西の門・痛みの時刻
雨の匂いが残る西の街道で、アレンは一枚の記録を読み返した。雨の朝、アレンは武具と少量の食料だけで西門を出る。見送りは許されず、鐘も鳴らない。 竜紋の痛みが強くなる時刻を記録し、歩く時間を変えた。強さで耐えるのではなく、倒れず海まで着く方法を選ぶ。 門外には黙って休暇を取った仲間たちの足跡が残っていた。彼は振り返らず、その心だけを受け取る。
街道の祠には、魔族と竜を同じ黒い影で描いた板が掛かっていた。幼いころから見てきた絵だが、洞窟の記憶を得た今は、その単純さの方が不気味だった。
沿道の者は石を投げ、同時に聖句を唱えた。憎しみより恐怖が先にある。その恐怖を教会が正しさへ変えていることを、彼は自分の傷で知った。
禁忌大陸について確かな記録は一冊も渡されなかった。魔族は残虐で、土地は死に、帰還者はいない。その三行だけが、何百年も疑われず繰り返されている。
海が近づくにつれ、護送の人数は減った。最後の関所では鍵だけが外され、あとは一人で進めと言われる。自由になったのではない。誰も戻ると思っていないのだ。
夕暮れの先に黒い水平線が伸びていた。アレンは王国を振り返らず、まだ見たことのない土地へ歩いた。答えがないなら、せめて自分の目で確かめるしかない。
小さな決定だった。それでも、遠くの権威ではなく目の前の暮らしから決めたという事実は残る。誰かの恐怖を利用しない選択が、この大陸では新しい道になっていった。
その場で答えを出せなかった問いも、消したことにはしなかった。保留と記して次の会議へ渡す。分からないものを分からないまま残せることも、互いを欺かずに暮らすための力だった。
(本文実測:683字)




