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【競作】笑い夢

作者: 鳴瀬銀悟

 第十回競作イベント、夏のファンタジックホラー祭り最終回!

 本作は競作『起承転結』の『結』であります! 今回のテーマは選択式で自分は『人形(二回目)』です。

 最終回だっていうのに、どうしてこうなったんだろうね……?(遠い目)

『わたし、わらこ』

 奇妙な夢を見た朝、それは起こった。

『おんな、であったら、わらにんぎょう』

 声だけだったし、寝ぼけて頭も回っていなかった。夢の続きで変な声が聞こえているな、ぐらいにしか思っていなかった。

 だけど、歯を磨いていて、そしたら姉貴が起きてきて、「おはようジュウー」なんて鏡越しに寝ぼけ眼で言ったその瞬間だ。

 ぽすっ、空気の抜けるような音がして、姉貴は藁人形(わらにんぎょう)に替わってしまった。等身大のでかいやつ。ほっそりとした肢体は藁で作ったにしては細かい作りで、姉貴を模したといわれれば、なるほどと頷ける。だって悪趣味なほど似ているから。

『あね、わらにんぎょう……クヒヒ』

 目の前で挿げ替わったのでなければ誰も信じない。そういう意味の笑いだったと思う。

 そのときは理解ができなくて、わらこが言う"脅迫"を僕はいくつか聴き逃した。その結果は、夢みたいな現実を僕に思い知らせるのに十分な効果を発揮した。

 いまでは父も、母も、家族みんなで藁人形。音のない人形ごっこを興じている。僕だけが例外だった。

 だが、最悪だったのはその続き。

『あれ、みる。わらにんぎょう』

 呆然と学校へ向かう僕は、田んぼのかかしを目に映す。

 突然かかしは動き出し、何の動力もないはずなのに、けんけんと一本足で助走をつけて車道に飛び出した。ちょうど通りかかったトラックがそれを撥ね、藁のかかしはバラバラになった。

『わたし、わらこ。わらにんぎょう、おもいのまま』

 目の前が急に暗くなって、くらくらして、がっくりと膝をついた。やがてカラスがやってきて、その残骸を突き始めるまで僕は自分を見失っていた。

 家族はもう藁人形なのだ。

『わたし、わらこ。すきだよ、じゅうじ。おねがい、きいてくれる?』

 そうして、脅迫が始まった。


 =


「カレンちゃん、別れてくれ。……ごめん」

 僕は半年つき合っていた彼女に別れを告げた。

 彼女は戸惑っていて、何を言われているか分かっていない様子だった。逆の立場だったら僕だってそうなる。

「ごめん、ほんとうに、ごめん」

「ジュウジくん、なんで。どうして、なの……嘘よね。ねぇ!?」

「嘘じゃない。……ごめん」

 心を込めて謝る。

 僕の行動は『謝る』というより『誤る』だったけれど。誠実に対応するなら、順序立てて起こったことを言うべきだったのだろうけど。でも、肝心ななぜかの部分を説明することはできない。僕自身も何が起こっているかわからなかったから。

