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銀の宵の終わり  作者: 妃宮咲梗
2/5

Ⅱ.変化



 部屋を出て行ったレオンを同じくジェラルドも見届けてから、改めて黒髪を耳にかけながら優しい、それでいて美しい微笑みを見せてベッドの上のシエルに声をかけてきた。

「さて。では朝食をご用意致しましたので、どうぞ食堂にご案内しましょう」

 これに、シエルは自分の希望を口にする。

「あ……その後にでも構いませんので、よろしければ馬車を一台貸して頂けませんでしょうか?」

 しかしジェラルドは暫しの沈黙の後、静かに口を開いた。

「……それは……無理ですね」

 シエルは断られたことに驚きの表情を見せる。

 そんな彼女に、ジェラルドは改めて状況を説明し始めた。

「ここは“銀の森”の中……貴女もご存知のはずです。常に濃い霧に包まれ決して晴れることのないこの森は、迷い人を外へ出してはくれません。辛いでしょうが森に出て迷い死ぬよりかは、私達と一緒にいたほうが安全でしょう」

 するとシエルは必死になって上半身を乗り出してきた。

「そ……そんな……! 家には病気の母とそれを看病している兄が私の帰りを待って……!!」

 だがやはりジェラルドは、申し訳なさそうに顔をうつむき謝罪の言葉を返した。

「すみません……」

 この様子にこれ以上頼んでも無理だと判断したシエルは、すっかり落胆してしまった。

「……ごめんなさい……今は食欲がわきませんから……一人にしてください……」

 これにジェラルドは応えて静かに、無言で部屋の外へと出た。

 ドアを閉めてふと顔を上げると、そこには壁に寄りかかって腕組みをしているレオンの姿があった。

 だがジェラルドは無言のまま顔を背けると、彼の前を通り過ぎる。

 しかしそんな彼に、すかさずレオンが声をかけた。

「俺達といて安全ねぇ……森に出て迷い死ぬのと、俺らの本性によって死ぬのとどっちがマシだか。無視すんなバーカ」

 すると足を止めたジェラルドが、肩越しにレオンへと落ち着き払った声で指摘した。

「……元はと言えばお前のせいだぞ。あれだけ私が人間の通りやすい場所には行くなと言ったのに」

 それにカッとなったレオンは、声を大にして言い返した。

「まさかあんなところ雨の日に人が通るとは思わなかったんだよ!!」

 彼の言い訳に、ジェラルドは溜め息混じりで口にする。

「今更言い争ったところで、起きてしまった事故の事実は変えられまい」

 室内では、一人になったシエルが家族を思ってベッドの上で、泣きじゃくっているのだった。




 それから約三ヶ月が経過した。

 初めはショックが大きかったものの、次第に現実を受け入れるようになったシエルは、今ではすっかり二人との生活に慣れ親しんでいた……。

 

 日頃は本を読んだりして過ごした。

「え? シエル字ぃ読めねぇの? バッカでぇ!」

 面白がるレオンに、シエルも負けじと言い返す。

「うるさいわねっ! 家が貧しかったんだから仕方ないでしょっ!!」

 そうして分厚い本でシエルはレオンの頭を殴る。

「いってーっ!! 本で殴んなっ」

 農家の娘は思いのほか、気が強かった。




 ある日の深夜。

 窓から一人、外を眺めているジェラルドの背後から、声をかける者がいた。

「あらジェラルド。まだ起きてたの?」

「おやシエル……眠ったはずでは?」

 声の主へと、ジェラルドは微笑みを浮かべて振り返る。

「うん……一度は眠ったんだけど、寝苦しくて起きちゃった」

 これにジェラルドは手を差し伸べて、自分がいる窓際へと彼女を呼び寄せる。

「そうか……。ならばこちらへおいで。また眠くなるその時まで、ぜひ私の話し相手になってくれないか」

「ふふ……相変わらず夜更かし好きねぇ。だから朝起きられないのよ」

 シエルはニコニコした笑顔で差し伸べられた彼の手を取る。

 それにジェラルドも、同じく笑顔で彼女の手を取った。

「これでも君が来てからは早起きになった方だよ」

 窓の前に立ってからシエルは、彼の隣で外を眺めて声を上げる。

「うっわー! キレイな満月!! そう言えばここに来てまだ一度もまともにお月様を見たことなかったわ!!」

「確かに……。しかしこれは珍しい。この森では滅多に見れないんだが」

「……そうなの?」

 ジェラルドの言葉に、シエルは自分が今どこで生活しているのかを、一瞬忘れていたらしい。

 ジェラルドは改めて満月を険しい表情で見上げた。

「そう言えば……気のせいかこの森の霧の量が少しずつ減ってきているように思える……。今までは霧のせいで太陽の光すらも遮るほどだから、月なんてまともに見えたことがなかったが……今宵のように朧気とは言えこうして月が見えるのは珍しい」

