衣装の打ち合わせ
大きな部屋に移動すると、そこにはエリオットと共にデニスとマキナ、そして衣装係のキキとロメオが待っていた。ジゼルはエリオットの隣に腰を下ろし、六人は向かい合わせでそれぞれ自己紹介を行う。
「ら、ラベル商会って」
「この国一番の服飾商会じゃないですか……」
キキとロメオは真っ青になりながらブルブルと震えている。どうしてもっと早く言ってくれないんですか、と言う恨みがましい目から逃げるように、デニスとマキナは明後日の方を向いている。
「あらあら。わたしたちのことをそう評価していただけ嬉しいですわ。ね、お母様」
「ええ。でも、舞台衣装は初めてなのです。どうぞ、お導きくださいませ」
「そ、そんな! わたしたちもプロとは言えないほどで」
「一枚一枚が探り探りです。見栄えや見え方を重視するので、いい生地を扱ったこともないですし……」
衣装のこともあるので、プログラムは少ない。数年に一度更新できればいい方だとデニスは懐事情を打ち明けた。
「なので、ご期待に添えられるほど二人は慣れておりません」
「ですが、これからはそうも言ってられなくてよ? ねえ、ジゼル様?」
ケティが愉快そうに笑っている。ジゼルは悪戯がバレた子どものように眉を情けなく下げた。
「ええ。デニスとマキナには初めに伝えましたが、劇団員がみんな主役になれるようなお話しを作りたいと思っています。ですが、まだ皆さんのことをよく知らないのでゆくゆくはということになりますが」
ジゼルはエリオットにお願いし、複数の冊子を取り出してもらった。ホッチキスのような便利なものはないので、紙に穴を開けて紐を通して作ったシナリオだ。
それをデニスとナタリエ夫人にひと組みずつ渡す。
「内容は同じです。シナリオと言っても素人が作ったものなので、デニスにはこのお話しをベースに修正をお願いします。キャラクターも人数に合わせて増やしたり減らしたりしても構いません。ナタリエ夫人には衣装のイメージもあるかと思いますので、お伝えしておりますが、内容は他言無用でお願いいたします」
タイトルは侍女と魔獣。ストーリーの大筋はそのまま丸パクリだ。
「……これは……面白いですね! とても受けそうです」
そうでしょうとも、とジゼルは胸を張る。
「ですが、我々のような三流がこんな素敵な内容を演じてもよいのでしょうか?」
「なんだ。領地を盛り立てるという約束はどうした?」
ずっと口を閉じていたエリオットが鼻で笑う。デニスはハッとして頭を下げた。
「……っ、失礼しました」
「団長、どういうこと?」
「マキナさん?」
「あー、えーっと」
マキナが助けを求めるようにジゼルを見る。ジゼルは泣きそうな顔をしているキキとロメオに微笑みかけた。
「デニスさんはアクスバン領を盛り上げるために頑張ると約束してくださいました。ただ、それだけです。初めからうまくいくことはありませんしうまく行かないからとあなたたちを罰することもありません。うまくいかないなら、うまくいくまでお手伝いします」
「それだけの経済的支援は行うつもりだ」
そのためにジゼルはアクスバンベアを考えた。ずっと愛されてお金を生み出すシステムを。前世の記憶を辿り、パッと出てきたのがぬいぐるみ産業だ。そんなアイディアで生まれたエヴァンくんとリリアンちゃんは未だケティとナタリエ夫人に抱っこされている。
「アクスバン領に大した観光地はない。たまたまいい場所にあり、適度に栄えているため各地から王都に向かう人々が立ち寄ってくれるが、それだけだ。アクスバン領に行こう、という話にはならない。ーーそう、ジゼルに言われて気がついた。領地の危うさを」
エリオットは自重気味に笑う。
アクスバン領を豊にする資金源の多くは魔法大臣としてこの国に貢献しているせいだ。
もちろん領地経営は黒字で他領に農作物を売りに出るほど豊かではある。だが、作物は天候に左右されるので博打的要素もあった。
