洞窟の息・残る記録
雪の峠に朝の光が差したころ、アレンはいつもより早く目を覚ました。山腹の洞窟で傷ついた竜と遭遇する。竜は村を襲わず、教会騎士の槍を全身に受けていた。 翌朝、使った矢と薬、傷ついた者の名を記録した。英雄の一撃ではなく、次の隊が同じ失敗を避けるための事実を残す。 撤退を提案したアレンに、監察司祭は討伐以外を背教と告げる。命令と事実が初めて正面から食い違う。
《白刃》は国の切り札と呼ばれていたが、アレンはその名を好まなかった。刃は振るう者だけでは働かない。斥候、救護、荷車を引く者まで戻って初めて任務は終わる。
急ぐべきだという意見と、偵察を増やすべきだという意見が割れた。アレンは声の大きさで決めず、それぞれが恐れている損失を確認した。守る対象が分かれば、必要な速度も見えてくる。
夕刻、炊事係が人数分の椀を並べた。将校用の料理はなく、アレンも同じ薄い汁を飲む。兵の疲れを知るには、同じ道を歩き、同じ食事を取るのが最も早かった。
任務が終わると、司祭は人々の前で聖光教の加護を称えた。アレンは壇上へ上がらず、負傷者の名と不足した薬の数を確認する。称賛より、次の任務で同じ傷を出さないことを選んだ。
夜の帳面には、勝利の二文字より多くの反省が並んだ。それでも最後の頁に全員帰還と記せた時だけ、アレンは短く息を吐いた。
その場で答えを出せなかった問いも、消したことにはしなかった。保留と記して次の会議へ渡す。分からないものを分からないまま残せることも、互いを欺かずに暮らすための力だった。
小さな決定だった。それでも、遠くの権威ではなく目の前の暮らしから決めたという事実は残る。誰かの恐怖を利用しない選択が、この大陸では新しい道になっていった。
(本文実測:712字)