 彼の言う通り、木々の間から見える満月は、薄っすらと霧がかかっている程度だった。

 “レノ”に……悪影響を与えなければ良いんだが……。

 ジェラルドは内心、密かに思う。

 そんなことも露知らず、シエルは明るく取り繕う。

「まっ! たまにはいいじゃないの! いつもジメジメしていて気持ち悪かったし、一日くらいスカッと晴れてくれれば清々しいってものよ! エヘヘ」

 シエルは両腕を曲げて二の腕の筋肉を盛り上げるポーズを見せた。

 村娘はいつだってたくましいらしい。

「シエル……」

 シエルの前向きな様子に、ジェラルドは真顔で彼女の名前を呟く。

 そして改めて真顔で自分の気持ちを落ち着いた声で口にした。

「前から思ってはいたが……改めて見るとこうしてムーンライトに照らされた君は更に……――美しい……」

挿絵(By みてみん)

 ウェーブかかった金髪の長い髪のシエルは、確かに麗しかった。

 しかし田舎育ちで上品さに欠ける性格の彼女は、彼の言葉におどけてみせる。

「ヤッ、ヤダ、ジェラルドったら! あたしみたいな田舎娘を捕まえて口説くなんて! オホオホ、オホホホ! ずっとこんな湿っぽい森に住みすぎちゃって脳みそにキノコでも生えちゃったんじゃないの!? やぁねぇ、もう! こんないい男に惚れられちゃあたしも罪だわ。照れるぜ!」

 これに少々、ジェラルドは一瞬ガックリとする。

 ちなみにジェラルドが住居にしているのは、この銀の森にひっそりと佇む古城だ。

 本来はこの森を生み出した魔女の物だったが、今やもうその魔女も存在しない。

 シエルは改めて赤面を覚えながら、背の高いジェラルドの顔を見上げる。

「恥ずかしくって余計目が覚めちゃったじゃないの。ジェラル……」

 直後、シエルの顔にジェラルドの顔が覆いかぶさってきた。

「ド――」

 彼の名前を口にした時には、シエルはジェラルドから顎に手をかけられて口唇を優しく奪われていた。

 ジェラルドはじっくり、堪能するようにシエルの口唇を味わう。

 そして少し長めの口づけをしてから、ゆっくりとジェラルドは口唇を離した。

「あ……」

 突然のことにシエルは恥ずかしさの中で戸惑う。

「シエル……」

 ジェラルドは彼女の名前を囁きかけると、そのまま耽溺した表情で更にシエルの頬に口づけを落としながら、少しずつ、少しずつと下へとついばむように口づけを落としていく。

 これに半ば観念したように、シエルは胸を高鳴らせながら彼に身を任せる。

 ジェラルドも同じく心臓を高鳴らせながら、本能が赴くままに彼女の白くほっそりとした首筋に辿り着くと、シエルの首にかかる衣服のフリルを指でめくってから、ゆっくりと口を大きく開いた。

 彼の口からは、鋭い牙がのぞいている。

 だが、すぐに欲望を理性で抑えこむとジェラルドはまるで、自分を彼女から引き剥がすようにシエルから離れた。

 すっかりその気になっていたシエルは、窓際によろめきながらすがりつく彼の様子を不思議に思い、背中に向かってその名を呼ぶ。

「ジェラルド……?」

 しかしジェラルドは振り返ることなく、片手で自分の顔を覆う。

「……私は愚かな男だ……血に飢えた欲望が先に働いて……満足に恋すらできない」

 その時。

 シエルの背後から突然部屋のドアがバンと激しく開け放たれて、よろめきながらレオンが姿を現した。

 思わずシエルはビクリと体を弾ませたが、レオンは彼女の様子を気にすることなく自分の胸元を鷲掴みに叫んできた。

「ジェラルド……っ!! 助けてくれ……っっ!! 体が……っ、体が熱い――っっ!!」

 見るとレオンは息を切らし、顔を赤くして大量の汗をかいているのが分かった。

 彼の尋常ではない様子に、シエルは驚愕の表情で彼へと歩み寄る。

「レオ……」

 これにレオンは物凄い剣幕で怒鳴った。

「来るなっっ!!」

 その勢いにシエルはビクリとして、咄嗟に恐怖を覚える。

 同時に、窓際にもたれ掛かっていたジェラルドが落ち着いた様子で、背後のレオンへと振り返った。

「やはり悪影響が出たか」

 ジェラルドは冷静に言いながら、発熱で苦しんでいるレオンの胸倉を片手で掴んで、グイと乱暴に引き寄せた。



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