モブキャラの俺に「前世から好きだった」と美少女が告白してきて
俺の名前は小林晃、普通科の高校に通う十六歳。
父、母、年の離れた妹弟の五人家族の長男。
成績普通、運動神経普通、身長体重平均で容姿平凡などこにでもいるありふれた男子高校生だ。
ただ一つ特別なことがあるとすれば、それは三条直哉という男と中学からの友人であるということだろう。
この三条直哉という男はとにかくすごい男なのだ。
そのすごさをここで少し語らせて欲しい。
まず三条は頭がいい、さほど勉強をしなくてもさらっと教科書を見て簡単に学年トップをとってしまう天才だ。
そのうえ運動神経までいい。勉強はできるけど運動はちょっとなんてことはまったくなく、だいたいのことは難なくこなす。
おまけに背も高くて、極めつけに顔までいいというパーフェクトな男なのだ。
アニメや漫画なら確実に主人公である。
俺はそんな三条を心の中で『主人公』と呼んだりしている。
そんな『主人公』である三条と、どう見ても『モブキャラ』な俺が親しくなったのは中2の時である。
出会いは運命的なもので――――なんてことはまったくない。ただ単に席が前と後ろだっただけのことだ。 『こ』の小林の次が『さ』の三条だったのだ。
それでなんとなく話すようになって、話してみると好きなマンガやゲームが一緒だったりして気も合い仲良くなっていった。
その後、三年に進級してからも一緒、さすがに学力に差があるから高校は違うだろうと思っていたが……「家から近いから」と三条が俺の選んだ普通高校に入ったことで、高校も同じとなりおまけにクラスも同じだった。すごい縁である。
そうして高校でも三条といつもつるんでいるため、平凡で目立たない俺もちょっとした有名人になっていた。その名も『三条君の友だち』だ。
美形で頭もよく運動もできるという学校中、いや近隣の学校にまで名の知れた三条直哉。
その友人として俺の顔もそこそこ知られるようになったのだ。
まぁ、でも俺の顔は集団に埋没するので、基本的に三条が横にいなければ見つかることは少ない。なので、俺の人生で一番目立っているこの状況も今だけのものだと気軽に楽しんでいる。
ただ少しだけ大変なのは、俺に三条へのアプローチ(手紙や贈り物)を頼んでくる女子が多いことだ。
基本的に三条と一緒にいなければ気付かれない顔と言っても、さすがにクラスメイトや同学年の女子は接する機会も多いために俺の顔を認識しているものも多く、そういった女子に色々と頼まれるのだ。
『面倒なら断ればいい』と三条はあっさり言うが、なんというか元々、頼まれごとを断るのが苦手なこと。
それに『どうしても恥ずかしくて』と必死に頼んでくる女の子たちの様子がなんとも健気で、つい引き受けてしまっている。
その結果、三条含めて友人たちに『お人好しすぎる』『いいようにつかわれているんだ』と言われてはいるが……まぁ、これも今だけの行事と思って、こまごまとこなしている。
そして本日もまた、そういった三条へアプロ―チしたいけど恥ずかしくて、という女の子に放課後の校舎裏に呼び出された。
『またかよ。律儀にいかなくてもいいじゃん』などという友人たちを後にして、俺は校舎裏へと向かった。
告白スポットとしてよく使われている校舎裏だが、本日、使用者はいないようだった。
頼んできた女子もまだいないようだ。と言っても今回は『大事な話があるので校舎裏にきてください』と書かれている手紙をもらっただけなので、相手の顔はわからないのだが。
ただ書かれていた文字は丁寧できちんとしていたので、おそらくちゃんとした子なのだろうなという気がした。
今日はなんなんだろう。三条への贈り物だろうか、それとも三条の連絡先が知りたいとかだろうか。後者だと三条への確認が必要になるからな。そんなことを考えていると。
「……あの」
近くで声が聞こえた。色々と考えていて人が来たのに気が付かなかった。
呼び出しの相手だろうかと、慌ててそちらに視線をむけると、そこには―――すごい美少女が立っていた。
大きな瞳に整った目鼻立ち、肩までの髪はサラサラ、芸能人かと思うほどに美しい女の子。そのあまりの美しさに思わずボーっと見とれてしまったが、
「あ、あの、その……」
そう少女が俺を見て声をあげたことで、はっと正気に戻った。
「え~と、手紙をくれた人ですか?」
俺に声をかけてきたし、時間的にもぴったりだったので恐らくそうなのであろうと思い確認すると少女は、
「は、はい、そうです。二年三組の如月遥です」
と学年、クラスと名前をなのった。それは確かに手紙に書かれていた名前だった。やっぱりそうだった。
そしてその顔を改めて見て俺は思い出した。
この『如月遥』さんって三条と同じくらい有名人だった!