 必死に縋りつく華蓮(かれん)ちゃんは、小動物みたいで愛しさを募らせる。それでも僕が頑なだとわかると、俯いて唇を噛み締める。

 僕は背を向けて去った。華蓮の大きな瞳に涙が滲むのが見えたから、それ以上見ていられなくて逃げたのだ。いますぐにでも撤回して、たちの悪い悪戯だったと笑いたい。

『クヒヒ……にくいやつ、わらにんぎょう。わらにんぎょう』

 だけど、遠ざけておくのが絶対に正解だ。危険なのだ。間違いなく。

 そういう意味で、今回の脅迫は、僕の意にも沿っている。だから、なんとか、自分をごまかせられる。

 でも――

 泣き崩れる音。

 心が千切れそうになって、華蓮から見えないぐらいにしばらく距離をとってから僕は電柱に自分の頭を叩きつけた。

「これでいいんだろうっ!」

『わたし、わらこ。ジュウジ、カレンと、わかれた。わらにんぎょう、なし。……でも、ないたね、ないたね! クヒヒ……』

 頭に響くカタコトの声が言った。

「もう黙ってろよ、くそが……」

 忌々しい。それは一方的な脅迫で、僕は屈して、屈っし続けるしかなかった。

 とぼとぼと帰路につく。

「ただいま」

 家に帰ってもおかえりの一言はない。この家で、いま挨拶がどれだけ不毛だったか改めて教えられた。

 リビングに入ると第一藁人形(わらにんぎょう)を発見。台所に立つ行動と背格好から僕の母親だと分かる。その母藁は、こちらを振り向いてぬっと手を挙げる。おかえりと言っているつもりらしい。藁人形には口がないから声も出せず、そういう動作しかできない。

「ただいま、母さん……」

 反応も緩慢でむなしい。

 とっとと自分の部屋に戻ろう。一応、飯は要らないと告げておいた。声を出せない藁がご飯の呼び出しのために部屋の中までくるかもしれないと思うとぞっとしない。

 今日も一日、できうる限りわらこの意に応じて、知り合いの藁人形化を避けた。それぐらいしか、抵抗できなかった。

 一日目は本当にひどかった。わらこの脅迫の意味がわからず、何人も藁人形になった。二日目の今日は反省を踏まえて被害をまったく出さずに済んだ。そしてその結果代わりに大切な少女を失った……だが、それは、いまはいい。考えない。考えるな。

「――くそっ」

 もう寝よう。

 馬鹿みたいに消耗していたおかげで、制服も脱がず横になると、あっという間に眠りに誘われた。

『クヒヒ……あいしてる。おやすみ、じゅうじ』

 その囁きを聞きながら。

 そしてまたあの夢を見るだろうと考えながら。


 =


 一般的に藁人形というと丑の刻参りという呪術の小道具だ。真夜中、神社の境内で樹の幹に、憎い相手に見立てた藁人形に五寸釘を打ち込んで呪殺するためのものだ。

 一昨日と、昨日。そして今、僕が夢に見ているのもちょうどそんなシーンだった。髪の長い女は白装束を身にまとい、懸命に槌を振るっている。

 夢の中なのに遠目で、視点は何をしたって動かない。だからどうしてもそれをしている人の顔が見えないが、鬼気迫る雰囲気は後ろ姿からでも感じ取れる。

 つまりは、これが『呪い』なのだと、毎夜のように僕に伝えてくるのだ。


 朝、わらわらとした食卓。

 スーツの似合う父だった藁人形がコーヒーでそれを汚す。カップを藁の手では上手く持てないらしい。姉は起きてこない。母は何かを作っているが、藁の手で作る料理は体をなしていない。

 いくら愛情があっても生ゴミは食べられない。その野菜盛りのようなスクランブルエッグのような火の通ってない混合物を片づけて冷蔵庫を探る。

「……ははは」

 三パックセットの納豆まで藁人形になっていた。パンパンに膨らんだ手足の房を割り開くとぎっちりと納豆が収められている。他の房も確認してみたが、四肢で四パック分が入っていた。まとめて容器に盛りつけてみても明らかに量が増えている。製法が藁と関係しているからか? まったく馬鹿馬鹿しい。

 冷凍しておいたご飯を解凍してそれを盛って食べた。今日はきっとパワーがいる。

 昨日も一昨日も、学校へ行けば悪夢は笑い話になるんじゃないかって思っていた。だが、いまは行くだけ馬鹿なところだ。日常という名の平穏を保っていた牙城は、いまや近づけばいつわらこに脅迫されるかというリスクが高まるだけの場所となっている。

