消えゆく魂のうた
『たましい』
海で死んだ子のたましいは
「暗い、暗い」と泣きながら
水の底をただよいます。
やがて潮がみちるとき
海で死んだ子のたましいは
あぶくとなって浮きあがり
ぱちんとはじけて霧となります。
そのまま月夜にのみこまれ
雲のうえで目ざめたら
まばゆい光につつまれて
天使がむかえにくるのです。
山で死んだ子のたましいは
「寒い、寒い」と泣きながら
夜露となって輝きます。
やがて朝日がのぼるころ
山で死んだ子のたましいは
かわいた風にはこばれて
くるくるお空へまいあがります。
そのまま街を見おろして
風に吹かれているうちに
いつしかせなかに羽がはえ
天使となって飛ぶのです。
生まれずに死んだ子のたましいは
「恋し、恋し」と泣きながら
母のおちちを探します。
やがて水辺にたどりつき
生まれずに死んだ子のたましいは
お地蔵さまに背おわれて
すやすや寝息をたてはじめます。
そのまま夢のゆりかごで
まだ見ぬ母の子もり唄
きいて安心したならば
天にのぼってゆけるのです。
『夜を待つ』
夕間暮れの寒空に ぽつりぽつり街の火灯り
豆腐屋のラッパ遠くなる
僕は急に心細くなり
待宵草の咲くなかに 川のせせらぎ聞きながら
土手にたたずみビールを飲んだ
むかし別れた恋人が 星のまにまに微笑んでいた
――ばかねえ
――なにやってるのよ
ああ、懐かしい
あの子はこんな顔だった
いつも笑いながら僕のこと叱ってくれた
あまりに懐かしかったので
僕は今夜 死のうと決めた
『縁日』
お閻魔さまの縁日に、
うちのジョンは死にました。
ひと声大きくわんと鳴き、
そのまま冷たくなりました。
お閻魔さまの縁日にゃ、
地獄のかまのフタがあき、
亡者が帰ってゆくという。
ジョンはやさしい犬だから、
地獄なんかへゆくものか。
きっと今ごろ普陀洛の、
観音さまのおひざもと、
可愛い可愛いとなでられて、
しっぽを振っているだろよ。
私を忘れているだろよ。
お閻魔さまの縁日に、
うちのジョンは死にました。
私は部屋で泣きながら、
この日がきらいになりました。
『存在しない女』
在りもしない街角の
在りもしない店先に
存在するはずのない女が一人エスプレッソを飲んでいた
在るはずのないテーブルに
頬づえついて
その女は小さなため息をついた
それから静かに目をふせて
存在しない女はテーブルの上にきれいな涙のしずくをこぼした
そのまま俺をふり返り
幻のような淋しい笑みを浮かべた
そのとき俺はふと
この女が実在するんじゃないかと思ってしまった
とたんに
女は消え失せ
すべては霧のように消え失せ
あとにはただ、残月のような虚ろだけが残った
ありがとうございました。