願い
「で、悪魔って言ったな。何で俺のところに来たんだ」
ここは男の家のリビング。驚きを通り越して逆に落ち着いたのか、男の悪魔を見る目には、驚愕よりも疑惑の色が濃くなっている。
「ええ。私は世間一般に言うところの悪魔です。あなたが持ち帰ったその本。それは、悪魔を召喚する為の本です。あなたはその本を開いた。だから、私が現れたんですよ」
悪魔は笑みを浮かべながら、説明を始めた。
「本を開いただけで悪魔は現れるのか。」
「ええ。呪文なんて、面倒臭いだけですからね。何事もスピーディーに。今の時代にぴったりでしょ?」 そう言うと、悪魔はキヒヒと笑った。
「……しかし、困るな。こっちは喚ぶつもりなんて無かったんだ。帰ってくれないか」
「そう言われましてもね……。一度悪魔を喚んでしまったら、もう契約するしか無いんですよ」
「契約……………」
男の顔が、さっと白くなった。
「なぁに、そんなに恐がることはありませんよ。契約と言っても、あなたは好きな願いを一つ頼むだけ。その願いをこちらが叶えて差し上げる。その代わり、私はあなたの魂を貰う。お互いに利益のある、良い契約でしょ?」
「ま、待ってくれ。つまり、契約をして願いが叶ったら、俺は死ぬってことじゃないか」
「良いじゃないですか。最期に自分のやりたいことができるんですから。何をしたい訳でもなく無駄に生きているより、余程人間的だと思いますがね」
「悪魔が人間を語るなよ……。ともかく、俺は平凡な毎日で十分だ。とっとと帰ってくれ」
男はもううんざりだと言うように、ぞんざいに答えた。
「ですから、どうであれ契約はしないといけないんです。」
「仕方無いのか……」
「ええ。もう諦めて、素晴らしい願いを考えて下さいよ」
男が諦めたのを見て、悪魔の笑みは一層深くなった。
「願いか……。何も思い浮かば無いな……」
「何でも良いんですよ。金、名誉、女、……欲しいものはたくさんあるでしょう?」
「まあ、確かにそうだが……。しかし、死ぬ代償としては余りに少ない気がする……」
「面倒臭い人ですね。どうせなら、最高の願いが思い浮かぶっていう願いにしましょうか」
男の優柔不断さに、悪魔は笑みを浮かべつつも、呆れの様子を隠しきれていない。
「そんな願いはだめだ。…………良し、思い浮かんだ」
「そりゃ、良かった。で、その願いは何でしょうか」
早く契約したいと逸る悪魔に、男は
「今まで通りの生活をさせてくれ」
「……はい?」
悪魔の笑みが、遂に崩れた。