 一日目は本当にひどかった。わらこの脅迫の意味がわからず、何人も藁人形になった。

 二日目の昨日は反省を踏まえて被害をまったく出さずに済んだ。代わりに大切な少女を失った……だが、それは、いまはいい。考えない。考えるな。

 この二日、僕はただ言いなりなっていた。だが、よく考えたのだ。これが呪いだというならば、当然のように呪っているやつがいるに決まっている、と。ならば相手は人間で、そうだとわかってからはだいぶ落ち着いていた。

 そろそろ反撃を開始しなければならない。作法に則り、呪い返しといこう。幸い目星はついている。

「それじゃあ休んでいるんだね、間違いない? ……ありがとう」

 食べてからすぐほうぼうへと電話を掛けた。まだ登校には早い時間なので、生徒と直接当たることができた。そして何件か当たっただけで簡単に確認がとれた。

 そう、呪いの一日目から連続で休んでいる女子生徒がいると。

 あとは簡単。突撃、お宅訪問である。


 =


「ナギサジュウジといいます、ヒナコさんはご在宅ですよね。緊急のお話があるので、その旨、伝えていただけないでしょうか?」

 インターフォンを押してしばらく、部屋に通された僕は、すぐにこいつが呪いの発端だと確信した。

「久しぶりだよね、雛。ずいぶんと丸まってまたどうしたっていうんだ」

 自分でも信じられないほど高圧的に言った。

 彼女はベッドの上で毛布にくるまったままこちらを覗き見ている。

 藤木雛子(ふじきひなこ)。中学の頃、そこそこ仲の良かった女友達だ。高校に上がって別々の学校に通うようになってからはほとんど会うことがなかった。

「いちおう、話を聞きにきたんだよ? なにか言ったらどうかな」

「……うぅ」

 弱々しいうめき声。が――

「やっぱり、嫉妬かよ、なあ?」

「――っ!」

 反応する。

 チッ、と僕は恫喝するように舌打ちした。

 ひと月ほど前、僕は彼女に告白された。それを断ったのだ。

 彼女のことは特に嫌いではなかったが、何ヶ月も連絡を取っていなかったし、もうカレンと付き合っていたので断るしかなかった。それで彼女はひどく、打ちのめされていた。わらこはそんな思いを経由して動く代理人だったのだ。

