北からの火・夜の見張り
夜、見張りが交代するころにも話は終わらなかった。夜番は敵を探すだけでなく、味方の暴走を止める配置になった。合図なしに海へ出る船がないか、互いに確認する。
ローディは昔と同じように命令を求めたが、アレンは目的と禁止事項だけを渡した。証人を守る、民家へ入らない、捕虜を傷つけない。その中で隊自身に選ばせる。
北港を襲った魔族の中には、使節の遺族もいた。事情は罪を消さないが、罪だけで人間全部を決めもしない。降伏者には公開裁判の席が用意された。
魚売りは使節の顔を詳しく覚えていない。ただ薬草の匂いと、傷ついた仲間へ水を求めた声だけは証言できた。知らない部分を埋めない証言だった。
聖光教を終わらせるとは、祈る者を狩ることではない。恐怖を根拠に裁き、異論を沈黙として数える仕組みを働かなくすることだと、アレンは繰り返した。
ミレアの名を呼ぶ声は、復讐の号令ではなくなっていた。薬棚、海図、白布、写し。それぞれの手に、彼女が選んだ和平の続きを残す。
記録の写しには、誤字も訂正線もそのまま残された。整いすぎた文書より、人が迷いながら書いた跡のほうが、出来事の時間を正確に伝えることがある。
誰も全体像を知らない。港の者は禁忌大陸の議論を知らず、魔族側は王国内の抵抗を知らない。伝わった断片を断定へ変えないことが唯一の共通規則だった。
一日の仕事が終わると、見張りも書記も同じ鍋から食べた。立場の違いは消えなくても、明日の食料を誰か一人だけのものにはしなかった。
アレンは強さを示すため竜の力を使わない。重い荷を運ぶ時も先に滑車を組み、誰にでも再現できる方法を選ぶ。彼が去った後まで暮らしが続く形が必要だった。
(本文実測:691字)