『同じ学年に芸能人みたいな美少女がいる』ってクラスメイトたちが騒いでて、俺もちらっと遠目に見たことがあった。
そして遠目で見ても綺麗ですごいな~と思ったのだった。ただ名前までは記憶していなかったので、手紙では気付けなかったのだ。
いや~、近くで見るとさらに綺麗だな~、これは皆も騒ぐわけだよ。
だけど、これだけの美少女なら『お前らとつるんでいるほうが楽しいから』なんて言って、引く手あまたなのに一向に彼女を作らない三条もクラリといってしまう気がする。
二人が付き合いだしたら、イケメンと美少女ですごくお似合いだろう。かなりの目の保養になりそうだ。
さて、それでこの如月さんは何を頼みたいのだろう。
「それで話っていうのは?」
恥ずかしいのだろう、もじもじとする如月さんに俺から声をかける。ちなみに同級生だとわかったので敬語はなしにした。
「あ、その、あの……」
如月さんは顔を真っ赤にして俯きがちに口を開くが、なかなか言葉がでてこないようだ。
何も三条本人を前にしている訳でもあるまいし、そんなに緊張しなくてもいいと思うのだが、かなりの恥ずかしがりやなのだろう。
俺は如月さんが話せるまでのんびり待った。少ししてどうやらやっと決意が固まったらしく、如月さんが声をあげた。
「あの、す、好きです。その、もし彼女がいなければ私と付き合ってください」
真っ赤な顔と潤んだ瞳で必死な声で告白をしてきた如月さん。
その愛らしさに思わず『はい。喜んで』と返事をしそうになったが……いや、これ俺が返事したら駄目なやつだった。
俺は軽く咳をして正気を保ちながら、如月さんに尋ねた。
「え~と、そう伝えればいいの?」
こうした告白を頼まれるのは初めてではない。三条に伝えて、その後の返事は三条本人にお願いしている。
だから今までと同じようにそう聞いたのだ。
そうすると、女の子は恥ずかしそうにこくりと頷くのが主だったのだが……如月さんはなぜかきょとんとした顔をした。
「え、伝えるって誰に?」
目をぱちくりして首をかしげる彼女に、俺も思わず同じように首をかしげる。
「え、俺の友達に気持ちを伝えて欲しくて、俺を呼んだんだよね?」
そう確認すると、如月さんは驚いた顔で首をぶんぶんと横に振った。
「え、違うよ!」
「え、じゃあ、さっきの告白は一体誰に伝えればいいの?」
てっきりいつも通り三条への頼まれごとだと思ってたけど、実は違う奴へだったのかとそう尋ねると、大きな目が俺をまっすぐに見つめてきた。
「もう本人に伝えたよ! 私が好きなのは小林晃くんだよ!」
真っ赤な顔で少し怒ったように如月さんはそう言った。
あ、そうか。如月さんが好きなのは小林晃か…………って俺!?
「え、俺!? 人違いでは!」
あまりに信じられない出来事にそう返すと、如月さんの眉がきゅっと寄った。
「違わない! 目の前にいるあなた!」
そう言った如月さんの瞳がさらに潤んで、涙があふれそうになっていた。
突然の美少女からの告白、そしてそこからの涙に、俺は凄まじく混乱して……。
「如月さん、落ち着いて!」
とその小さく震える肩に手を置いた。すると、如月さんがビクッと大きく震えた。
そこで、俺はハッとなった。
しまった!ついいつも弟たちをなだめる時にやってることをしてしまった。これはいきなり女子にすることではなかった……。
「……ご、ごめん」
そう言って俺はすぐにその肩から手を離したが、
「……同じだ」
如月さんがそう言って、なぜかさらにポロポロと泣き出してしまった。
な、なんでだ~~!?
「ど、どうしたの? 大丈夫?」
慌ててそう聞くと、如月さんはポロポロと泣きながら言った。
「だいじょうぶ……その昔と同じで嬉しくて……」
「え、昔と同じ? え~と、前にどっかで会ったことがあったっけ?」
と聞いては見たものの、こんな美少女と会っていたら忘れないと思うので、おそらく今日が初めましてのはずなのだが。
しかし、そんな俺の疑問に対して如月さんはとんでもない言葉を返してきたのだ。
「……生まれる前に、その前世で」
「……ぜんせい……」
え、なんだっけ、ぜんせいって? あのお汁粉に入っているおもちだっけ?
いや、ちがうそれは『ぜんざい』だ。ぜんせい、漢字は『前世』でいいのか?
『前世』それは今世に産まれる前の生。
「……あなたのことが前世からずっと好きだったんです」
目を見張るような美少女がそれは愛らしい顔で俺を見ながらそう言った。
俺の人生で初めてされて告白、それは学校でも有名な美少女から『前世から好きだったんです』というとんでもないものだった。
ここで「前世ってなんだ!」とか突っ込むべきだったのかもしれないが……完全にキャパオーバーになってしまった俺の頭はショートし、
「えっと、そのお友達から」
なぜか俺はそんな答えを返していた。
如月さんは「嬉しい」とまたボロボロと泣いてしまった。
泣き止んだ如月さんを見送り、そのまますぐに家に帰った。
弟と妹の喧嘩の仲裁をして、母の家事を手伝って、飯を食べて風呂に入り、ベッドに入った。
いつもと変わらない日常だ。
こうして過ごしていると今日の放課後の出来事はもしかしたら夢だったのではないかと思えてきた。
だってあまりにも非現実過ぎた。学校でもトップクラスの美少女が、主人公の友人でしかないモブキャラに告白してくる。
しかもそれが『前世から好きだった』ときたもんだ。
う~ん、こうして改めて考えても現実感がないな。やっぱり夢でも見たのかも……。
今日、最後の授業は俺が特に眠くなる化学だったからな。
そこで寝てしまって変な夢でも見たのかもしれない。そう考えると、なんだかとても辻褄が合う気がした。
やっぱり夢だったのか。そうだよな、あんな美少女が俺になんてある訳ないよな。
そう納得して俺は眠りに落ちた。
朝を迎え、俺はいつも通り登校し、いつも通りの日常を送っていたのだが……。
昼休みを迎え……昨日の出来事が夢でなかったことが判明した。
「あの、よかったら一緒にお弁当を食べませんか」
そう言って、少し緊張した様子の如月さんが俺を誘ってきたのだ。
ゆ、ゆめではなかったのか!?
