慕う者
遅くなりました!
「それで、どうしてあなたまでここにいるの、エリオット」
「ご無沙汰しております、お祖母様。お元気そうでなによりです」
「質問の答えになっていなくてよ」
王太后から直々のお茶のお誘いに戦々恐々としながら王城に向かうと、仕事を抜けてきたというエリオットが待ち構えていた。馬車を降りて彼の顔を見た途端、ジゼルは安堵する。一人ではどう太刀打ちできようかと思っていたので、大変心強い。だが、王太后様は涼しい顔でやってきた孫を見て笑顔で不満を放った。
「ご結婚のご報告が遅れたことお詫びいたします。ですが、彼女のことは大切にしておりますので、そう目くじらを立てないでいただきたい」
「ええ、そうですね。わざわざ仕事を放り出してまで来るぐらいですもの」
まもなく六十歳を迎えるとはいえ、まだまだ若々しい彼女は呆れた顔をしつつも、孫を見る眼差しは柔らかい。
「それに、ジゼルが本当はどんな女性かどうか知りたくて呼び出したのでしょう?」
「ええ、そうよ。あなたがいると都合のいいことしか言わないんだから」
王太后は当初見せていた威厳のようなものを引っ込めて、かわいらしく拗ねてみせた。
「孫の馴れ初めなど聞いて楽しいのですか」
「もちろんよ。いったいどこを気に入ったのか聞きたいわ」
気に入ったもなにも、ジゼルはあらゆる経済的援助というにんじんをぶら下げられてそれに飛びついたという方が等しい。だが、想像していた以上にエリオットは優しく、自分を気にかけてくれるので受けて良かったと思っていた。
「教えてくださるかしら? ジゼル」
「は、はい!」
もう身内だと言わんばかりの呼び方にジゼルはピシッと背筋を伸ばす。王太后直々に名を呼んでいただけることは光栄だが、心臓にはよろしくない。
「……いいでしょう。その代わり、わたしの前で堂々と話してもらいますから」
「余計な口出しはしないと約束できるなら、許します」
王太后は口元の皺を深くして嫣然と微笑む。負けじとエリオットも微笑んでみせた。その微笑み方になんとなく血のつながりを感じてジゼルは微笑ましく思う。
「……なにを笑っている?」
「い、いえ? なんでもありません」
「本当か?」
「本当です」
家族仲は良くないと聞いていたが、王太子殿下をはじめ、王太后も彼を気にかけているらしい。そのことが知れただけでも、よかったと胸を撫で下ろす。
「ーーすまなかったな。あの方はあぁ見えて、こういう話が大好きなんだ」
お茶会という名の尋問は二時間にも及んだ。「ジゼルのどこがよかったのか」「エリオットのどういうところが好きなのか」と言葉を変え、形を変え同じようなことを何度も王太后に質問された。
その度にエリオットはきっと内心辟易しながらも(顔には出ていない)何度も同じような内容で回答する。もちろんジゼルも自分なりの言葉で質問に答えた。そのたびに王太后は少女のように目を輝かせて喜んでいた。
「お婆様には元々別に婚約者がいたらしい。だが、政治的な意味合いもあり王族に嫁ぐことになった」
陛下は四六時中ずっと陛下だった。妻にも厳しく子どもたちにはもっと厳しかった。やっと重荷が下ろせてこれからが夫婦の時間だという時にまるで役目を終えたように旅立ってしまった。
「貴族の結婚とはそういうものだ。だからわたしは相手など誰でもいいと思っていた。ーーきみに会うまで」
王城の出口に向かう道すがら、歩みを止めたエリオットは真剣な顔をしていた。
ついさっきまで、口裏を合わせることばかり考えていたジゼルの思考が一気に吹き飛ばされてしまう。
まるで、自分に出会ったからそうじゃないと言われているようだ。
「きっととても失礼なことをきみに言ったはずだ」
「……もしかして、消去法ってやつですか?」
「……あぁ」
エリオットはバツが悪そうに目を逸らす。ジゼルはそんな彼を見てクスクス笑った。