「だからって呪うかよ……」

「違う……違うんだよ……」

「違わないだろ。やったんだろ、きみ。僕はもう被害を受けてんだよ」

 どういう呪いだとかそういう理屈はどうだっていい。やられた分はやり返すだけだ。

「とりあえず、認めろよ」

 僕は押し黙ってじっと咎めるように見つめた。彼女にとって居心地の悪い空間を形成するために。そして実に三十分以上そうした無言の責めを続けた。

 雛はその雰囲気に、酸欠の魚のようにぱくぱく口を開いたり閉じたりしていたが、とうとう観念したように俯いて頷いた。

 認めたことで、言いなりにされた憎しみがつい噴き出してくる。

「じゃあ、次言う言葉も分かるよね。……早く解けよ。わらこだとか、わけのわかんねえもんをさぁ!」

 だが、彼女はもごもごしたあと言う。

「無理なんだよ……」

「なにが」

「解けないんだよ、知らないんだよ」

「――ッ、ざけんな!」」

 頭に血が上って思わず立ち上がって拳を振り上げてしまう。理性を総動員してなんとか抑えこんだが、雛はほんとに殴られたみたいに怯えて後ずさる。

「じゃあ、どうするんだよ。なんなんだよ、これは……」

 癇癪を起こす僕に、震えながら雛は、ベッドの下に手をやって通常のサイズの藁人形を取り出した。黒ずんでいて、いかにもいわくありげなものだ。

「なんだよそれ」

「通販で、買ったの……呪いの手順を、そうしたら……」

 そのときだった。

『わたし、わらこ。だめだよぉー、ひなこ。たいせつなこと、おしえちゃあ。だから、しゃべったら、わらにんぎょう』

「ひっ!?」

 突然、原因となった藁人形から声が響いた。雛はびっくりしたように取り落とす。そして口を両手で閉ざして、なにもしていないと示すように首を振った。

 僕も驚いたが、ノートを借りて筆談に切り替える。

「(あれ、聞こえていた?)」

「(うん)」

「(じゃあ、呪ったのはきみじゃない?)」

「(わたしがやった。でも、わたしにも降りかかった)」

 とんだ失敗もあったもんだ。

「(そして、わらこがでてきて)」

 雛が書く手を止めた。

「(どうした)」

「(なんとかできるかも。これが原因だからこのわらにんぎょうを)」

 書き途中でわらこが話した。

『ずるいね、ずるいよ。だめだっていったのに。……だから、ひなこ、わらにんぎょぉおーっ!! ……クヒヒ』

 声は宣言した。

 まさか。

「うそ……、うそだ。うそうそ、うそっ!」

 まさか、まさか、まさか。

「ああぁぁああーっ、藁が! 藁がくる!!」

 雛はバタリと倒れて、服についた炎を消そうとするかのようにのた打ち回った。

 手が、藁に。いや足も、顔までどんどん、変わっていく。一瞬で変わるのではなく、まるで塗り替えていくかのように。

 雛は僕の服に縋りついて許しを請う。

「いやだ、いやだよ。助けて、ああ、ごめんなさい。ジュウジくん、ごめんなさい、ごめんなさ――」

 喉が変わりきって、声が途絶える。何をしても藁人形化は止まらなかった。僕はどうすればいいのかわからなくて、そんな姿を見ているしかなかった。苦しそうな表情と訴えるような瞳がふわふわとした藁束に変わるところまで、見ているしかなかった。

 静寂。

 呆然とする僕。

 藁に変わった雛。

『クック……クヒヒ!』

「あ、う、うう、うわぁあああああーっ!!」

 わらこの笑い声が聞こえて、いまの出来事の衝撃がいまさらやってきた。全身が変わりきって、雛だったものが目の前には横たわる。

『ひとをのろわば、わら、いっぱい! このあたりはもう、みんなわらにんぎょうだー! クヒヒ、クヒヒ、クヒヒヒヒ!!』

 何もできなかった。

 だが、悪夢は続ようだった。いま雛だった藁人形がむくりと体を起こす。

 そして告げた。

「わたし、わら子。やっとだ、やっとのうみそ、手に入れたぞー! 辛かったよー、クヒ、クヒヒ!!」

 歓喜の声だった。

 声の出ないはずの藁人形から、わらこの肉声が響き渡る。

 何が起こっているんだか、理解がおっつかない。ただ、事態が少しでもいい方向に転んでいっているではないか、なんて希望は到底持てなかった。

 その証拠に、わらこは言った。

「……わたし、わら子。わたしに触れたら、全部わらにんぎょう。ねえ、じゅうじ?」

「――ッ!」

 最悪だ。

 僕は跳ねるように飛び退る。どうやら雛の藁は完全にわらこが主体の体らしい。

 わらこはふらふらとしながら僕を視界に収める。そして僕の名前を叫びながら突進してきた。

「じゅうじー! わら子は、じゅうじを、わらにんぎょうにする。……だから逃げるな」

「逃げないわけないだろ!」

 脇目もふらず部屋から飛び出した。そのまま家を飛び出そうとして、雛の家族も藁人形になっていたところを一瞬だけ見る。

「くそっ、本当に……」

 みんな藁人形にしやがった。

 僕はひたすらに逃げた。触ったらダメなんて敵いっこない。それに呪っていた雛でさえわらこは藁に変えてしまったのだ。いままで例外だった僕が藁に変えられないなんて保証はない。