俺は驚きに固まったが……俺以上に周りの友人たちの反応がすごかった。
「え、なんで、なんで」「どうして如月さんが」「どういう関係だ」と大騒ぎだ。
あまりの騒ぎに俺は、如月さんを連れてこの時間、他に人がこないであろう特別教室へと逃げ出した。
「ここの特別教室って休み時間にも入れたんだ」
特別教室に着くと如月さんがそう呟いた。
「いや、本当は駄目みたいだけど、特に先生も、まわってこないからこっそり使わせてもらってるんだ。バレンタインとか友達が追いかけられて大変な時とかに」
俺がそう説明すると、如月さんは「そうなんだ」と感心した様な顔をした。
そして、そこからなんとも言えない沈黙が訪れた。
今の状況が飲み込み切れていない俺と、そして昨日と同じく赤い顔でうつむいている如月さん……なんとも言えない空気が流れていた。
そうして数分くらいして、ようやく如月さんが口を開いた。
「あ、あの、お弁当、その、作ってきたんでよかったら」
真っ赤な顔でそう言ってお弁当箱を差し出してくれたその手には、たくさん絆創膏がはってあった。
俺はありがたくそのお弁当をもらった。
可愛い花柄の包みを開けると中には、猫のキャラクターのこれまた可愛らしい弁当箱が入っていた。
弁当箱と自分のミスマッチ具合に内心で苦笑しつつ、蓋を開けると、唐揚げに卵焼きにタコのウインナーなど色とりどりのおかずが詰められていた。
「おお、美味そう」
思わずそう呟くと、如月さんが嬉しそうにはにかんだ。その愛らしい顔に見惚れながらも、
「いただきます」
と唐揚げを口に運ぶと……甘かった。唐揚げは砂糖味だった。
これはもしかして、マンガでよくある砂糖と塩を間違ったパターンだろうか。
ちなみに次に食べたウインナーも砂糖味だった。
いや、でも卵焼きは砂糖でも美味しいはずと卵焼きに口に運ぶと……味がなかった。
正確には卵そのものの味がした。どうやら調味料をいれていないらしい。
如月さんの手作り弁当は、見た目は完ぺきだが、味は複雑だった。
しかし俺の食べる様子を、固唾を飲んで窺う如月さんにそれを指摘するのは忍びなくて、
「美味しい」
と複雑な味の弁当を完食した。
しかし、その後ようやく自分の弁当に口を付けた如月さんが「え、いや~~~~!」と絶叫した。
どうやら如月さんのお弁当も砂糖と塩の間違えがあったらしい。
如月さんは真っ赤な顔をして涙目で必死に謝ってきた。
「その、実は普段はあんまり料理とかしなくて、砂糖と塩の入れ物が同じので、間違っちゃったみたいで、ひどいもの食べさせてごめんない」
「いや、大丈夫だよ。ちょっと変わった味だったけど、そこまでひどくなかったから」
俺は今にも泣き出しそうな如月さんを必死に慰めた。
「また明日、明日はちゃんと作ってくるからリベンジさせて!」
しばらくして少し回復したらしい如月さんはまだ涙が浮かんだ目でそう言ってきた。
「え、あ、はい」
俺はそう返事をして翌日も如月さんと昼を食べることになった。
よほど恥ずかしかったのか、昼休みはまだあったが、如月さんは二つのお弁当箱を抱えて逃げるように教室へ帰っていった。
すごい美少女でまるで別世界の人みたいに感じていた如月さんのそんな様子に俺は、彼女を少し身近に感じるようになった。
ちなみに教室に戻ってからの俺はと言えば……とにかく友人たちに質問攻めにされた。
そして彼らのあまりに必死な様子に誤魔化すに誤魔化せず、如月さんに告白されたことを(前世云々はさすがに話さなかったが)告げると、
「あ~、やっぱりか」「なんかそんな気がした」「ああ、羨ましい」と言うような反応が返ってきた。
本来、「嘘だろう」とか「騙されてないか」とか返ってきてもよさそうなものだと思っていたので、予想外のその反応に驚いていると三条が、
「まぁ、彼女のあの必死で真っ赤な顔を見ればだいたいな。それにお前はモテるからな」
などと言ってきた。
前半はともかく後半は意味が分からず、
「何言ってるんだ。モテるはお前だろう。かっこいいしいいやつだし」
そう返すと、三条はなんとも言えない顔になり、
「お前、そういうとこだからな」
と言って俺の頭をぐしゃぐしゃにしてきた。やはり意味がわからなかった。
翌日、如月さんは宣言どおりにリベンジ弁当を持参してやってきた。
友人たちは昨日ほど騒ぐことなく俺を送り出してくれたが、やはり如月さんの人気がすごいため周りが騒がしいので、また例の特別教室に逃げ込む。
「はい。今日はしっかり味見してきてるので」
そう言って緊張した面持ちで差し出された弁当は―――とても美味しかった。
「すごく美味いよ」
そう言うと如月さんは、それは嬉しそうに笑った。
昨日は弁当の件で、早々に教室に戻ってしまった如月さんだったが、今日は弁当を食べた後にも少し話をした。といっても、やたら緊張した面持ちの如月さんに俺が当たり障りのない話をふるだけだったのだが。
今日の授業や天気のことなんかをしゃべって今日はお開きとなった。
そして最後に如月さんは、
「また、明日もお昼に誘っていいですか?」
と頬を染めて聞いてきた。
「ど、どうぞ」
そう返すと、如月さんはまた嬉しそうに笑った。
その笑顔に俺の顔は熱くなった。
その後、俺と如月さんの昼の弁当タイムは恒例となった。
最初こそ騒いでいた友人たちも一週間近く続くと慣れてきて、さらっと送り出してくれるようになっていた。
また初めこそひどく緊張していた様子の如月さんもさすがに慣れてきて、話もそれなりに弾むようになってきた。というのも如月さんが意外なことに俺が読むマンガを読んでいたり、ゲームを知っていたりして話が弾んだためだ。
「如月さんが少年マンガやゲームを知ってるって意外だったな」
「兄がいるから、その影響で少年マンガも読むし、ゲームもするんだ」
「へぇー、兄ちゃんがいるんだ。いくつ違いなの?」
「4つ違いで、今は大学生なんだけど、すごく過保護なの」
