第7話:【不機嫌】お姫様の孤独な目覚めと、執事の微かな微笑み
昨夜、王妃様から「添い寝許可」が出たものの、執事の矜持を守って途中で抜け出したアルフレッド。
しかし、朝目が覚めたリリアーヌ様にとっては、それは「朝まで一緒にいてくれなかった」という裏切り?に等しいものでした。
膨れっ面のお姫様と、それをなだめる執事の、甘くて少し騒がしい朝の風景をお楽しみください!
窓の外から鳥のさえずりが聞こえ、柔らかな朝日が寝室に差し込む。
リリアーヌはまどろみの中で、隣にあるはずの温もりを探して手を伸ばした。
(……あれ?)
指先に触れたのは、人肌の熱ではなく、冷たく滑らかなシルクの感触だけだった。
一気に意識が覚醒する。ガバッと体を起こして隣を確認するが、そこには綺麗に整えられた枕があるだけで、アルの姿は影も形もなかった。
「…………いなくなってる」
ぽつりと溢れた言葉が、広い部屋に寂しく響いた。
昨夜、お母様が「添い寝くらいにしなさい」と言ってくれた時の、あの天にも昇るような心地。アルが戸惑いながらも隣に横たわってくれた時の、あの心臓の音。
それなのに。
「失礼いたします。リリアーヌ様、お目覚めの時間です」
あまりにも完璧なタイミングで、扉が開く。
そこには、一点の乱れもない執事服に身を包み、優雅に一礼するアルの姿があった。その表情はいつも通り、冷静で、誠実で……まるで「昨夜のことなどなかった」かのような表情。
「……おはよう、アル」
「おはようございます。昨夜はよくお休みになれましたか?」
よく休めたかと聞かれ、リリアーヌはぎゅっとシーツを握りしめた。
「……休めなかったわ」
「おや、体調が優れませんか? すぐに医師を——」
「そうじゃないわ。……アル。私と一緒に寝るのが、そんなに嫌だったの?」
上目遣いで、じとりとアルを睨む。
アルの肩が、ほんの一瞬だけビクッと震えたのを、リリアーヌは見逃さなかった。
「……滅相もございません。ただ、執事が主の褥で朝を迎えるなど、あってはならない不敬にございます。リリアーヌ様の高貴な名に傷をつけぬよう、深夜に辞去させていただきました」
「言い訳ね。……もういいわ。顔を洗うから、準備して」
リリアーヌはぷいっと顔を背けた。
アルは「かしこまりました」と静かに答え、洗面の準備を始める。
リリアーヌの「不機嫌モード」は、その後も続いた。
いつもなら「アル、このリボンがいいわ」と楽しげに相談するお着替えの時間も、今日は一切口を利かない。アルが跪いて靴を履かせようとしても、視線はあらぬ方向を向いたままだ。
(……アルの馬鹿。あんなに寂しかったのに。少しは困ればいいんだわ)
そんな意地悪な思考を巡らせるリリアーヌだったが、アルは動じない。
むしろ、いつも以上に手厚く、細やかな気遣いを見せてくる。
「本日は少し肌寒いですから、こちらのストールを用意いたしました。リリアーヌ様のお好きな香りを少しだけ忍ばせてあります」
ふわりと肩にかけられた布地から、大好きなラベンダーの香りが漂う。
リリアーヌは、思わず「あ……」と表情を緩ませそうになった。
(……いけない。私は今、怒っているのよ)
慌てて顔を引き締めるが、アルの攻勢は止まらない。
朝食のテーブル。リリアーヌが最近「少し甘いものが食べたい」と溢していたのを覚えていたのか、皿の端には、一口サイズの可愛らしいベリーのタルトが添えられていた。
「こちらのタルト、料理長に特別に頼んで作ってもらったものです。糖分を摂ると、気分も晴れるかと」
「…………」
リリアーヌは黙ってタルトを口に運ぶ。
サクサクの生地と、甘酸っぱいベリーの果汁が口の中に広がった。あまりの美味しさに、思わず「おいし……っ」と顔が綻んでしまう。
「お気に召しましたか?」
アルが、わずかに口角を上げて問いかけてくる。その柔らかな眼差し。
リリアーヌは、はっとしてスプーンを置いた。
「……べ、別に。普通よ、普通。」
そう言って再びぷいっと顔を背けたが、その耳たぶが林檎のように赤くなっているのを、アルが見逃すはずもなかった。
だが、これだけでは彼女の心の奥にある「夜の寂しさ」を完全に拭い去るには至らない。
(……やばい、不機嫌なフリをしてるリリアーヌ様も全方位的に尊いが、このままでは俺の『推し活』……もとい執事としての評価が危うい。仕方ない、『あれ』を使うか)
アルは決意した表情で、一歩前へ出た。
「リリアーヌ様。本日の午後のティータイムの前に、私に二時間ほどお時間をいただけないでしょうか」
「二時間? ……また、私の側からいなくなるつもり?」
リリアーヌが、あからさまに不安と疑念の混じった瞳でアルを仰ぎ見る。その指先が、ドレスの裾をぎゅっと握りしめた。
「いいえ。リリアーヌ様をより深く笑顔にするための、特別な準備が必要なのです。その間、リリアーヌ様は図書室にて、こちらの本をお読みになってお待ちいただけますか?」
アルは彼女が読みたがっていた恋愛小説を取り出し、机に置いた。
リリアーヌは本とアルを交互に見つめ、小さくため息をつく。
「……二時間だけよ? 一分でも過ぎたら、承知しないわ」
「仰せのままに。最高の時間をお約束いたします」
恭しく一礼し、アルは部屋を後にした。
向かう先は、王宮の厨房だ。
(……スフレパンケーキ。前世で食べた、あの雲のような食感。こちらの世界の材料、そして『収納魔法』による温度管理を駆使すれば、完璧に再現できるはずだ)
アルの脳内では、すでに卵白を泡立てる理想的な速度と、火力の調整グラフが構築されていた。
不機嫌なお姫様を、とろけるような甘い驚きで包み込むために。
執事の、本気の調理が今、始まる。
第7話をお読みいただきありがとうございました!
不機嫌モードを貫こうとするリリアーヌ様ですが、アルの「二時間ください」という謎の提案に、期待と寂しさを隠しきれない様子でしたね。
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