんじょうあかね。成績も抜群、運動をやらせればすぐに県大会を制覇してしまうと噂され、学年でもトップクラスの容姿端麗を誇る超人だが気が付けば授業中でもふとどこかに行ってしまう神出鬼没さと奇天烈な行動が目に余る問題児である。隠れファンは多く、後に会長もそうなっていく(というかもうなっている)が彼女は全く意に介さず、春日井をからかうことが大好きなようだった。残念系女子3号。


「なんの用、ではありません。ここの部活の対処について廃部の方向で生徒会で議題が上がっています。本日はそのことを伝えに来ました」


「そんな!?」


「では春日井君、あなたは最近この部活、確か内容は地域の貢献でしたっけ? それについて何か活動をしましたか?」


「えっと……、草むしりボランティア」


「あら、素晴らしい、それで回数は?」


「……1回」


「それだけ? 他には?」


「いいえ、ありません」


 ばつの悪そうにうなだれるがまあこの質問をした時点、いや、三条院副会長がこの部屋にやってきた時点でこの先の不穏さは大体察していたはずだった。


「部長、あなたは?」


「先日、女バスの強化練習相手になりました」


「それは良い事ね。我が校は部活動にも力を入れていますから、それで結果は?」


「皆強くなったと思います」


「そう、でも結構ハードなことをやって体力切れを起こし、1週間は練習もままならない人が何人も出たらしいけど?」


「まあ」と髪をかき分け、「私の相手としては役不足だったようね」と何故か誇らしげに言う。


「……そうですか、それで弥富さん」


「ひっ!」


「あなたからも訊こうかしら」


「えっと、私はこの部屋の整理とか、あ、あとお菓子を作って皆に振舞いました」


「なるほど、あなたは性格もかわいらしいのね。でも、それは部活の活動内容ではないのでは?」


「うぅ……」とこれ以上何も言えなくなってしまった。


「私は、」とまだ話題を振っていないのに語り出したのはようやく副会長の方に向き直した千種だった。


「「らぶらぶ☆どきどき♡マイスターズ」の全ルート最速攻略」


「……、それは趣味よね」


「いえ、みんなの為」


「ああ、そうですか。なら攻略サイトでも勝手に立ち上げてくださいな」


「もう立ち上げて昨日のPVは1万超え、レビューも好評」と言いながら親指をグッと立てて目を輝かせている。下手にこの話題に加わると饒舌になりすぎるのが分かっているから適当に話を切る。


「そういうわけで、今のところ活動らしい活動をしていません。なのでこの部活は廃止の方向で話が進んでいます」


「待って、そんなの横暴よ。それに申請部活は今のところ無いはず、部員も定員を満たしているわ」


 どこから申請部活の情報を得ているかわからないがそれは安城さんの言うとおりだった。部員の定員も5人が規定だが一応、幽霊部員が一人いるのでそこもクリア。ただ、


「いいえ、ここは予算も少額ですが出ています。それにこの部屋の維持費もかかるんです」


「でも、いきなりだなんて……」


 春日井のそう言う発言は‟知っていた”。なので、



「ただ、生徒会も鬼ではありません。全校生徒が輝かしい学生生活を送り未来の担い手となり、先輩方やこれから来るであろう後輩に恥じない姿を見せることが使命の一つだと思っています。そこで、」


「そこで……?」


「いきなりハードルを上げてもしょうがないので来たる学園祭で何かしら目玉の店を出店しなさい。我が校の宣伝にもなります」


「そんなことでいいのかしら?」


「ええ、それくらいなら問題ないわよね。じゃあ内容はしっかり伝えたから、失礼するわ」


 そう言って部屋から出ていく三条院副会長ともう一人の生徒会の人物。彼女が出ていってから部室では話し合いが始まるが、


「出店ねー、何にしようかしら」


 そういえば今日、三条院副会長が学食のラーメンを食べていたのを春日井が思い出した。


「ねえ、みんな!」


   *


「副会長?」


「何かしら?」


「あんなに緩い条件で良いんですか」


「いいわ、考えがあるの」


「……そうですか、まあ副会長がそう言うのなら」



 ……


 いや、全然よくない!!!!!



