戻らない熱
雪の峠では、夜明け前から小さなざわめきが続いていた。討伐後、アレンの傷だけが治らない。夜ごと鱗のような痕が広がり、医師は診察を拒む。 夜明け前、斥候の報告と村人の証言を地図へ重ねた。道の幅、水場、逃げ遅れた家まで確かめ、戦果より先に避難の順番を決める。 部下たちは交代で扉を守るが、教会は呪われた英雄を王都に置けないと布告する。
医師は扉越しに聖句を唱え、診察台へ近づこうとしない。病ではなく穢れと決められた瞬間、治療法を探す問いそのものが閉じられていった。
ローディは隊を連れて城門を破ると言った。アレンは首を横に振る。自分を救うために部下を反逆者へ変えれば、教会が語る呪いの証明になってしまう。
竜紋は力を与える祝福ではない。感覚が鋭くなるほど光と音が痛みに変わり、眠りさえ奪う。アレンは異変を隠さず記録し、未知を都合のよい奇跡へ置き換えなかった。
処分を決める会議に本人の席はない。廊下へ漏れる声を聞きながら、彼は王国へ尽くした年月を数えなかった。守った人々を、今度は自分のための戦へ巻き込まないことだけを考えた。
扉の外には、元部下が磨いた剣が一本置かれていた。同行は許されなくても、忘れてはいないという無言の印だった。アレンはそれを腰へ差し、次の朝を待った。
小さな決定だった。それでも、遠くの権威ではなく目の前の暮らしから決めたという事実は残る。誰かの恐怖を利用しない選択が、この大陸では新しい道になっていった。
見届けた者は英雄譚を口にしなかった。水が戻った、薬が届いた、今夜は家族が眠れる。ただそれだけの報告が重なり、アレンへの警戒をゆっくり信頼へ変えていった。
(本文実測:682字)




