洞窟の息
雪の峠に朝の光が差したころ、アレンはいつもより早く目を覚ました。山腹の洞窟で傷ついた竜と遭遇する。竜は村を襲わず、教会騎士の槍を全身に受けていた。 夜明け前、斥候の報告と村人の証言を地図へ重ねた。道の幅、水場、逃げ遅れた家まで確かめ、戦果より先に避難の順番を決める。 撤退を提案したアレンに、監察司祭は討伐以外を背教と告げる。命令と事実が初めて正面から食い違う。
教会の記録では勝利は祝福の証とされ、失敗は信仰の不足とされた。アレンはその単純さを疑い、現場で起きたことを一行ずつ報告書へ戻していった。
監察司祭は祈りを終えるまで動くなと言った。アレンは祈りを妨げず、その間に避難路の確認を進める。信仰を侮辱せず、人命を儀式の順番へ従わせないための判断だった。
夕刻、炊事係が人数分の椀を並べた。将校用の料理はなく、アレンも同じ薄い汁を飲む。兵の疲れを知るには、同じ道を歩き、同じ食事を取るのが最も早かった。
任務が終わると、司祭は人々の前で聖光教の加護を称えた。アレンは壇上へ上がらず、負傷者の名と不足した薬の数を確認する。称賛より、次の任務で同じ傷を出さないことを選んだ。
夜の帳面には、勝利の二文字より多くの反省が並んだ。それでも最後の頁に全員帰還と記せた時だけ、アレンは短く息を吐いた。
小さな決定だった。それでも、遠くの権威ではなく目の前の暮らしから決めたという事実は残る。誰かの恐怖を利用しない選択が、この大陸では新しい道になっていった。
見届けた者は英雄譚を口にしなかった。水が戻った、薬が届いた、今夜は家族が眠れる。ただそれだけの報告が重なり、アレンへの警戒をゆっくり信頼へ変えていった。
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