 「僕達の庶民学園生活はどこまで行っても残念まみれ」。

 このラブコメはメディアミックスを通して爆発的にヒットしたライトノベルだ。良家の子女が多いがそうでない人も通うこの学園の中で繰り広げられるドタバタなイベントをいわゆる庶民枠の人達がなんだかんだ言って楽しむという内容になっている。それに惹かれたのが高校生活をほぼ部活・筋トレ・勉強のみに費やし念願の志望校にも合格した俺だった。もちろん彼女いない歴=年齢(成人済み)。

 こんな青春を送りたかったという願いを成就させてくれるようなこの「僕達の庶民学園生活はどこまで行っても残念まみれ」、通称「僕残」にそれはもうドはまりしたものだった。そして、ある日気づいてしまったのだ。


 「僕残」の中の人物に転生している!!

 ただ、その人物はラブコメの中心にいる春日井ではない。

 彼らを庶民と呼ぶ登場人物の一人、三条院美姫としてこの物語に加わってしまったのだ。

 

 物語の進行では生徒会、とくに三条院が彼らの妨害をして、でも返り討ちにされてそれを大部分の人がすっきりするという形になっている。つまり彼女はヒール役だった。ただ、物語の負の部分を彼女が一手に押し付けられているような気がし、だんだんと元気がなくなっていく様子に応援したいというファンの読者も少ないが存在する。


 実は俺もその一人だった。推しキャラで春日井と同学年の三条院に転生したのが分かったのはゴールデンウィーク直前。少しずつ負のフラグを曲げてきたつもりだったがとうとう6月の文化祭イベントがやってきてしまった。


 ここでの妨害が上手くいかなかったことで徐々に弱っていくのを知っている俺、いや「わたくし」はなんとか彼女を救い出す、そう決心するのに転生してから時間はそうかからなかった。

 



    *



 生徒会。

 成績優秀かつ家柄も良い人物のみで構成されている学園内の特権階級集団。ただ、自分たち以外を下に見てしまう傾向がある。そこに1年生ながら副会長に就任したのが三条院美姫だ。


「それで、三条院君、首尾は?」


「はい、内容は本日伝えてきました」


「分かった、これで簡単なことも達成できないことが公になってしまえばあの部活も……」


「そのことですが会長」


「ん? どうした?」


 言うしかない。このままでは私も、そして生徒会もその内、不幸な道を歩んでしまう。でも一方で彼らには謎の力も運もある。だから、両方が納得するやり方を。


『クライアントの結果が私の評価になるの』


 まだ大学に通っていたころ、少しだけ話をした先輩。彼女は大手外資系コンサルとして活躍を期待されていた。そんな彼女の言葉をふと思い出す。


「彼らを手助けしてはかまいませんか?」


「!!?? 何を言っているんだ? そんなことしたら安城さんは……」


「?」


「ああいや、そうでない。あそこは我が校の品位を下げる。どうにかして廃部にしなければならない」


「……、それは存じ上げています。ただ、万が一私達が変にかかわったことがばれたらそれはそれでやはり問題があります」


「だから、そこをうまいこと……」


「ならば私達が介入したことで本来は上手くいかなかったことが上手くいった、良い集団になった、ということを皆さんに認識してもらった方がリスクは少なくなるのでは?」


「ただ、あそこは問題児の集まりだぞ」


「そこを正してこそ私達の成果につながります」


「むむむ」、と少し考えているのが目の前にいる2年生の西園寺会長。抜群のカリスマ性と文武両道を備え持つ人物だが三条院とともに没落していくにつれて残念なところを見せてしまうのを知っている。


