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He said ...

樋山視点です。

ドアベルが鳴り、彼女が店の扉を開けて入ってきたとき、目を瞠った。


すらりとした手足。

緩やかにウェーブしたアッシュ系のロングヘア。前髪は目のギリギリ上のラインで揃えられている。

きついわけではないが、意志を宿したぱっちりとした瞳。

メイクはうっすらと施されている程度で素材の良さが窺える。

自分に似合うものを理解しているであろう、コーディネート。


すべてが自分の好みに合致しすぎていた。


しかしここは職場。

彼女はあくまでお客様。

当然店員としての接客を貫く。


つもりだった。


商品を二足並べて悩む姿。

彼女の前にあるのはどちらも私がデザインした靴。

その光景を見て胸のうちで熱いものが滾った。

平静を装い、声を掛けた。

店員として当然の行動である。


こちらを向いた彼女は人形のように無表情であった。

その表情を崩したいと思った。


私の問いに答えた涼やかな声からも感情を掬えなかった。

どこまでも私のツボを付く人だ。


立ちくらみだろう。よろめいた彼女を咄嗟に抱きすくめる。

思わず過剰な接触をしてしまう。

華奢だ。

触れる手の骨格は美しい。

きっと・・・も美しいのであろう。


彼女の声がうわずっているような気がする。

だが表情は見えない。


彼女の表情を崩したい。見て触れて確かめたい。

そんな欲求が支配する。


靴の試着を勧める。

アレを確かめるために。


ショートブーツをするりと脱いだ彼女の”足”はとても美しい造形をしていた。

触れたい。触れて確かめたい。


耐え切れず接触がエスカレートしていく。

彼女の身体が反応する。

表情も・・・上気している。


見るほどに、触れるほどに彼女の”足”の素晴らしさを実感する。


そして決定的な言葉を彼女が口にする。

私の作った靴がぴったり合うと。

それはつまり彼女の足が私の理想そのままであることを意味する。

私は自分が最も美しいと思う造形の足のために靴を作り続けている。

その靴を寸分違わず履きこなす足を探し求めていた。


そして出逢った。

ああ、やはり彼女だったのだ。


もっと撫でまわしたい。

直に触れたい。

自分の指と彼女とを隔てる薄い黒膜が恨めしい。

舌を這わせたい。


頭の中で欲求が暴走する。


まだダメだ。今はダメだ。

理性で押さえつけ、愛想のよい店員の仮面を被る。

その下で自分の欲求を叶える方法を巡らせながら。


二足ともの購入はできないという彼女にある提案をする。


オーナーから広告用のモデルを探すように指示されていたのだが、

私の靴を最上に美しく履きこなせないモデルを起用する気など更々なかった。

期限が間近に迫り、オーナーが泣きついてきた今日、出逢ってしまった。


いきなりの提案で彼女は動揺している。

始めのころのポーカーフェイスはだいぶ崩れていた。


逃げ腰の彼女を逃がさない。

取り置きはできないと嘘をつく。

卑怯だとは思ったが罪悪感は全くない。

むしろ獲物を追い詰めるような高揚感を得ていた。


彼女から許諾を得る。


捕まえた。


愉悦を必死に隠し、今後に思いを馳せる。


すべてが理想通りの彼女を離さない。


逃げないように檻に閉じ込めてしまいたい。





私が勤めるこの靴店の名は『piège sucré(甘い檻)』。





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