契約
「何て、言いました……?」
悪魔は信じられないと言う顔で男を見つめている。
「今まで通りの生活って言ったんだ。魂を渡すことについては諦めるよ。だから、死ぬまでは普段と変わらない生活をさせてくれ」
男の表情は晴れやかで、とても、嘘を言っているようには見えなかった。
「こんな人は初めてだ……。もっとましな願いもあったでしょうに」
悪魔は呆れを通り越し、呆然としている。
「良いんだ。色々と考えたが、普段の生活が一番さ。いきなり夢が叶っても、戸惑うだけだろう」
「じゃあ、そんなに今の生活が充実しているんですか?」
「いや、むしろうんざりしている」
「だったら……!」
悪魔が詰め寄ろうとするのを、男は軽く首を振って制し、
「だが、何と言うのかな……、この生活が身に染み込んでしまって、変えようとも思わないんだ。意欲を失ってしまったらしい」
「ふぅん、そう言うもんですか。つまらない時代になったもんですね」
「そう言うなよ。単調な毎日にも、やりがいはあるんだ。……そう言う訳で、願いは今まで通りの生活で頼むよ」
悪魔は男の言葉に頷き、
「分かりました。それで良いでしょう。……まったく、昔の人間は欲望にまみれてたのに。堕落したものですね」
愚痴りながら、部屋の床に不思議な模様を描いていく。
「おいおい。ここは借りているアパートなんだぞ」
「契約の儀式ですから、邪魔しないで下さい。それに、心配ありませんよ。儀式が終われば消えますから」
幾何学的な模様を描き終え、悪魔は男に向き直った。
「では、契約をしましょう。でも、平凡な生活ではつまらない。私も魂を貰う以上、それ相応のことはしたい。サービスです。あなたの平凡な毎日を私が少し面白くしてあげます」
「要らないよ、今のままで十分だって」
「勿論、今まで通りです。ただ、毎日が前より刺激的になると思いますよ」
悪魔は再び笑みを浮かべ、
「同じ味ばかりよりも、少しは違う味を楽しみたいでしょ?」
模様が光り出し、男と悪魔はその光に包まれた。