如月さんがそう言って頬を少し膨らませた。
黙っていると美人すぎて少し取っつきにくい雰囲気のある如月さんだが、実は表情が豊かで明るい女の子だ。
とくにそのくるくる変わる表情がすごく可愛らしくて、ドギマギしてしまう。
話してみると、如月さんはすごい美人だというだけでなく、明るくて可愛らしくて、おまけにすごくいい子だ。
こんな素敵な子に好意を向けられて好きにならないはずがない。
この昼の弁当タイムで、俺はすっかり如月遥という女の子を好きになってしまっていた。
しかし、あの告白の返事はまだしていない。いや、できていないと言った方が正しい。
如月さんの気持ちを疑っている訳ではない。
彼女はだいぶ感情が顔に出てしまうので、気持ちは伝わってきている。
ただ、なんと言いだしていいのかわからないのだ。
なにせ俺はこの十六年間、恋愛とは無縁で生きてきて、告白などというものも初めてされた。
どのタイミングで「あの時の告白の返事だけど」と自然に言い出せばいいのかわからないのだ。
それに気になっていることもある。
あの時、如月さんが言った「前世から好きだった」という言葉。
よく考えれば考えるほど意味がわからない言葉だけど、あれ以来、如月さんもそのことは言わない。あれはどういうことだったのか。
如月さん流の冗談か何かだったのだろうか。
「休みの日にどこで誰に会うのか知らせていけとか言うのよ」
如月さんはリスが餌をためたようなふっくり頬になりながら、兄の愚痴を言う。
「妹が心配で仕方ないんだろうな。俺も妹がいるからな気持ちはわからなくもないよ」
そう如月兄の気持ちもわかると言うと、
「小林くん妹さんがいるの?」
とそちらの方へ食いつかれたので年の離れた弟と妹がいることを話すと、如月さんは、
「ふふふ、やっぱり小林君ってすごくお兄ちゃんって感じだもの」
と楽しそうに笑った。
本当に表情がコロコロ変わって可愛らしい。
「……かわいい」
「えっ?」
やばい、声にでてしまっていた。これは恥ずかしい。なんとか誤魔化さなくては!
「あ、いや、その、如月さんは美人だし、外で変な男に絡まれないか、お兄さんは特に心配なんだろうなって」
と思わず再び如月兄の話題に戻してしまった。
だが話題としては先ほどまで話していたものだし問題ないだろうと思ったのだけど……。
なぜか如月さんは固まってしまった。しかも、その顔色は暗い。
「ど、どうしたの、何か……」
そう聞きかけた俺とほぼ同時に如月さんは、
「……やっぱり、私って変な男に絡まれそうに見える?」
そんなことを言ってきた。
え! なんでそんな質問に、いや俺が言ったからか、いやでもそれは、
「いや、それはものの例えで別にそんなに深い意味はないよ」
と言うと、如月さんはとてもほっとした表情になった。
俺は如月さんの触れてほしくない所に触れてしまったようだ。
「その、ごめん」
そう謝ると、如月さんはびっくりした顔をして首を横に振った。
「ううん。私の方がごめんね。過剰に反応しちゃって……その昔からちょっと変な男の人に絡まれることが多くて」
如月さんは切なそうな顔をして、
「子どもの頃から、色々あって男の人も父や兄以外は苦手なの」
さらにそう続けた。
「……そうなんだ」
これだけ綺麗だからな。色々とあったんだろう。
それは男が苦手にもなるよな……ん、あれ?
「その、如月さん、俺は、俺は大丈夫なの?」
思わずそう口に出すと、如月さんはきょとんとした顔をした。
どうやらよくわかっていないようだ。俺は頭を掻きつつ、さらに続けた。
「え~と、俺も男なんだけど、大丈夫なのかなと思って……」
そう言うと、如月さんははっとして口を開いた。
「あの、小林くんのことは苦手に感じたことなくて、初めてあった時から大丈夫で!」
如月さんは赤い顔で慌てたようにそうしゃべり出した。
しかし、初めて会った時とはあの告白の日のことだろうか。そんなことを考える俺に如月さんはさらに続ける。
「その、ローランド様の時もそうだったの。初めから好感が持てて」
「え、ローランドって誰? 外国人?」
一気にしゃべっていた如月さんの言葉に謎の人名が出てきて思わず、聞き返すと如月さんはまた慌てて、
「あ、ローランド様っていうのは小林くんの前世で……」
とまでしゃべった所ではっと固まった。
そして、あからさまにしまったという顔をして、おそるおそる俺の顔を見てきた。
俺はたぶんものすごく間抜けな顔をしていたと思う。
だっていきなり俺の前世って言われてもポカーンとするほかない。
だが、この話はずっと気になっていたことでもある。なぜならあの最初の告白の時にも出てきた話だったから。
「あの、如月さん。校舎裏で初めて会った時にも言ってたけど、その前世っていうのは一体?」
俺が勇気を出してそう尋ねると、如月さんは真っ赤になり俯いて、
「その、変な嘘をつく奴だと思うかもしれないけど……」
そんな風に言ったので、俺は素直な今の思いを口にした。
「初めて会った時だとわからないけど、今は如月さんが変な嘘をいうような人じゃないってわかってるから大丈夫だよ」
如月さんは潤んだ目で俺を見つめて、そして口を開いた。
「本当に可笑しな話だっていうのは私もわかっているの。でも、どうしてもそうとしか思えなくて」
そう言って如月さんは話し始めた。
如月さんは少し前から、不思議な夢をみるようになったそうだ。
昔のヨーロッパのお城のような場所で彼女はジェシカと言う名の侍女として働き、一人の男性に仕えている。
その人はローランドという名のその国の王子で、優しく誰にでも親切で、民にもとても好かれている。
侍女でしかないジェシカにもまるで友のように接してくれる。そんなローランドにジェシカはずっと思いを寄せていた。
しかし相手は王子で自分はただの侍女、身分制度のあるその国では結ばれることなど叶うはずもない。
