2話
彼女はすっかり静かになっていた。俺の横を歩くその容姿はとても綺麗で、歩いているときの横顔が印象的だった。それが奇妙だと思う。二人で歩くのは違和感があった。
けれど、この女を放っておけなかった。それは世界の何処にも存在しない場所に行ってしまいそうで。
そろそろ家に着く。その前に彼女の名前を聞いた。
「俺の名前は佐々木悠人。あんたの名前は?」
「牧瀬楓と言います」
彼女は動じることなく答えてくれた。
いかにもな名前だ。
家に上がると、寂しい一人暮らしの風景が漂っていた。俺はこの日は休みで、煙草を買いに行ったんだっけ?
「煙草吸ってらっしゃるんですね」
「まあね」
紙巻を二年間吸っていたが、これがやめられない。すっかり中毒になった。
しかし、なんでわかったのだろう?
「よくわかったね。俺が喫煙者なの」
「部屋から煙草の匂いがするので......」
そんなことでバレるのだから喫煙者は大変だ。
「嫌だよな。すまない」
「そんなことないですよ」
微笑む。顔を見るに嘘は言ってなさそうだ。
「じゃあ風呂入ってきなよ。ベッドも使っていいから。外は寒かったろ?」
風呂のお湯を沸かさないとな。なんて考えていると彼女は顔を紅潮していた。
「恥ずかしいです」
バカなこと言うな。人の裸に興味はない。
「はあ......」
「ごめんなさい!!! 入ってきます」
彼女が風呂に入ってる間、自分の部屋着を持ってきた。男性用だが大丈夫だろうか。
下着はさすがに用意できないな。
それより、浴室からシャワーの音が聞こえるので早く立ち去ろう。
彼女は少しダボッとした俺の服を着ていた。少しだらしない雰囲気があるが、この異常事態はいつ終わるのだろうか。と、思いながらも楽しんでいる自分がいる。
「楓さん。君さ。酒飲める?」
「飲めます!」
そう言ったので1ダースのビールから1つを手に取った。
バカみたいに寒いのに二人でベランダの月を見ていた。
「夏目漱石の逸話について知ってますか?」
「逸話......?」
「英語教師だった頃、彼は愛してるという英語を直訳した教え子に向けて言った」
彼女は長ったらしく話した後、呼吸をした。
「日本人は直接的に愛を囁くことはない。月が綺麗ですねなどの情景を言う方が無難だと」
「何と言えばいいか。詩的な表現だ凡人の俺は、感性が乏しくて返答に悩んでしまう」
そう言うと彼女は提案した。
「返答をもし私がするなら。了承の『月が綺麗です』か、否定の『星もきれいですよ』って返します」
「なるほど。今、理解した」
とんでもないことを口走った、と。
酔いに紛れて俺は声を発した。
「結局のところ、さっきの返答.....あんたはどっちなんだ?」
「私?」と聞くので、鈍痛で軋む頭を上下に振る。
「それはどっちだと思いますか?」
期待してた答えじゃなくて、残念だと思い、「あはは」と笑ってしまった。
確かにこの女は強い。酒も、性格も。そう感じた。