「でもあの状況では仕方ないことです。それでもあなたはちゃんと領地を自分の足で回って、自ら訪ねてくれたでしょう? トマスや他の誰かに任せるのではなく」
結婚式まであと一週間。他にもやることは山積みなのに、彼は自ら訪ねてくれた。
畑仕事をしているジゼルを見て、驚きはしたものの眉を顰めたり軽蔑するような眼差しを向けてくることはなかった。ツンツルテンのドレス姿を見てもそのことには触れず、子爵家の経済状況を察して「身ひとつでくればいい」と言ってくれた。
ただ単純に気づいていなかっただけかもしれないが、ジゼルはあの場で指摘されなかったことにも安堵したし、大きなことを求められなかったことにも安心した。エリオットはちゃんと自分の言葉に耳を傾けてくれるとわかっていたから、きっと勇気が出せたのだと思う。
「仕方なくとも、わたしは少し、いや随分と後悔しているんだ」
「え?」
「できるなら、もう一度出会った日からやり直したいぐらいに」
エリオットが苦虫を噛み潰したような顔をする。ジゼルは笑みを深めた。
「出会った日ではなく、今から始めればいいじゃないですか」
「今から?」
「何度だって軌道修正できますよ?」
「ーーそうだな」
苦々しい表情が和らぐのを見て、ジゼルは口元を緩める。入り口に侯爵家の馬車が来ているとのことで、ジゼルはそこまで送ってもらうことになった。
「今夜は早く帰る。もし、許してくれるなら夜はわたしの部屋に来ないか? ホットミルクとクッキーを準備しよう。眠くなるまで、その」
「わかりました」
許すもなにも彼は何も悪いことなどしていない。ジゼルはエリオットの言葉を遮って承諾した。
「夕食も準備しますか?」
「あ、あぁ」
「では、トマスにそう伝えますね」
教会でキスをしてから、エリオットは必要以上に触れてこなかった。エスコートの時だけで屋敷でもほとんど近付いてこない。寝室が隣になったのに彼の帰宅は遅く、朝は早かった。朝食は変わらず一緒にとるがそれだけだ。
そのことをジゼルは少し寂しく思っていた。だからこそ口調が早口になってしまう。
「お帰りなさい、奥様」
「ただいま、トマス。あのね」
「ジゼ姉、お帰りなさい〜!」
「え、グイド?!」
エリオットが夕食時に帰宅する旨を伝えようとしたら、トマスの後ろからぴょんと飛び出してきた小さな影に驚いた。まだ高い声と甘える口調。ジゼルを”ジゼ姉”と呼ぶのは、異母弟だけだ。
「ど、どうしたの?!」
「ジゼ姉に会いたくて来ちゃった」
まったく悪びれもしない無邪気な笑顔にジゼルは呆気に取られる。
「き、来ちゃったって。お父様たちは?」
「僕ひとりだよ」
「な、なんですって?!」
「だってそんなの、止められるに決まってるじゃん」
グイド曰く、部屋に書き置きだけして出て来たという。
「ど、どうやってきたの?!」
「王都に向かう馬車があったからそれで」
「お金は?」
「貯めたお小遣いでちゃんと払ったよ。馬車のおじさんたちも優しくて食べ物いっぱいもらった」
楽しかったよ、という異母弟の表情からたしかに嫌なことや危険だったことがあったようには見えない。
ホッと胸を撫で下ろしたあと、唐突に「あれ?」とジゼルは首を傾げた。
「……お小遣い? もらっているの?」
「うん、おじいちゃんからね」
「……なるほど」
ジゼルは一度もお小遣いなどもらったことがなかった。自分で縫った刺繍等を売ったお金を貯めて、それでもその中のいくらかは家に納めていた。ちくり、と胸を刺すものがある。グイドと自分は違うとわかっていたはずなのに、なんだか苦しくなった。
「ねえ、それよりジゼ姉。ご飯作ってよ」
「ご飯? どうして?」
「ジゼ姉のご飯が食べたいから」
にぱっと笑う顔を見ていると仕方ないなぁ、と絆されてしまう。ジゼルはドレスを着替えて厨房に向かうと、グイドのリクエストに応えて腕を振るった。




