15
「たたちゃん。かか。まって。いかないで」と目を覚ましたにこが言って、タタにその小さな手をのばした。
にこはその綺麗な目にいっぱいの涙を浮かべていた。
にこはずっと眠っていたみたいだったけど、どうやら、今、自分がこのふと迷い込んでしまった影の世界から、もとの世界に帰ることをわかっているみたいだった。(もしかしたら、夢の中でずっとタタとカカのことを見ていたのかもしれない。タタとカカの声を聞いていたのかもしれない)
「さようなら。にこ。もう影の世界にきちゃだめだよ。ちゃんともとの世界で元気になってね。……、ばいばい」と真っ赤な瞳からぽろぽろと涙をこぼして、泣きながら、必死に手を伸ばしているにこの手にふれないようにがまんをして、(その手にふれてはいけないと思った。だって、これからにこはもとの世界に帰るんだから)にっこりと笑って、タタは言った。
カカも、ぐるる、と唸って、じっと優しい顔をして、にこのことを見つめていた。
「たたちゃん、かか」とにこは言った。
タタとカカにその小さな手を必死に伸ばすようにして。
「わたしたちはずっと、ずっとお友達だよね?」とにこは言った。
「うん。そうだよ。ずっとお友達だよ」とタタは言った。
ぐるる、とカカもそうだよ、と言った。
どうもありがとう。
おかえり。にこ。
さあ。一緒にお家に帰ろう。
にこのお母さんがにこの小さな体を抱きしめながら、優しい声で、そう言った。
ぼんやりとしたあったかいものはだんだんと大きくなった。
ぼんやりとしたあったかいものに、にこが包まれるようにして見えなくなった。すると、そのぼんやりとしたあったかいものは、その役目を終えたかのようにして、タタとカカの目の前から、今度は、だんだんと小さくなって消えていった。
ぼんやりとしたあったかいものが消えてなくなってしまったあとには、なにも残ってはいなかった。(本当なら、にこの身に着けていたものがひとつくらい欲しかったけど、そこにはなにも残ってはいなかった。たぶん、あんまりよいことではないのだろう)
タタとカカは少しの間、にこのいなくなってしまったところを、ぼんやりと二人で一緒になって、ずっと、ずっと見つめていた。
とても『静かになった』影の世界には、しんしんと真っ白なつめたい雪が降り続いている。
「くしゅん!」
と珍しくタタがくしゃみをした。
すると、カカが心配そうな顔でタタを見る。
いつの間にか、タタの頭の上と、それからカカの大きな体の上には、真っ白な雪が少しだけつもっていた。
雪の積もっている自分たちの姿を見て、タタとカカは小さく笑った。
ずっと泣いていたタタはぐっと夜の色のドレスのそでで赤い瞳の涙をぬぐうと、「影のお城に帰ろう。カカ。わたしたちのお家に」とにっこりと笑ってそう言った。
ぐるる、とカカがタタを雪から守るように大きな体を近づけて、いつものように、そうタタに返事をした。