「わかった、ただ、できるんだな」


「はい、やり遂げて見せます」


「そうか、これはまだ生徒会に入って間もない君の器を見る機会でもあるのかもしれないな。ただ、新人だからって失敗は許されないぞ」


「承知しております」


「よし、というわけであそこは三条院君に一任する。みんなそれでいいか」


 彼の了承を他の人が反対できるわけではなく、あっさりと私(俺)の意見は通った。こうやって発言をするのはやはり勇気がいるが確実に負けが決まっているのならまだ可能性がある方を模索したほうがいい、それがこの世界に来てから理解したことだった。




   *



 午後から再度例の部活の様子と出し物の進行を聞き取りに行くが今は数学の小テスト中。意地悪なことに抜き打ちな上にさらに難問を出されてクラス中が重い空気になっている。


(図形の融合問題か、ベクトル投射後に微分を使うことができれば簡単なんだが、いや‟なのですけど”。えーと、定数の範囲が隠れているな、じゃあまずはここから攻めて……)


 先取学習をしているからと言ってもそれは限度がある。習った範囲内の知識で問題を解かなくてはならない制限が少しばかり嫌だがここはごり押しするしかない。


 そして、試験終了合図前にシャーペンを置き、その様子に先生は驚きの表情を見せていた。


「えー、ではこの小テストですが」


 今日は特殊な授業のようで小テストの採点を先生がしている間に私達は自習をしていた。


「満点が一人だけ……三条院さんです」、と少しばかり悔しそうな顔をしていた。


 「おお」「マジか」「流石……」という声が小さく漏れてくる。まあ、あの試験を突破、それも上位の点数をたたき出した私(俺)からしたらなんてことはない。


「それにしても三条院さん、妙に証明の文章が綺麗すぎやしないかしら」


「お、」


「お?」


「おほほほほ、当然ですわ、先生の教え方が素晴らしいのですから」


「ッ!? ま、まあいいでしょう。その調子で頑張りなさい。ではこれで授業は終わります」


 やっと授業が終わった。これからあいつらに会わなくては。


「三条院さんすげーよ」

「あの人ちょっと嫌な先生だけどうまいこと切り返したしさすがだわ」

「ねえ、今度教えてくださらない?」


 授業後に囲まれてしまった。こんなの以前の高校生活では考えられなかった。ただ、今はそれどころではない。


「申し訳ありません汗! これから生徒会の事務がありまして、また今度!」


「あー、行ってしまいましたわ」

「凄いよな、あの生徒会の仕事もして」

「あとさ、」

「?」

「中等部の時は三条院さんって近づきがたい雰囲気だったけど……」

「ああ、今はなんというか」

「うん」

「話したくなるよね」


   *


 コンコンッ


「どうぞ」


「失礼するわ、企画はまとまったかしら?」


 まあ聞くまでもない。彼らはeスポーツ大会を開催する事になっていた。結果は盛況に終わったが、学園でこんなことをしていいのかなどという物議を醸し出したし宣伝次第ではもう少し集客できた。なので炎上とまではいかないがうまい事、彼らの出し物に反対するであろう人と調整をしつつ、最大限にこのイベントを盛り上げるためにもう少し手出しする予定だ。


「うん、それは……」


 はいはい、アクションゲーの大会でしょ。


「ラーメン店!!!」


「はあ!!?? なんでよ!!??」


「まあびっくりするよね」


(びっくりはした。ただ、彼らの思っていることと私の思っているびっくりする対象については認識に差がある)


「いや~、この前三条院さんがおいしそうにラーメンを食べてるのを見てふとね」


 確かに前の世界に住んでいた自分はラーメンが好きだった。この学園のラーメンは味付けが最高で趣味が変わった?、という周りの反応をうまい事ごまかしてよく食べているのだがそれを彼らに見られてしまったらしい。