それでもジェシカはずっとローランドを思った。戦になれば自らも剣を取りついて行くほどに彼を慕った。
そして戦でローランドが命を落とした後、ジェシカもまた戦で命を落とした。
そんな夢をずっと毎日、見続けたのだそうだ。
「それでなんでと言われると説明できないんだけど、ああ、これが私の前世の記憶なんだってストンとわかって……」
如月さん自身も色々と考えたのだろう彼女は眉に皺を寄せてそう語った。
ただの夢か、それとも彼女の言う通り本当に前世の記憶なのか、それは俺にはなんとも判断できないが、つまりこの話からすると、
「つまり、俺はその夢で如月さんが思いを寄せていたローランドという王子だというわけ?」
そう尋ねると、如月さんは大きく頷いた。
「そうなの。そのこともなんというかストンとわかって、ああ、小林くんはローランド様の生まれ変わりなんだって」
うん、どうやらそれで正解らしい。しかしそうなると……。
「その、ローランド様っていうのはそんなに素敵な人だったの?」
俺がそう尋ねると、如月さんは先ほどと同じく大きく頷いて、
「うん、すごくすごく素敵な人なの! 優しくてかっこよくて、気配り上手で――」
そう言って勢いよくローランド様のことを語り始めた。
頬は赤く染まり、瞳はキラキラと輝いている。如月さんは本当にそのローランドという人物が好きなようだ。
キラキラした瞳で嬉しそうに話しをする如月さんとは対照的に俺の心は冷えていった。
ずっと不思議だったんだ。
なんで如月さんが話したこともない俺に告白してきたのか。
これが三条ならわかる。だってあいつはイケメンでなんでもパーフェクトなヒーローだから。
でも俺は違う、三条とつるんでいることが多いから「三条くんの友人」として顔は知れているが……女の子が一目ぼれしてしまうようなイケメンでもなければ、頭がいい訳でも運動が特別できる訳でもない。
どこにでもいる普通の男子、これがマンガならモブキャラだ。
そんなモブキャラに学校でもトップクラスの美少女が突然、告白してくるなんて普通に考えてありえないことだ。
でも、今、その疑問が解けた気がする。
おそらく如月さんはその夢で見たローランドなる人物にすっかり心を奪われて、それで真偽は定かではないがその生まれ変わりと信じる俺にその人を重ねているのだ。
如月さんが潤んだ瞳を向け好意を向けているのは、俺ではなくローランドという人物なんだ。
よくわからない夢の中の男を重ねられていたとしても、こんな美少女に好かれているならばそれでよしとしてしまおう。
そんな風に思えればよかったのかもしれない。
でも、あいにく俺はそんな風に思うことができなかった。
自分でない誰かを重ねられて好きだと言われても、一緒にいることはできない。
だってそれは俺ではないから、一緒に過ごせばその人との違いに気付いて失われる気持ちなのだから。
そしてそうなった時、真面目な彼女はきっと傷ついてしまうから。
だから俺は口を開いた。言わなくてはいけないと思ったから。
「如月さん」
名前を呼ぶと如月さんは「なに?」といつものキラキラした瞳を俺に向けてきた。
先ほどまではこの目が俺を見ていると思っていた。でもこの目に映っているのは違う人物だった。
俺は如月さんの瞳をしっかり見つめて告げた。
「俺は如月さんのローランド様ではないよ。優秀でもかっこよくもないただの男子高校生で王子様なんかじゃないよ」
そう言うと、如月さんははっとした表情をして固まった。
「如月さん、もう夢の、いや前世の人は忘れてちゃんと今の周りを見てみたほうがいいよ。如月さんならきっと素敵な人に出会えるよ」
「……」
如月さんの瞳が大きく揺れた。彼女から言葉はでてこない。
そうしているうちに昼休み終了のチャイムがなった。
俺はなんだかいたたまれなくなって「それじゃあ、先にいくね」と初めて如月さんを一人残して特別教室を出た。
如月さんは追ってこなかった。
教室に着くとそのまま自分の席に座った。
普通にしていたつもりだけど、やっぱり様子がおかしいと気付かれたのか、三条が心配そうな視線で『どうかしたか?』と聞いてきた。
気遣いも完ぺきなイケメンだ。俺が女だったらやばかったな。
「お前は本当にいい男だな」
そう三条に返すと「はっ!?」と怪訝な顔をされたが、それ以上は突っ込んで聞いてくることはなく、ただ黙って俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でて去っていった。
本当にイケメン過ぎる。
席に座って他の生徒たちがワラワラと戻ってくる様子をボーと眺める。
胸が締め付けられるように痛い。なんだか涙が出てきそうで上を向く。
ああ、俺は思っていたよりずっと、如月さんのことを好きになっていたんだな。
もう明日からは一緒にお昼食べられないのか……。
午後の授業にはまったく身が入らなかった。
翌日、昼休みが近づくと少しソワソワしてしまったが、もう如月さんくることはないだろうと自分に言い聞かせ、なんとか気持ちを落ち着かせていたのだが……。
「お、お昼食べましょう」
如月さんは昨日と同じように教室にやってきた。ただの顔色が少し悪く緊張しているように見えた。よく見ると手も少し震えていた。
俺は今日も如月さんと特別教室へと向かった。
教室に着いて二人きりになると如月さんが口を開いた。
「あ、あのね、昨日の話なんだけど……」
「うん」
如月さんの声は少し震えていた。
「その最初はよく意味がわからなくて……その、一晩、考えたの」
ああ、それで少し顔色が悪いのか。なんだか悩ませてしまって申し訳ないことをしたな。
でも、考えてちゃんと気付いてくれたのなら、嬉しい。今日はもうこれで最後にしようという話だろうか。如月さんは真面目だからな。
「それでちゃんと話してなかったことに気付いたの」
ん、なんか思っていた話と違うのか?
