閉ざされた報告
雨の匂いが残る石壁の詰所で、アレンは一枚の記録を読み返した。北辺で翼ある巨獣が目撃され、教会はそれを竜と断定する。討伐命令は調査を待たずに下る。 夜明け前、斥候の報告と村人の証言を地図へ重ねた。道の幅、水場、逃げ遅れた家まで確かめ、戦果より先に避難の順番を決める。 古い記録ほど肝心な頁が抜かれており、アレンは命令の裏に隠された焦りを感じ取る。
教会の記録では勝利は祝福の証とされ、失敗は信仰の不足とされた。アレンはその単純さを疑い、現場で起きたことを一行ずつ報告書へ戻していった。
監察司祭は祈りを終えるまで動くなと言った。アレンは祈りを妨げず、その間に避難路の確認を進める。信仰を侮辱せず、人命を儀式の順番へ従わせないための判断だった。
夕刻、炊事係が人数分の椀を並べた。将校用の料理はなく、アレンも同じ薄い汁を飲む。兵の疲れを知るには、同じ道を歩き、同じ食事を取るのが最も早かった。
任務が終わると、司祭は人々の前で聖光教の加護を称えた。アレンは壇上へ上がらず、負傷者の名と不足した薬の数を確認する。称賛より、次の任務で同じ傷を出さないことを選んだ。
夜の帳面には、勝利の二文字より多くの反省が並んだ。それでも最後の頁に全員帰還と記せた時だけ、アレンは短く息を吐いた。
小さな決定だった。それでも、遠くの権威ではなく目の前の暮らしから決めたという事実は残る。誰かの恐怖を利用しない選択が、この大陸では新しい道になっていった。
見届けた者は英雄譚を口にしなかった。水が戻った、薬が届いた、今夜は家族が眠れる。ただそれだけの報告が重なり、アレンへの警戒をゆっくり信頼へ変えていった。
(本文実測:685字)