「ちょっと待って! ラーメンなんて、調理はかなりめんどくさいのよ!?」


「でももう正式に企画書を提出してしまいましたし、それに発注済みなので」


「そんな……」


 甘く見ていた。彼らは予想外に手際が良かった。


「その書類一式を見せてくれないかしら」


 震える声で恐る恐るそう言う。


「何この発注数!? それに麺が多すぎる……」


「いやー、ここの学際って人結構来るんでしょ? だから沢山あった方がいいと思って」


「でもあなた達の店の場所はあまり人が来ないのよ?」


「そこは宣伝で何とか」


 まずい、彼らは結構勢いだけでやっている。というかそれは知っていたが……でもこの事態は予想外だった。


「損益分岐点は約450杯……」


「あ、あのぉぉ……何かまずいんですか?」


 私の様子を察知したのか弥富さんが語り掛けてきた。


「ええ、かなり。このままでは赤字ね」


「そんなのやってみなきゃわからないでしょ」


「はあ、そうね」


 そうだ。安城ならこう言う。


「なので、3日後、調理室で試作品を見せなさい」


 とりあえずまずは品を良くしなければならない。だから、試作品を用意して味見会をすることを伝え、その日は部室を後にした。



(なんでなんでなんでなんで! なんでこうなるの!!!)


 帰り際になってもまだ混乱していた。


(物語の大筋が変わってしまった!? それも意図せず、いや、あの時春日井君が言っていたのは私の食べる姿を見てってことで……、じゃあこの改変が起こったのはひょっとして私の影響!?)



  *


 後日、体育の授業にて。


「せいっ!!!」


 ジャンプ中に勢いよく放たれたボールがネットスレスレを超えて相手の陣地に入ったのと同時にスピードを保ったまま落ち、バァァァンという音が鳴る。


「またサービスエース!?」

「これで4連続って……」


 休憩中の男子が女子のバレーの授業をこっそり見ていた。そこでサービスエースを叩き込んでいるのが三条院美姫だった。


 この世界に来ても日課の筋トレ、特に体幹トレーニングは欠かさない。最初は筋トレをしてムキムキになってあの華奢な体が変わってしまうことを恐れたがうまいことキャラ設定はできているようでいくらタンパク質を取って筋トレを重ねても見た目は変わらずそれでいて力は増していった。


 最近になってその成果が少しずつ表れてきたのを体育の授業を通して実感したが今日はとりあえず暴れたい、そしてお腹を空かせておきたい気分だったのでいつも以上に気合が入る。


「ありがとうございました!!」


 授業終了。と、同時にあまり話さなかったクラスの子達が何やらもじもじしたと思ったら急に近づいてきた。


「ねえ、三条院さんって運動部じゃないんだよね?」

「あ、ええそうよ」

「えーー、それなのにどうしてあんなに動けるの!!??」

「そ、それはまあアレよ、日ごろの鍛錬というか」

「何それ、かっこいい!」

「ねえ、私達の部活に見学に来ない?」


 その後、一人一人に返事をするのにかなり苦労したし着替える時間がほとんどなくて焦った。

 あまり意識しないようにしていたがどうしても女子高生の体操着姿に劣情を催してしまいそうになるがそこはグッと堪える。でもさすがに最近はスキンシップが多くないか?、と思いながらもこの日は調理室に向かった。



   *



「この二つがあなた達の試作品ね」


「そうよ、1つは魚介豚骨つけ麺で麺とスープの両方が入る器も用意してあるわ。もう一つは淡麗ラーメン」


「では頂きます」


「どうぞ」


 安城と千種はそうでもないが後の2人の緊張した表情が想像できる。そして、二つの料理をそれぞれ食べ、吟味する。


 なるほど、値段設定と量についてはちょうどいいくらいだ。ただ……


「ごちそうさま」


「どうでした?」


 春日井が恐る恐る聞く。


「悪くないわ、この短い間によくここまで頑張ったわね」


「えっそれじゃあ……」


「ただ、良くもない、これじゃあ立地の不利は覆せない」


「そんな……!?」


「まずは淡麗の方なんだけどおそらく鶏ガラの血合い処理の工程が手抜きね。それをごまかすために塩分を多くして香味野菜を過剰に入れているようだけどそれが雑味につながっている。淡麗本来の良さが消えているわ。学園祭では舌が繊細な人も多く来るのにこれでは期待外れになる」