「あの、私、……その、ローランド様の方が後なの」
「へぇ?」
いや、まったく意味がわからない。如月さんは何を言っているんだ。
きょとんとする俺に如月さんが伝わっていないことに気付いたのか、さらに続ける。
「その、ローランド様、前世のことを思い出したのは、その小林くんを好きになってからで、だからローランド様を小林くんに重ねていた訳ではなくて、むしろ逆でローランド様が小林くんと似てて好きというかなんというか」
そう真っ赤な顔でしどろもどろになりながらも必死に語る如月さん。
え~と、つまりどういうことだ。
「そのつまりは……?」
そう尋ねると、
「私が好きなのはローランド様でなく、小林くんということです」
きっぱりと言われた。
「あ、はい」
あまりの予想外の展開に、思わずそう返事をすると。
如月さんはわかってもらったとほっとした顔をしたが……。
「いや、でも如月さん、そもそも俺たちあの校舎裏の呼びだしまで会ったこともしゃべったこともなかったよね?」
それでなんで好きになってもらえたんだ?
繰り返すが俺は一目ぼれされるようなイケメンではないのだ。
「う~ん。あのね、小林くんは覚えてないかもしれないんだけど……私、前に廊下で荷物をひっくり返しちゃったことがあったの。荷物がバラバラに広がっちゃって、丁度チャイムも鳴って休み時間も終わりそうな時だったから、皆、迷惑そうに通り過ぎるばかりで私は恥ずかしいやら情けないやらで、一人で俯いて荷物を拾ってた」
如月さんは少し恥ずかしそうに言った。
たしかに如月さんは少しドジな所があるからな。砂糖と塩を間違えちゃったりするような。
「そしたら、小林くんが通りかかってもう授業も始まる時間なのに、一緒に全部拾ってくれて、それで颯爽と立ち去っていったの」
如月さんは昨日のローランド様を語ったようにキラキラした目でそう語ってくれたが、残念ながらまったく覚えていなかった。
素直にそう謝ると、如月さんはクスクスと笑った。
「うん。小林くんは当たり前みたいにそういうことができる人なんだもんね」
「いや、その別にそんなことは……」
ただ下にまだ幼い弟妹がいるので、つい少し人の世話をやいてしまう癖があるだけで決してそんな素晴らしい人間ではないのだが……如月さんの目があまりにキラキラしていて口ごもってしまう。
そんな俺に構うことなく如月さんの語りは続いた。
「それから小林くんのことが気になりはじめて、目で追うようになって、そしたら誰にでも優しくて親切なところをたくさん見かけて」
そう言って如月さんは「俺が女子のプリントを運んであげていた」「具合の悪い男子を保健室に送っていた」など俺も覚えていない俺のことを切々と語って、俺を真っ赤にさせてくれた。
赤くなったまま固まり口を開けないでいた俺だったが、続いた如月さんの言葉には思わず声が出た。
「そうして見てるうちに小林くんのことが好きになって、友達に相談したら、小林くんは狙ってる人がいっぱいいるよって教えられて」
「え! いや、それはないから!」
自慢じゃあないが、俺はここまで生きてきてモテたことがない。
俺が大きく否定すると、
「え、でも、情報通の友達に小林くんが歩いている姿を見せて『あの人って彼女いたりするのかな』ってちゃんと聞いたんだよ」
如月さんはきょとんとして、そう返してきたが。
その答えを聞いて俺の頭はフル回転し、素晴らしい推理を導き出した。
「それって、俺が三条と一緒にいる時じゃない?」
「え、三条って誰?」
「え、如月さん、三条知らないの?」
「うん」
なんと三条ほどのイケメンを知らない女子がいるとはびっくりだ。
「え~と、よく俺と一緒にいるイケメンの~」
「ああ、あの少し頭の色が茶色い人ね」
どうやらわかってくれたらしい。しかし認識が少し頭の色が茶色い人とは……。
(ちなみに三条は色素が薄いだけで染めている訳ではない)
「その人がどうかしたの?」
「え~と、その三条がとにかくモテるから友達は三条と俺を間違えたんだと思うよ」
そう訂正したが、如月さんは「そうかな~、間違ってなんていないと思うけどな」と首をかしげていた。
如月さんには俺がどんだけ素敵に見えているんだと、なんだか少し恥ずかしくなった。
「それで、友達にそう言われてどうしたの?」
恥ずかしいのでその話を、打ち切り続きを促すと、
「あ、それでね。『ああ、じゃあ私がこうして一人で悶々と思っているうちに小林くんに彼女ができてしまう』と思ったら……その晩から夢を見始めたの。前世の夢を。それで前世でも結局思いを伝えられないままだったことを思い出したら、このままじゃあ駄目だと思って告白することを決めたの!」
如月さんはそういっきに言った。
まとめると、如月さんは、俺のことが好きになった → 他にも狙っている人がいると焦った → 前世の夢をみて思いを伝えられなかったことを後悔 → 俺に告白した ということのようだ。
つまりは、
「じゃあ、如月さんは夢のローランドとかいう人が好きなんじゃなくて」
「元々、小林くんが好きなの。それでこうして一緒にお昼を食べて話すようになってもっともっと好きになってるの。だから」
如月さんはそこで一度、言葉をきって続けた。
「これからも私と付き合ってください」
真っ赤な顔で手を差し出し頭を下げてそう告げてきた如月さんに、俺は今度は、
「よろしくお願いします」
と手を握って告げた。
握られた手を見て、それは嬉しそうに笑った如月さんがあんまり可愛くて、つい手を引っ張って腕の中に抱きしめてしまった。
如月さんは柔らかくていいにおいがするな……って嬉しすぎていきなりやってしまった。
「うわぁ、ごめん。如月さん」
慌てて腕の中から如月さんを離すと彼女はもう湯気がでるんじゃないかと思うほど赤くなって固まってしまったが、
「ゼンゼンイイヨ」
とロボットみたいな片言で返してくれた。
こうして俺に人生初の彼女ができた。
ちなみにそれは嬉しそうに笑った如月さんの顔に一瞬、綺麗な外国の女の人の顔が重なって見えたことは、また今度、話してみようと思う。
