3話
だるい。それに、猛烈な吐き気がこみ上げる。ああ、もう朝なのか、日差しが窓からかかっていて、仕事に行かなきゃという焦りを感じさせる。
ベッドでスマホを見て時間を確認しようと手を枕の横にまさぐった。
「仕事......」
「? 仕事、今日は休みでしょ?」
女性の声。気づくと同時に、クラクラするくらいのフェロモンが鼻孔を抜ける。
「は?」
女がいる。そうか。それは俺が拾った女だった。俺の横で眠っていた、そして一緒に寝ていたことに驚きを隠せない。
「一緒に寝てたとき、俺は何もしてないよな?」
「何もしてません!」
酒が飲める年齢とはいえ、女と寝るなんて、今までしたことがなかった。彼女は何もしてないと言うが、それがもっともらしく聞こえた。俺にそんな勇気はないから。
「ならいいんだ」
気持ちが揺れるので、俺はテーブルから煙草を手に取る。紙巻きを持ってライターで火をつけた。
「今日、私は教会から荷物をとってきます。何分昨日は急だったので」
そうか。それは悪いことをしたな。
思い出す。確か昨日、俺は話をしようと彼女に呼びかけた。酒を飲んで話らしい話をした覚えはないけれど。
「あの、よければ、これからここに住ませてくれませんか?」
その一瞬の提案に俺は戸惑う。考えてみる。これからどうするべきか。彼女には誰か必要だけど、俺にはどうなんだろう。
「考えさせてよ」
「今日のお昼。私はご飯を作ります! それを食べながら考えてください」
彼女は手を胸元にあててフフンと笑った。その強気な態度が弱々しく見えた。
「分かった。楽しみにしてる」
俺はそう言って煙草の火を消した。
昼まで。彼女のこれからについて悩んだが、継続と放棄、どちらを選べばいいか分からない。
話し合いをしようと思うのだが、彼女が料理をする音が聞こえる。包丁で野菜を切る音だ。すごく歯切れがいい。なぜか、それが鬱陶しく感じた。
料理を皿によそうのを手伝う。
楓さんが作った料理は、シチューに根菜と鶏が入ってる至って普通の料理だ。
この野菜は買ってきたのか。家にはなかったはずだ。
「美味そうだ」
「そう言って頂けると嬉しいです」
躊躇うように笑った。
そうして二人でテーブルに着く。
料理を食べてる時は無言だった。酒が入ってないとまともに会話できない自分にがっかりする。
何かするべき話があるだろうと思って、口を動かす。
「楓さんは所持金どれくらいあるの?」
「家には住めないけど、生活費を賄うくらいにはあります」
家も借りられないのは相当だな。
「信頼できる友人とか家族は居ないの?」
「お婆ちゃんが死んで、家族はそれだけで友人はあまり居ないです」
そうなのか。
ふと躊躇う。このまま話をしていいのかと、正体不明の違和感と、確信に近づく焦りが俺を翻弄する。内心はビクビクしてるがそれを隠すのが大人だから。俺は必死に自分という人物像を繕う。
ふと彼女が手を挙げた。
「私からも質問いいですか」
「いいよ」
「昨日いつでも、私のこと襲える筈だったのに、なんで襲わなかったんですか?」
「は?」
それは、女を襲ったら犯罪とか色々あるけど。
酒を飲んでも襲わなかった理由、か。深く呼吸をする。
「人生に絶望している人だったから。楓さんを襲って更に絶望したら、それはもう一生の傷でしょ? それに二人で酒を飲むっていう体験は、俺にはないものだった」
「そうだったんですね...! 変なこと聞いてごめんなさい!」
内心悔しくて笑ってしまう。そうだよな。男の部屋に一人じゃ心細いよな。
「それじゃあ、これからのことなんだけど」
顔を伺う。ピタリと楓さんの仕草が止まった。
「多分楓さんってなんでもできるからさ、仕事を探すまでの間、居候しない?」
楓さんはパッと明るくなった。
「本当ですか? 私、ここに居てもいいんですか?」
自分だけじゃ出来合いの料理しか食べられないから。なんてことは言えなくて口を紡ぐ。けれど、笑顔は崩さない。
「少なくとも俺は悪く思わないよ」
「それじゃあ、お言葉に甘えます」
「うん。それじゃあ決定で!」
寝る場所については後から考えないとだな。




