表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
執事一家の次男に転生したので、全力でお姫様に尽くしたいと思います。  作者: 比津磁界


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/17

第9話:テラスでの膝枕と、昔の呼び名。

前回、至高のスフレパンケーキでリリアーヌ様の胃袋(と機嫌)を完璧に掴んだアルフレッド。


第9話となる今回は、午後の穏やかなひとときから、夜の帳が下りるまでをノンストップでお届けします。

スフレパンケーキという至福の甘味を堪能した後、テラスには穏やかな春の風が吹き抜けていた。

 リリアーヌは、図書室から借りてきたばかりの分厚い冒険小説を抱え、隣に座るアルフレッドへとはしゃいだ声を向ける。


「見て、アル! この挿絵の竜、凄く強そうじゃない? いつか本物を見てみたいわ!」


「左様でございますか。ですがリリアーヌ様、本物の竜はこれほど可愛らしくはありませんよ」


アルフレッドは、かつて前世で見た映像の記憶を脳裏に浮かべながら、穏やかに言葉を返す。

 二人きりの時のリリアーヌは、王女としての気品を保ちつつも、その瞳には幼少期のような無邪気な輝きが宿っていた。それが今のアルフレッドにとって、何より守りたい宝物だった。


「もう、夢がないわね。……ふふ、でもそんなところもアルらしいわ」


リリアーヌは楽しそうに笑い、再び本に視線を落とした。

 それから数十分。テラスにはページを捲る音だけが静かに響いていた。

 やがて、アルフレッドの右肩に、ふわりと柔らかな重みが加わった。


「……リリアーヌ様?」


アルフレッドが視線を落とすと、そこには自分の肩に頭を預けた彼女の姿があった。

 心臓が不規則なビートを刻み始める。彼女のプラチナブロンドから漂う甘い香りが、アルフレッドの思考を白く染めていく。


(……もしや、これは意識してやっているのか? それとも……)


確認するように彼女の顔を覗き込むと、そこには規則正しい寝息を立てる、安らかな寝顔があった。どうやら、パンケーキで満腹になったことで、心地よい眠気に抗えなかったらしい。


「…………寝てしまわれたのですか」


アルフレッドは、安堵と、それ以上の緊張が入り混じった溜息をついた。

 しかし、ソファに座ったままの姿勢では、彼女の首が不安定で危なっかしい。


(……このままでは、起きた時に体を痛めてしまう。……不敬だが、背に腹は代えられない)


アルフレッドは意を決すると、彼女の体を優しく支え、自分の膝の上にその柔らかな頭を移動させた。

 いわゆる、膝枕だ。


至近距離で見る彼女の睫毛は長く、陶器のような肌は夕日に照らされて黄金色に輝いている。

 アルフレッドの心拍数は限界を超え、もはや自分が呼吸をしているのかさえ怪しくなっていた。彼はそのまま、彼女を起こさないよう、ただの石像になったかのように一時間ほど固まっていた。


やがて、リリアーヌが小さく身悶えし、ゆっくりとその蒼い瞳を開いた。


「……ん……。……あら?」


ぼんやりとした視線の先にあったのは、心配そうに、そして顔を真っ赤にして自分を見下ろすアルフレッドの顔だった。

 自分が彼の膝の上に寝かされていることに気が付いた瞬間、リリアーヌの顔は一気に林檎のように赤く染まった。


「あ、アル……! 私、寝てしまっていたの……?」


「左様でございます。……姿勢が不安定でしたので、失礼を承知で……」


リリアーヌは慌てて起き上がろうとしたが、ふと動きを止めると、再びアルフレッドの膝の上に顔を埋めた。


「…………もうちょっとだけ。……凄く、幸せなんですもの」


その言葉に、アルフレッドは今度こそ、言葉を失って沈黙するしかなかった。


テラスでの甘い時間を終え、晩餐はリリアーヌの自室で静かに行われた。

 他人の目を気にしなくて済む空間で、二人は今日一日の出来事や、他愛のない世間話に花を咲かせた。


食事が終わり、夜の支度が始まる。

 風呂場へ向かう前、リリアーヌはクローゼットから数着の寝衣ネグリジェを取り出し、困ったような顔でアルフレッドを振り返った。


「アル、選んで。今夜、どれを着て寝るのがいいかしら?」


「……私が、でございますか? それは侍女の領分では……」


「いいの。今の私は、アルの意見が聞きたいんだから」


アルフレッドは内心のドギマギを鉄面皮で隠し、真剣に衣装を吟味した。彼女の肌の白さを最も美しく見せ、かつ、なるべく露出を控えた落ち着いたデザインの一着を指差す。


「……こちらが、リリアーヌ様には一番お似合いかと存じます」


「ふふ、わかったわ。じゃあ、これを持って待っていて」


リリアーヌは満足げに笑うと、衣装を持って浴室へ消えていった。

 アルフレッドは「ドアの前で待機していなさい」という命令に従い、扉の前に直立不動で立ち尽くした。

 扉の向こうから聞こえる微かな水音に、彼は何度も自分を律するように目を閉じた。


やがて、湯気に包まれたリリアーヌが現れる。

 先ほどアルフレッドが選んだネグリジェを纏った彼女は、いつもより少しだけ大人びて、同時にひどく無防備に見えた。


ドレッサーの前に座る彼女の背後に立ち、アルフレッドは丁寧にその髪を乾かし始める。

 しっとりとした銀の糸をブラシで梳くたびに、静かな部屋に快い音が響く。


「……リリアーヌ様、もうお休みのお時間です」


手入れを終え、アルフレッドがそう告げると、リリアーヌは寝台に腰掛けたまま、不満げに頬を膨らませた。


「まだ眠くないわ。……アル、私の枕元でお話をして。……私が眠くなるまで、ずっと」


それは、わがままな子供のような、けれど抗いがたい主の命令だった。

 アルフレッドは寝台の傍らに椅子を引き、静かに語り始めた。かつて彼が読んだ物語や、この世界のどこかにある美しい景色について。


話が一段落した時、リリアーヌが潤んだ瞳でアルフレッドを見つめた。


「ねえ、アル。……貴方はもう、昔みたいに、私のことを『リリー』とは呼んでくれないの?」


アルフレッドの言葉が止まった。


「……それは不敬にございます。……今の私は、貴女様の執事ですから」


「なら、命令よ」


リリアーヌは身を乗り出し、アルフレッドのシャツの袖をぎゅっと握った。


「二人きりの時だけでいい。……かつてのように、私のことを……リリーと呼んで」


しばしの沈黙。

 アルフレッドは、前世で救えなかった少女の面影を、そして今、目の前で切なげに微笑む愛しい主の姿を、その瞳に焼き付けた。

 彼は深く頭を下げ、かつてないほど優しい声を絞り出す。


「……仰せのままに、リリー」


その瞬間、リリアーヌの顔に弾けるような笑顔が広がった。

 それはどの宝石よりも美しく、アルフレッドの心に、消えない刻印を打つに十分なものだった。

第9話、最後までお付き合いいただきありがとうございました!

……いかがでしたでしょうか。

ついに解禁された「リリー」という呼び名。

執事としての壁を、王女としての「命令」で強引に、けれど愛おしく崩していくリリアーヌ様の執念(愛)が実った瞬間でした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