★★★★★★★
私、の名前は如月遥、普通科の高校に通う十六歳。
父、母、兄の4人家族の長女。
成績はそこそこで運動神経も普通、特にすごい取り柄はない。むしろ少し抜けていてドジな所があると自覚している。
ただ自分で言うのもなんだが、容姿はいい。
母が元々はモデル仕事にしていた美人で、その母に似た私もご近所でも褒められるくらいに美人になった。
しかし、そのせいなのか、それとも父に似て少し抜けているせいか、子どもの頃からよく変な男性に絡まれた。
自称ボーイフレンドから始まり、ストーカーに露出狂の変態まで様々な種類の可笑しな人々に絡まれた。
やがて中学に上がる頃にはすっかり男性不信、男の人はもう近寄られるのも嫌だと感じるほどに苦手になってしまっていた。
そのため言い寄る男性は多いが、付き合うなどもっての他、むしろほぼ男性としゃべることもなく高校生になっていた。
本当は女子高に行きたかったのだが、残念ながら通える範囲になかったので泣く泣く近くの普通科の高校に入った。
高校に入ると、また男子からの告白大会が待っていた。
「一目ぼれです」などと言って知らない男子から告白されるのにいい加減うんざりした。
そしてそんな男子の好意とは反比例し下がっていく女子の好感度。
小中の時もそうだったのだが、この顔だけの力でやたら男子に人気のある私は女子には煙たがられる。
私自身がもっと会話が上手だったり、スマートに対応できるスキルがあればまた違うのだろうが、残念ながら私にはそう言ったものが備わっておらず、おまけに人見知りで……結局、いつもほとんど友達を作れないで終わってしまうのだ。
高校に入学して二年目の現在もその状況は続いていて、クラスメートとは疎遠のままで移動教室も一人だ。(男子は積極的に話かけてくれるが全力で避けさせていただいている)
そしてその日も、一人別の教室へ向かっていた時だった。
次の時間、教室移動なのをすっかり忘れて違うクラスの幼馴染の所に行っていたら、戻ったら誰も教室にいなかった。
慌てて準備して向かっていたら、慌てていたため手に持っていた荷物をひっくり返してしまった。
そんな時に限ってペンケースも少しあいていてペンや消しゴムも転がって、おまけにプリントも散らばって、廊下中にまき散らしてしまった。
私はあわててしゃがんで必死に拾い集める。するとチャイムがなってしまった。
もう授業が始まるのだ。廊下を通る人たちも急いでいるのか誰も足をとめない。
散らばった道具に迷惑そうに舌打ちする人もいた。
いつもなら親切に寄ってきてくれる男子も俯いて顔が確認できない私のところには来てくれない。
クラスメイトに忘れられて、一人ぼっち廊下で必死に散らばった道具を拾い、舌打ちまでされた。
なんだかひどく惨めで悲しくなってきた時だった。
目の前に白い上靴が見えたと思うと、一人の男子生徒がパッパッとすごい勢いで私の散らばした荷物を拾い集めてくれた。
あっという間に荷物を集めてくれた彼は、集めた荷物を「はい」と呆然としたままの私の前に差し出し私が受け取ると、顔をあげてお礼を言う間もなく颯爽と廊下を走って言ってしまった。
私はその後ろ姿を凝視しながら、しばらく廊下に立ち尽くし、移動教室の授業には完全に遅刻してしまった。
それから、私はあの男子を探した。だってお礼が言えなかったから、それに彼も私のせいで授業に遅れてしまっていたら謝りたかった。
上靴に結ばれていた紐がミドリだったので(うちの高校は学年によって靴ひもの色が違う)同学年にいることはわかったので、同学年をくまなくチェックして見つけた。
彼は隣のクラスにいた。
そしてお礼をと思ったのだが、ほとんど男子と話してこなかった私がいきなり話したこともない隣のクラスの男子に話しかけるのはハードルが高すぎた。
私はただまごつきながら、彼を観察し続けた。
ずっとそうして見ているうちに彼の名前も知ることができた。彼は「小林晃」というらしい。
名前がわかってよかった。
そんな小林くんは友達が多い。いつもたくさんの友達に囲まれて楽しそうにしている。
そして誰にでも親切で優しい。
重い荷物を持っている女子がいれば手伝い、具合の悪い男子がいれば保健室に送っていく。その優しさは男女問わず誰にでも自然に注がれていた。
それから最近、気付いたが小林くんはよく女子に呼び出されていた。そしてたいてい何かを持って帰ってきていた。プレゼントか何かだろうか?
それに気づいた時、私の中に今まで感じたことがないどす黒いものが生まれた。
そしていつしか小林くんが、女の子といるのを見ると胸がモヤモヤするようになった。
十六年間、ひたすら男子をさけ、恋愛ごとを避けてきた私だったが、さすがにここにきて、自分が小林くんを好きになっていることに気付いた。
いや本当はもっと前から好きになっていたんだと思う。気付けば目で追いかけるようになっていたのは、姿を見かけるととても幸せな気持ちになっていたのはもうかなり前からのことだったから。
しかし、そうして自分の思いを自覚したはいいが、その先、どうしたらいいのかわからなかった。
だって私は十六年間、恋愛のれの字も知らないままきた女なのだから。
しかも小林くんと私はまともにしゃべったこともない。おそらくあちらは私を知らないだろう。
ではお近づきになればいいのかもしれないが、隣のクラスのなんの接点もない男子とどうお近づきになればいいのかもわからない。
もう思いだけを伝えてしまおうか。でもまったく知らない女子にいきなり告白されても迷惑かもと思うと、そんな勇気もでない。
そう思うと、今まで邪険にしてきた「一目ぼれ」だと告白してきた名も知らぬ男子たちにもなんだか申し訳ない気持ちになってくる。きっと勇気を振り絞っただろうに、あんなに邪険にしてしまって。
私がひとりそんな風に悶々としている間にも、小林くんは色々な女子に呼び出される。
何かもらって帰ってくることが多いけど、何を話しているんだろう。もしかして告白!