 そして、ひとたび藁に変えられてしまったら操り人形の人質だ。それだけは避けなければ。

「だけど、なら、これからどうすればいい。どうすれば……」

 絶望しかけて、家まで逃げ帰った当たりで、閃きがあった。

 そう、雛が最後に言っていたことだ。原因が黒ずんだあの藁人形なら、なんとかできるかもしれない、と。

「なんとかって、なんだよ……」

 刻むか。焼くか。それとも丑の刻参りのように、真夜中に神社の木に打ちつけるか。なんだっていい。試すしかない。

 そうして僕は家の工具箱から色々と運べるだけのものを工面してカバンに詰めた。自転車に乗って、もう一度、雛の家へ向かわなければ。

 だが――

「どこにもない」

 雛の部屋に戻ってきて、隅々まで徹底的に探した結論だった。

 どうやら黒い藁人形はわらこが持ち去ったらしい。

 僕はため息をついた。これで、反撃の一手が打てなくなった。状況はさらに悪くなったといえる。

「どこに行ったんだよ、わらこは」

 あの目立つ容姿で、……いいや、あくまで僕にそう見えているだけだ。おそらく他人からは普通に見えている。

 それは、学校へ行っていたここ二日で経験済みだった。誰が藁になっても会話が途絶えるだけで、関係は破綻したものにならないのだ。藁人形に見えるのは、呪われた僕だけ。つまり、わらこは普通の少女のように、見えているに違いない。

 結局その足跡は不明のまま、すごすごと家に帰るしかなかった。


 =


 家を開けている間に留守電が入っていた。例によって母の手では受話器を持てないので再生されていなかったらしい。

『留守番電話、午前七時、二分デス。「…………十字くん、また、学校で待ってます。お話、させてください…………」』

 華蓮からのメッセージにズキンと心が痛む。

 携帯に掛ければいいものを、何度もうちの固定電話に掛けてきて、そのいじましさに心が揺らぐ。

 そんなほんわかした気分を、次のメッセージが台無しにした。

『――午後五時、三十四分デス。「…………私、わら子。明日、きみの学校で待ってるよ。十字くん。早く私のものになってね、クヒヒ…………」』

 青ざめて意識が遠のく。

 華蓮が待っているところにわらこだって? なんだそれは、ふざけるな、ふざけるなふざけるな!

 暗記している華蓮の携帯番号に掛ける。コール音。ほどなく通じる。

「華蓮……明日は――」

「馬鹿っ!! なんで、電話なんかして……っ」

 明日はくるなと警告しようとして遮られる。

 恋人だった女の子の一喝。それだけで頭が冷えていった。そして、この電話がどれだけ無作法なものだったかも気づいてしまう。

「あ、いや、違うんだ。……その、連絡をしないとと思って……」

「……聞きます」

 不服そう。そして多分、次の言葉で爆発するのが分かった。

「明日は、学校にこないで欲しいんだ……」

「何ですか、それ!!」

「待て、聞け! 事情が、あるんだ。詳しくは話せないんだけど、明日の学校は、危ないんだよ」

「…………」

「だから……」

「それは、逃げてますよね。わたしから逃げるつもりなんだ」

「違う。この話は、別れ話とは別件だ!」

「うるさい! ……わたし、待ってますからっ!! いつものところで、明日は一緒に帰るんですから!!」

「待てっ――」

 切られた。リダイヤル。ダメ。携帯で掛けてもダメ。

 完全に失敗だった。このままでは明日は確実に学校へきてしまうことだろう。直接、華蓮の家を訪ねるしかなかった。

 何度か門をくぐった豪邸。その前までわざわざ出てきた執事が一言。「お嬢様は、お会いにならないとおっしゃっています」 予想通りの門前払い。やはりというか、岩のように頑固な性格だった。効果は期待できないだろうが、執事さんに「明日学校にくるな」僕が言っていたと伝えてもらうよう頼んでおく。これも望み薄だろうが。


 =


 呪いは実在したと受け入れたはずの僕だったが、この期に及んで、これがすげぇ遠大な夢なのではないかと思い始めていた。ほっぺたを抓ったら痛かったけれど、だからってそれが夢じゃない証拠といえるのか。