「!?」


「魚介豚骨なんだけどこれはちょっと味が薄いわ。水分に対して旨味が少なすぎる。おそらく煮干しをミキサーにかけて濾して入れていないんでしょう。それに豚骨の砕きも甘くて十分に豚骨のおいしさが抽出されていない」


 珍しく安城さんが真剣というか痛い所を突かれたような表情をした。でも、この日、この場所に来たのは別にダメ出しをするためだけではない。


「だから、明日どなたかの家にお邪魔したいんだけどいいかしら?」


「え? なんで?」


 春日井が戸惑う。


「私も一緒に調理するわ。本当は私の家が良いんだけれども本番を考えたらあなた達の誰かのキッチンの方が都合がいいでしょ」


「なるほど、まさか生徒会副会長が直々に来ださるなんてね」


「ただの気まぐれよ、それで誰の家が空いてるの?」


「あの、俺ん家なら……」



   *


 土曜日の朝、春日井の家に集まる。どうやら彼は両親が出張中で妹と二人暮らしというまさにラノベ主人公のような状況だったので「おじゃまします」と言いながらもそこまで気苦労をすることはなかった。


 そして、4人の調理を見ながら各工程を指導して、効率のいいやり方を伝えて再び2種類のラーメンが出来上がる。


「おいしい!!」


 最初に驚いたのは春日井だった。


「この魚介豚骨はまるで‟銀”と‟ミレー”のようなハーモニー」


 千種の比喩はよくわからないが好評で何よりだった。


「あぁ、もう食べ終わっちゃいました」

 

弥富さんがちょっと残念そうに言った。

 

「ここまで変わるのね」


「ほんのひと手間で大化けするのがこの料理の魅力よ、それと」


「どうしたのよ?」


「もう一品作るわ」


「ええ!?」「……」「そんなぁ」「ちょっとどういうことよ!」


「あのね、この二つは原価がちょっと高いの。それはスープ故のものなんだけどお客さんによっては麺の量を気にすることがあるわ」


「確かに、値段に対して満足感はちょっと疑問だったけど……、大盛にしたところで結局同じことなんじゃ」


「だからもう一品、油そばを追加します」


「油そば!?」


「ええ、チャーシューの煮汁はこちらかしら」


 材料を確認して皆に様子を見せながら手際よく、カエシと各調味料を器に入れて面を投入、最後に酢とラー油を垂らして皆に振舞う。


「あれ、おいしい!」


「あの材料なのにこれは……」


 4人が各々に口にして感想が出る。


 持参の調味料を持ってきてオリジナルブレンドで味付け、廃棄に近いはずの背油も利用した自信作だったのでその感想に満足した。


「それにしてもまさか三条院さんがこういうものを作ることができるなんて」


「え?」


「いや、お嬢様だと思っていたからギャップがね」


 しまった。ラーメン好きが功を奏して自作にはまっていたので当たり前だと思っていたが確かにキャラがぶれてしまうかもしれない。


「凄い素敵な特技だよ」


「ほ、ほほほ。私にかかればこんなこと朝飯前ですわ」


 咄嗟の事でちょっと無理のある口調になってしまったがなんとか乗り切ることができたようだ。


「それにしてもなんで油そばなわけ? やっぱり原価の関係?」


 安城さんの質問ももっともだった。


「確かにスープを使わない分、麺の量を多くして満足感を与えることができるけどそれだけじゃないの。作る時間が短いからあなた達4人、いえ、5人でも事前に材料をそろえておけばすぐに提供できるわ。これは回転率につながるし他の材料に対して麺の発注数が多すぎるのでその対策ね」