というか私が気付いていないだけで彼女がいたりするんだろうか。
気になりだすといてもたってもいられず、私はずっと一人で秘めていた思いを、違うクラスの幼稚園からの幼馴染で親友の唯ちゃんに打ち明けることにした。
「まさか、遥に好きな男ができるとは」
私に好きな人ができたと聞いた唯ちゃんはそう言って目頭を押さえた。(もちろん、本当に泣いている訳ではないが)
「極度の男性不信で、寄ってくる男は皆、嫌いな虫のごとく扱っていたあの遥が」
唯ちゃんは、今度はスンスンとわざとらしく鼻を鳴らした。
このまま放っておくと、しばらくこの子芝居が続きそうだったので、私は早々と本題に入った。
「それで、その人に彼女がいるのかどうか気になって仕方ないんだけど、唯ちゃんそういうの詳しいし、わからない?」
人見知りの私とは違い唯ちゃんは活発で社交的、友人も多くて情報通なのだ。
「う~ん。有名な人とかならわかるけど、なんて人なの?」
そう唯ちゃんが聞いた時だった。丁度、廊下を小林くんが通っていったのだ。
「ああ、あの人!」
そう言って私が小林くんの方を示すと唯ちゃんは、
「ああ、あの人か、遥も意外と面食いだったんだね。あの人は人気あるよ。狙ってる女子はいっぱいいるよ」
そう言った。
「やっぱり! だってあんなに素敵なんだものね。いつも友達に囲まれてて、誰にでも優しいし親切だし、あんな素敵な人、皆、ほっとかないよね」
やっぱり小林くんは人気者だったのだ。
「ん、優しくて親切? 遥が今、言ったのってあの茶髪の方じゃないの?」
「茶髪? 小林くんは黒髪だけど……」
「ああ、そっちかー」
「え、何か、違ったの?」
ポンと手を叩く唯ちゃんを不審に思いそう聞くと、
「いや、違わないわ。人気あるよ彼も、特に大人しめの女子にはすごく人気。今は彼女はいないみたいだけど。狙ってる子も多いし、彼女ができるのも時間の問題なんじゃない」
唯ちゃんのその言葉は、私の胸にぐさっとささった。
すごく人気がある。彼女ができるのも時間の問題。
もしかしたら、明日には小林くんは可愛い女の子と並んで過ごすようになっているかもしれない。
そんなの見たくない。
ああ、最初はただ見てるだけでよかったのに……だんだんと欲張りになっていく。
私はとても沈んだ気持ちで教室に戻った。
家に帰ってからも気持ちは沈んだままだった。
どんよりご飯を食べ、どんよりお風呂に入った。
両親や兄に心配をかけてしまったが、少し調子が悪いだけだとすぐ自分の部屋に戻り、ベッドに入った。
ベッドの中でも小林くんのことをぐるぐる考え、やがて眠ってしまった。
そして私は不思議な夢を見た。
その夢の中では私は、昔のヨーロッパのお城のような場所でジェシカと言う名の侍女として働き、一人の男性に仕えていた。
その人はローランドという名のその国の王子で、優しく誰にでも親切で、民にもとても好かれている。侍女でしかないジェシカにもまるで友のように接してくれる。
そんなローランドにジェシカはずっと思いを寄せていた。
しかし、ローランドは王子でジェシカはただの侍女、身分差のあるその国では結ばれることなど叶うはずもない。
それでもジェシカはローランドが好きで、彼に会えれば嬉しくて幸せな気持ちになり、他の女性と楽しそうにしているのを見れば胸が痛くなる。
それは今の私がよく知る感情だった。ジェシカの気持ちを痛いほど理解して、そして私は目覚めた。
目を覚ましても一瞬、自分がどこにいるのかわからなかった。それほどジェシカと同調してしまっていた。
なんとなく自分とジェシカは他人ではない気がした。
そしてローランド様は小林くんに似ている気がした。
不思議な夢はその一日だけでは終わらなかった。その後、毎晩同じ夢を、いや夢の続きを見続けた。
そしていつの間にかジェシカはかつての私で、ローランドは小林くんなのだと理解した。
不思議な話だが、そうなのだとなぜかストンとわかったのだ。
夢は続いた。
やがてジェシカの暮らす国は戦になった。
王子としてローランドも戦場へ行くこととなった。
いつかこんな日もくるかもしれないと剣や弓の訓練をしていたジェシカも彼の戦場での使用人として名乗りをあげた。
ローランドはジェシカがついてくることをかなり渋ったが、どうしても諦めないジェシカについに許可をだした。
そしてローランドとジェシカは戦場に立ち、ローランドは命を落とし、彼の亡骸を目にしたジェシカもまた数日後には戦で命を落とした。
目が覚めると泣いていた。枕をぐっしょり濡らすくらいに涙があふれていた。
ジェシカはついにローランドに思いを告げることができず、ただ冷たくなった彼の手をとって泣いた。
私は、如月遥はどうだろう。
ジェシカのように身分の壁も、戦もないこの国で、ただ勇気がでないと二の足を踏んでいていいのだろうか。
今の私にはできるのに、ただやらないだけ。
ジェシカのように何も言えないまま終わるのは嫌だと思った。
胸に熱いものがこみあげてきた。今なら何でもできる気がした。
私はベッドから起き上がると、机の中から便箋を取り出した。
そして手紙を書き始める。
小林晃様 大事な話があるので校舎裏にきてください』と。