「だから他に産業がほしいと思った。ーー国を豊かにするなにかが」
エリオットはジゼルを見て目元を和らげる。
「幸い妻は非常におてんばで勇敢だ。私の母よりも正しい貴族の在り方を知っている」
「仰るとおりです」
ナタリエも同意する。ケティも「ええ」と頷いた。
「そんな妻といるせいか、わたしも少々欲が沸いた。わたしが生きているうちにアクスバン領をこの国一番の領地にしたい、と。だからデニスに〝芸術の都〟と呼ばれるぐらいには頑張ってほしいと葉っぱをかけたのだ」
エリオットは劇団員達ひとりひとり目を合わせてクスリと笑う。
「だからそれほど怯えなくてかまわない。他の領地は分からないが、少なくとも我が領地では。ーーわたしが領主であるうちは不自由はさせない」
「ええ。むしろどんどん意見をください。一緒に領地を豊かにしたいので」
「意見など恐れ多く……」
キキとロメオは困ったように情けなく眉を下げる。ナタリエたちは面白そうに笑っていた。
「でも、ナタリエ夫人達も貴族ですよ? そんなこと言っていたら衣装作りできませんね」
「それは……」
「そこは慣れてもらうしかありませんわね」
ケティがくすくす笑いながら、キキとロメロに温かい眼差しを向ける。デニスが「がんばれ」と二人を励まし、マキナは親指を立てて励ました。
「アクスバン領に到着したら、早速皆さんにお願いしたいことがあります」
「お願いですか?」
「奥様、そこは仕事をしてくれというところですよ」
「そうでした」
マキナの突っ込みにジゼルはへにょんと眉を下げる。
「今劇場の修繕をしています。一週間もすれば完了するので、まずはあなた達の劇を見せてください。演目はお任せします」
「……はいっ!」
「尽力します」
デニスとマキナが姿勢を正す。そこにナタリエ夫人とケティが手を上げた。
「もし可能でしたら私たちも見せていただけませんか?」
「ええ。それとこの後新作の衣装のお打ち合わせもさせていただけます? 侯爵様、お部屋を使わせていただいてもよろしいでしょうか」
「あぁ、構わない。好きにしてくれ」
「ありがとう存じます」
ナタリエ夫人とケティはホッと胸を撫でおろす。キキとロメオは表情を引き締める。
「団長、主人公は誰にするんだ? アビーはいないし」
「そうだな」
デニスは腕を組み「うーん」と唸る。ジゼルが横から「はい」と挙手した。
「あの、できれば主役は二人ないし三人立ててください。もし体調不良や怪我で公演ができなくなるのは避けたいので」
「……そうしたいのは山々なんですが、その」
「言葉を選ばず言うと、華のある劇団員がいないんです」
マキナが苦笑する。しかしジゼルはよく分からないと首を傾げた。
「洋服や化粧である程度誤魔化せますし、華よりも演技力じゃありませんか? アビーさんに頼りきりだったかもしれませんが、これからは今のメンバーでやっていかないといけません」
ジゼルはさも当たり前のことを言ったのだが、四人は目から鱗が落ちたような顔をしていた。
「なら、キキが演じてもいいわけだよね?」
「わ、わたし?!」
「ええ。ロメオさんでもいいですよ」
「じょ、女装っすか?」
「女装でもいいですけど、魔獣の方です」
「あぁ」
よかった、とロメオが胸を撫でおろす。そんなロメオのお茶目な勘違いにその場はワッと盛り上がった。
「それはそれで需要はありそうですね」
「じ、ジゼル様〜」
「嘘ですよ」
エリオットは劇団員たちと楽しそうに話をする妻を見て微笑みながら、ゆったりと肘掛けに腕を乗せる。頬杖をつき、束の間の愉快な空間に身を委ねた。
皆様、本年はお世話になりました。よい冬休みをお過ごしください。
年末年始の更新は余裕があれば行います(書籍作業と並行中ですので、あまり期待せずにお待ちください)
来年もどうぞよろしくお願いいたします。