 だって、世界はもうおかしなことになっているんだもの。

「はは……」

 闊歩する藁人形。

 右を見ても、左を見ても藁人形。

 ランドセルを背負った藁人形が通学路をなしている。藁人形が不器用に洗濯物を干している。藁人形がスーツを着て電車を待っている。藁人形がタクシーを鈍行で運転している。藁人形がレジで応対している。藁人形が日傘を差してことさらゆっくり歩いている。

 藁人形が、藁人形が、藁人形が――

 テレビをつけると、藁人形のキャスターがよくわからないニュースによくわからない解説をつけていた。藁言語はもういい。無言で消す。

 あれから朝まで数時間が経っていた。一睡もせず、準備を整えていたが、それはわらこも同じだったようだ。

 にわかに力を増したようなわらこは、触れるものをみんな藁人形に変えていった。そしてわらこに触れられて藁になったものは、感染源として、そしてわらこの尖兵として世界を藁一色に染め上げていったっぽい。

 まるでバイオハザードだ。おそらく国内はもう藁だらけだろう。抵抗勢力がない上に、藁にされたことすら誰も気づかないのだから、侵略は実にスムーズにいったはずだ。

 さらにネットで海外のサイトの見ていると面白い現象が起きていた。適当にリンクをたどるだけで言語が藁語になっていくのだ。つまり、まったく、意味が、わからなくなる。

 これは、ねずみ算式に藁だ。サイトを眺めているだけで地球全土を覆い尽くす勢いで藁の軍勢化は進んでいるのだろうとわかる。

 なるほど。

 いや、わからん。

「冗談が過ぎる……」

 短時間で世界を覆い尽くしたわらこが、脅威に感じる人物こそ僕だということはもっとわからない。

 わからないことは放っておこう。

 なんだっていい。世界がこうなってしまった以上、僕だってなりふり構わず動く。

 襲撃される可能性を考えて、自分の家は放棄した。現時点で住居不法侵入の罪に、器物破損、窃盗、危険物所持などなど公然と重ねているのだが、藁のおまわりさんがやってくる気配はない。ならばわらこにも見つかっていないということだ。

 見ていろわらこ、こっちも戦闘準備は完了済みなのだ。


 =


「私は、藁子。藁の世界を作る、女王よ。邪魔をするなよ十字」

 学校を訪れると、校舎の上に仁王立ちの藁人形が居た。わらこだった。

「邪魔はお前だ。ここは人間の世界なんですよ。藁とか、ぶっちゃけ抱腹絶倒ものでしょ」

「貴様ぁーっ!」

 そしてわらこは性格が変わっていた。カタコト感がすっかり抜けて口達者になっている。

 僕のことを好きだとか愛しているとかほざいていたのは、きっと雛子の影響なのだろと思った。そして知能をつけてからはその軛を逃れたと考えられるが、正直どうでもいい。

「バッタに喰われろくそわらこ! TPP交渉成立で外国産藁が入ってきて値を暴落させろくそわらこ!」

「私は、藁子だ! 十字ぃいいい、よく言ったなっ! あとはお前だけなのだ、絶対に逃さないぞ。出てこい、我が従僕、藁人形ども!」

 わらこの号令とともに校舎から民家からわらわらと藁人がやってくる。元人間の、現わらこの奴隷。可哀想だけど、僕だってこんなへんてこな世界ですっかり倫理観がなくなるぐらいには狂ってるんだ。

「えーい!」

 僕は山のようになっていたリュックからビンを一本取り出した。さっとライターで着火して藁人形めがけて投下する。燃えやすい藁を介して、辺りは一斉に火の海になった。

 あはっ、簡単だ。あとはわらこを追い詰めて同じように焼き払うだけ……とっても簡単だよ。

 階を上がるごとにビンを投げる。罪悪感はまるでない。なぜなら僕は救世主だから。ビンに詰めたガソリンはさながら聖水のよう。悪の根源たる藁人形を浄化する神聖な炎の元なのだ。

