episode 4 草原から見える村
階段から出てきたアルスの姿は、これまでの印象と大きく異なっていた。
包帯は相変わらず取っていなかった。肩までかかりそうな黒い髪に、青色の瞳。美少年の鑑と評してもよい。
問題はそれ以外だ。
鎧が無いと、あまりの身体の細さに目を見開いてしまう。
皮の服を身につけ、茶色の鞄を背負い、厚底のブーツを履いていた。背丈は顔半分しか違わなかったのに、もっと高くなっていて、オメリアは見上げるのが辛かった。
素朴、というのが相応しく、あの鎧の男が、こんな弱そうなヤツだったとは、誰も思わないだろう。
いくら目立つのがダメだと言っても、身軽じゃ無いといけないとわかっていても、これはこれで違和感があった。パッとしない。
「...これでも何か気にくわない?」
「いえ、なんでもありません。では行きましょうか、アルスさん」
とはいえ、折角アルスが覚悟を決めたかもしれないので、その覚悟を踏みにじる訳にはいかない。決して他の服は無いのかと思ったわけでは無い。
でもやっぱり、もうちょっとかっこいい服がよかった。
階段が床に戻り、オメリアも引いていた椅子を戻した。
小屋をでて、すぐ開けた場所にアルス達はいた。
薄暗かったウァルボナ森林とは違い、とても雄大なこの草原は、眩しい太陽光を全面に受けていた。
「ねぇ、アルスさん。
記憶は取り戻せますか?」
「...いいや、無理かな」
目を細めて返答するアルス。
肯定と励ましの言葉が飛んでくると思っていたオメリアは眉根を寄せる。
「...医者にも言っていないのにどうしてそう言い切れるんですか?」
そうだ。
追われる立場であるオメリア達は病院には行けないはず。居場所が割れてしまう。
それにアルス自身が、この森にすぐに運んできたと言っている。
記憶は治らないと断言できるのはおかしかった。
だがアルスの意見は変わらない。
「今はまだ言えない。けど絶対に治せない。
それに、前の君に約束したんだよ」
「前の...私に?」
「ああ役目から逃げよう、って。
君は昔から責任感が強くてね。役目を放棄する事だけは許さなかった。
だから今役目が無い時しか君を逃せない」
オメリアをアルスの青い瞳が見ているはずなのに、本当に見ているのは別の何かに見えた。
アルスはオメリアから一旦目を離し、「それより」と切り出した。
「この辺りの事...記憶に残ってる部分だけでいいから教えて欲しい」
遠くの人家を、二人の目は捉えた。
この辺りにある草地といえば、間違いなくメーロル草原だろう。
昔、メーロルという、此処に娯楽施設を建てよう、と愚かな事を考えた金持ちがいたそうだ。当時、誰の土地でもなく、国の財産扱いでもなかったこの草原と、森林を伐採しようと目論んでいた。
それを見かねた森の妖精は、激怒し、メーロルを永遠の地獄へ閉じ込め、妖精達はメーロルが逃げ出す事がないよう、太陽が昇る頃に、現世へ姿を見せるようになったという伝承がある。
それで、メーロルの墓場を立て、メーロル草原という名になったらしい。
名詞をつけるのが面倒だったのかは知らないが、死んだ人の名前をつけるのはどうかと思った。
ちなみにウァルボナというのは、森の妖精の畏怖と尊敬を込めた称号、だそうだ。
「へぇ、そんな話も知ってたんだね。オメリアは凄いなぁ」
アルスに頭に浮かんだ話をすると、感嘆していた。どうやら初耳だったようだ。
アルスの知らない事まで、知識があるようで、オメリアも驚いた。
...褒められて嬉しいが、前のオメリアが得た情報なので、胸を張らないようにしよう。
自分の力で、アルスを呆気に取らせてやろうと思う。
「ところで...」
「なんだ?」
遠くの建物から、アルスの傍らに置いてあるモノを、見つめた。
顔を上げ、首をかしげるアルスを次にみた。
「その、フード付きの怪しいものはなんですか?」
「え?身を隠す為のものだよ、怪しいものって酷いなぁ...。身をはって調達してきたというのに」
速答である。
「いや、待ってください。それを着るつもりですか?」
「勿論。むしろ、着る以外になんの用途があるかな?さあ、オメリアも着」
「お断りします」
速答には即答で返さなければならない。
相手に失礼であり、自分の気持ちにも正直になれるからだ。
「...そこをなんとか、着てくれないか?」
「嫌です。着るなら自分だけ着てください。私はアルスさんの後ろからついていって、世界を回るので」
「それじゃだめなんだよ、頼むよ、一生のお願いだから!」
「そんな事で一生を使わないでください。死ぬ気ですか?」
アルスはフード付きのローブを差し出すものの、オメリアは受け取る素振りを見せない。
「なぜそんなに正体を隠したいんですか?複数の勢力に狙われてるって言ってましたけど...。もしかして貴族と言っても、悪い貴族とかですか?」
「今は理由は言えない、だけどいつか話すから!頼みます!」
「とか言われても、アルスさんが悪くない人とは限らないじゃないですか。いくら命を助けてくれたって、命を落とすかもしれない原因となったのはアルスさんの自業自得かもしれませんし、それに巻き込まれたくないです」
いつか、と言われても、今話してくれないと意味がない。
もう巻き込まれているが、これ以上やったら取り返しがつかなくなるかもしれないからだ。
要するに話せと言いたいのだが、アルスも引き下がる様子はなく。
「でも、本当にオメリアもかぶらないと、死ぬからさ」