「そんなことまで俺達の事を……」


「ま、まあ勘違いしないことね! 私も首を突っ込んだ以上最低限のサポートはさせていただきます」



 そして、文化祭の予定をもう一度みんなでチェックしてこれなら大丈夫だろうという結論が出たのでその日は先に変えることにした。


「じゃあ後はあなた達で何とかしてね、お邪魔したわ」


「あ、あの三条院さん!」


「何かしら」


「いや、今日は本当にありがとう。ここまでしてくれて」


「だからそれはいいのよ。それよりも当日頑張りなさい」


 そう言って4人の前から姿を消す。ここからはあなた達の戦いなんだか、と思いながら。



  *



 文化祭二日目。前日の売り上げを確認した。


「昨日は120杯ね……確かに立地を考えたら大健闘だけれども」


「これじゃあ、まずいよね」


「ええ、本当に。まあとりあえずもうすぐ開門するから準備に取り掛かりなさい。それと、」


「ん?」


「それぞれの(小)を注文するわ。私、朝食べてないのよ」


「!? えっと、ありがとうございます!!!」


 さあどうしたものかと思いながら注文したラーメンをプレートに乗せて少し離れたベンチに座って食べながら考えた。


「あ、三条院さん、おはようございます」


「あら、おはよう。これから店の準備?」


「いえ、私達は当番ではないので」


 クラスの子達だ。最近、話すようになってきたが学際の日に朝からこうやって話すのも新鮮だった。


「あの、三条院さんが食べてるのって」


「ああ、これ? あそこのラーメン屋さんで頂いたの」


「あの部活って確か……」


 まああまり学校内では良い評判ではないかもしれないということは分かっていたがやはりこういうのも売り上げにつながっているんだろうなぁって少し思ってしまった。


「生徒会として指導した部活ですからね。私も味見をしているの、どう少し食べてみる?」


「良いんですか!? その三条院さんのものを……」


「? ええ、まあそれくらいなら」


 箸の逆側を使って少しだけ彼女達にも味見をしてもらう。感想を訊きたかったからだ。


「んーーー!」

「おいしいね!」

「ちょっと意外かも」


 良かった。どうやら味はやはり問題ないみたいだ。


「三条院さんもこの味が好きなの?」


「まあそれもそうだけどそもそも私もレシピに関わったので好みの味になっていると言えばそうなるわね」


「え!? ってことは三条院さんのプロデュースってことですか!?」


「ん、まあそうなるようなならないような……」


 3人が顔を見合わせてごちそうさまでした、ありがとうございますと言いながらあの店に向かって行った。


 どうやら気に入ってくれたみたいだ、と少し安心した。ただ、やはりどうするものか、と悩みは続く。だから食べるのもゆっくりになってしまったのでようやくプレートを返そうと思った時には結構な時間が経ってた。


「そろそろ行きますか」


 ベンチを離れ、カップと箸を特設のごみ箱に捨て、プレートを返そうとあの人達の店に行ったら、


「な、な、な……」


 昨日までは想像ができなかった行列ができていた。え、なんで? と思いながらプレートを静かに返そうとすると、春日井君が少しだけ持ち場を離れて近づいてきた。


「三条院さん、本当にありがとう。宣伝してくれたんだね!」


「え? え?」


「いや、なんか三条院さんがおいしいって言っていたとかで口コミが広がったみたいで」


 そんな!? 予想外だった。学内SNSをふと見てみるとこの話題がちょくちょく出ている。口コミ恐るべし。


「本当はもっとお礼が言いたいけれどもお客さんを待たせちゃうからこれで! 本当にありがとう!!」


「え、ええ。頑張りなさい」



  *


「ええ、今日の売り上げは……」


 文化祭の終わり。安城さんが珍しく上機嫌だった。


「620杯!! とんでもない数字よ!!」


 部員の拍手が沸き上がる。ただ、こっちは喜びというよりも安堵に近かった。そして、見慣れない少女もそこにはいる。


「副会長……」


 テンションが低く口数が少ないのが見た目からわかるこの低血圧残念ガールは長久手ながくて奈子なこ。この部活の幽霊部員だった。こういったイベントには参加しないと思っていたので予想外だった。