「ははは、あははははは!! 燃えろ、燃えちまえよ!! あははははははっ!!」

 笑みがこぼれる。うれしいなあうれしいなあ。キラキラと燃える校舎。家屋にも延焼が進んで黒煙を上げていたけれど、それすら祝福に思えてしまうよ。

 そうして辿り着いた屋上には、一体の藁人形がぐるぐる巻きに縛られ、横たえられていた。そのすぐ隣に立つわらこは渋面をしているような気配を醸し出す。

「私は、藁子。なんて男だ、藁人形の弱点を容赦なく突いてくるなんて」

「うるせぇっ! とっとと灰になれよ」

「待て、これを見ろ!」

 そういってわらこは藁人形を指す。それがなにか?

 僕は無言でビンに着火する。

「見ろといっただろう! こいつが誰だったか、お前は気づかないのか!」

「……言いたいことはなんとなくは分かるけど」

 その藁人形、あの子だっていう設定なんだろう。けど生憎だったな、分かんねえよそんなの。というか、わらこにはわかるつもりなんだろうか。

「ならその火をいますぐ消せ!」

「馬鹿じゃないの。そんなの取引になんないでしょ。こっちはもとより玉砕覚悟できてるんだ。せめて藁人形からもとに戻すとかしてみせろよ」

「ぐぬぬぬぬ……」

 僕とわらこは睨み合っていた。

 だけど、違う。

 これは時間稼ぎに過ぎなかったのだと、僕は気絶する瞬間に気づいた。


 =


 目が覚めると真っ暗な世界だった。生い茂る木々が見えることから山だとわかる。気を失っている間に運ばれていたみたいだ。人一人の輸送など、世界を牛耳るわらこにはたやすいことなのだろう。

 見ると辺りには藁人形がところ狭しと蠢いていた。そのうちの正面に立つ細身の一体が、杭のようなものと槌のようなものを持っていた。

 僕の体は木の高い位置に縛り付けられていて、ああ、と閃くものがあった。

 つまり、丑の刻参りだ。暗くて見えないが、おそらく神社が近くにあるのだろう。

 藁人形の世界で、ただひとり人間の僕は、藁人形にとっては呪殺に必要な藁人形なのだ。

 何が起こるか、もうすっかり観念して時を待った。

 死ぬのかもしれないし、藁人形になるのかもしれない。なんでもよかった。もう何もかも。

 ただ気になるのは、誰を呪うんだろうということだ。

 強打された後頭部がズキズキする。

「待たせたね」

「わたし、わらこって言わないのな」

「もう不要だ。お前もな……」

 なら会話だって要らないだろう。僕は口を閉ざした。

 するとわらこは、杭と槌を持つ藁人形に話しかける。

「巫女よ。お前が幕を引くことこそ相応しい」

 赤と白の羽織は、服装からして確かに巫女だ。といっても見た目は藁なのだが、こういうのも馬子にも衣装というのだろうか。

 いよいよ杭が、僕の胸に突き立てられる。ドラキュラ伯爵みたいな終わりだなと思った。


 =


 世界は夢から醒めたようだった。

 人びとは戻ってきた。僕が焼いた人がどうなったかはわからない。ただ、校舎のあちこちに燃え広がったあとがあった。しかし、建物自体には影響がなかったらしく、わずかな改修を経てあっという間に日常が戻ってきてしまった。

 リベンジ宣言を致します。

 プロットの段階ではいい感じだったのに筆を入れると溜息をつくしかない。いや、途中も結末もホラーらしくなるはずだったんだ!

 同じ題材で、同じプロットで書き直します。いずれ!


【競作】関係各位へ

 競作の最終回、お疲れ様でした。来年、また復活があると信じております。

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