「え?アルスさんがですか?もしかして、黒煙龍派から、殺される事を予測してるんですか?でも、見せしめはやったはずじゃあ...」
「そんな生ぬるいもんじゃない。俺も、オメリアも、世間から見たら、やばいんだよ。自由がなくなってしまう。それだけは、殺される事よりも避けたい」
そこで気づいた。アルスがめまぐるしく視線を行き渡らせている事に。
上下左右をくまなく探している。
ー何かに脅えるように。
「アルス、さん...?」
「オメリアは、気にしなくていいよ。
君が笑って暮らせるよう、努力はするから」
その笑顔は頼りなく、声音は少しばかり、震えていた。
アルスさん。
前のオメリアとの約束を守る為だけに人を殺していくのか。
何があったのかは知らない。というか教えてくれない。
だけど、自分の人生を棒に振ってまでオメリアを想ってくれている人がいる。
「じゃあ、私は」
【このままじゃいけない、変わらないと】
オメリアの中の何かが叫んでいる。
「このフードをかぶります。
私は、アルスさんに協力をしたい」
殺らなければ殺られるという事だろう。
アルスについていくしか選択肢がなかった。
フードを羽織り、しばらく草っ原を歩いていた。緩やかな斜面を下り、だんだんと、村がはっきりと映ってきた。
現在、フード付きのローブを目深く被っている二人。村の住人は不審がるかもしれない。
また追われるんじゃないかという不安がある。こんな不審な人間など、入れてくれるのだろうか。
「オメリア、ここからは偽名を使おう」
さらに疑わしくなる要素を取り入れてきた。
「偽名...?一発でバレると思いますけど」
実は、身分証明証という一枚の薄いカードがある。それは大抵の場合、村や、街に入る時や、何かに登録するとき、一部の地域では、現金を持っていなくても、その一枚だけで払えるようになるとか。
でも、身分証明証は、生まれたときに発行され、そこに書かれた項目は二度と、書き換える事ができない。
偽名を使っても、身分証明証を提示した時に嘘だとわかるはずだ。
オメリアが指摘すると、アルスは、鞄の中から、カードを取り出した。
「実はね、違法だけど知り合いに頼んで、2枚めを作ってもらえたんだよ」
「ええ!?」
「オメリアが心配してる事は、気にしなくていいいよ。ああ、オメリアの分は、あの村で再発行してもらうからね」
なんという事だ。
知り合いも気になるが、アルスは一体何者なのだろうか。
「だから、オメリアは遠慮なく偽名を作って欲しい。オメリア・ガナンとはかけ離れた、予想外の名前を頼むよ」
「わ、わかりました」
だが、すぐに思いつくものではない。恐らく決めたら変えれるものではないだろう。
ここは慎重に考えなければ。
と、そこで参考人となる人物の存在に気づく。
「アルスさんは、どういう偽名にしたんですか?」
「俺の?」
「そうです。俺のです」
アルスに偽名を使った方の身分証明証を見せてもらった。
一番上の項目には
『ロイター・ネクタフ』と、書かれてある。
「ロイター?」
「ネクタフだよ。特に意味はないよ」
「ええ...?」
名前とは○○であって欲しい、という願望を込めて、つけるものではないだろうか。
オメリアの両親も、そうやって名前をつけたはずでーー
「...そういえば、アルスさん」
「なんだ?」
「私の親っているんですか」
なんで、気づかなかったのだろう。
親、の可能性に。
「また唐突だね」
「なんか聞いてみたくなりました」
親族ではないアルスが来ているため、察してはいる。ただ、聞いてみたい。自分を知りたい。
「親、か...。少し話しにくいなぁ」
「少し、でしょう?話して欲しいです」
「うーん...」
頭を捻らせるアルス。
オメリアに遠慮しているのだろうか。
「...オメリア」
「?」
「それより、偽名を考えてくれ」
よこのアルスから目を離すと、すぐ正面に村があった。あと、3分程度で着くだろう。
オメリアはアルスの袖を引っ張り、立ち止まるように促す。
「ちょっ、どうしましょうか?」
「どうしようって言われてもな。オメリアの好きな様に決めるといいよ」
アルスはそう安心させている様だが、オメリアは、かえって決められなくなる。
アルスに勝手に決めて欲しかった。
「じゃあ...」
アルスは今も周りを見渡している。この真っさらな草原では、襲ってくる者もいないと思うが。
オメリアは考える。こうやって神経をすり減らしているアルスの為にも、バレない名前がいい。気が楽になるかもしれない。
アルスの身分証を見ながら、口を開けた。
「『テーラー・ネクタフ』」
「...」
「オメリア・ガナンと一文字もかぶってませんし、アルスさんと親族扱いになるでしょう?その方が色々都合が良くなると思いません?」
この名には願望が込められている。
オメリアでさえも知らない真の願いが。
村は、全く活気がないはずなのに、彼の声で、騒がしくなっていた。
「あー、もしもし?お嬢さん?黒煙龍派が早くも発見したっぽいわー、おう、今そこらへんだから」
彼は淡く光っている小石を手に持って一人で喋っている。周囲の村民は、奇怪な物を見る様に、彼から一定の距離を保っている。
その視線に気づいてないのか、それとも気にも留めないだけなのか、彼は、ずっと語りかけていた。
「ええ?失敗?そんな訳ねーよ、いくら相手があいつらっつーたって、遅れをとる俺様じゃねぇ、お嬢は俺に任せときゃいいんだよ」
彼は、一点の方向を見つめ、何かの石を強く握った。
「説得してやんよ、保証はできないけどな」
男は白い歯をむき出しにし、笑った。