「ありがとう」


 そうぽつりと言った。お礼を言われるのもこれまた予想外だった。ただ、それを皮切りに彼らからも特徴的な労いの言葉を掛けられる。


「いや、これはあなた達の頑張りです」、と無難なことを言ってこの場所をとりあえず離れた。これから会長に報告するためだ。それに実際に彼らの頑張りの成果だろう。私はこの日はほとんど生徒会としての責務を全うしていた。



   *


「会長、報告です」


「ああ、三条院君! 君はやればできると思っていたよ」


「は、はあ」


 どうやら言わなくても大丈夫のようだ。


「あの油そばは美味しかった。それに君が作ったんだって?」


 この人も食べたのか……


「いえ、作ったというよりはレシピを伝えただけで」


「そうかそうか、それは素晴らしい。それで今度ぜひ僕にも作って……」


「えっ、ちょっとごめんなさい! まだ用事がありますので」


「ああ、そんな……」


 手を握られそうになったので一目散に部屋を出た。おいおい、あの人は安城さんだろ? なに他の女子に近づこうとしてんだよ!


 移動中、またもや春日井に出会った。



「三条院さん!」


「あら、春日井君。お疲れ様」


「あ、えっとなんていったら良いか、多分、あなたは大丈夫って言うかもしれないけれど改めて本当にありがとう」


「ふふふ、大丈夫よ、って!?」


 何!? ちょっと顔赤らめて……、いやあんた鈍感系でしょ!?


「じゃ、じゃあ私はこれから書類を作るから、後片付けはちゃんとするのよ!!!」


 そう言ってここでも振り切る。


「副会長お疲れ様です」


 こう言いながらお茶を差し出すのは生徒会の会計、同学年の女子だった。


「ああ、あなたもお疲れ。集計は来週までで大丈夫ですので」


「はい、わかりました。それと……」


(何で隣に座るの? こういうのって向かい合って作業するべきじゃない? しかも近い!?)


「副会長って前は少し冷たいというか怖いと思っていました」


 まあそりゃそうだろう。実際に彼女の認識は合ってる。


「でもそうじゃないってことに気づいたんです」


 そう言いながら私の膝の上に手を乗せて顔を近づけてくる。え!? 何、確かにこの子って原作では恋愛描写とかないからどういうキャラかわからなかったけれど……


「ご、ごめんなさい。ちょっと風に当たってくるわ」



  *


「へーこんな景色だったんだ」


 大学生編で登場する卒業生の一人、そして原作で総理大臣をしていた人が屋上に出る通路のトリビアを披露していたがその通りに進むと見事に屋上に出ることができた。


 ここには誰もいない。正門は西洋風の作りになっていてちょっとしたお城の庭園のようだ。目の前には綺麗な夕日が広がり、逆方向は星が少しずつ見えてきた。こんな素晴らしい景色を堪能できるなんて原作を読んでいて良かった、と思ったりもする。


 予想外の連続だったがなんとかうまくいった。文化祭編は無事に終わることができた。でもまだまだこれからだ。

 多くの試練が待ち受けているのを知っている。だから俺が、いや、私が彼女を救う。


『ふふふ、頼もしいわね』


 バッと振り返るが誰もいない。あれ、幻聴か? と思ったがどうやらここしばらく落ち着かなかったので知らぬ間に疲れがたまっていたんだろう。


 陽が完全に落ちかける。


 これからもこういったことが起こるかもしれない。

 でも必ず彼女、三条院美姫も、そして皆も不幸にしないように立ち回ろう。今日出会った人の顔を見てそう思った。


 これからは二人三脚、いや二脚で「僕残」の推しキャラ悪役お嬢様を全力でプロデュースするんだ、そう誓い屋上を後にした。

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