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永失の騎士団と師の教え

 扉がゆっくりと開かれ、そこに現れたのは、僕たちの目的の人物だ。見た目は40代前半といったところか。だが、その姿には年齢以上の落ち着きと風格が漂っていた。鍛え抜かれた体格、無駄のない筋肉がそのまま見て取れる。短めに整えられた黒髪には、少しグレーが混じっており、歳を重ねた証拠だが、それが彼の品格を一層引き立てているように思えた。


彼が身に纏っている服は、シンプルで機能的だ。黒を基調にしたロングコート、無地の白シャツ、黒とグレーを交えたベスト。そして動きやすそうな布製のパンツ、革のロングブーツ。どれも傷んでいる部分が目立つが、それがかえって長年使い込まれてきたことを物語っていた。無駄な装飾はなく、だがどれも品が良く、使い込まれた様子が見て取れる。


「すまないな、すぐに出られなくて。着替えていたところだ。」


男は軽く頭を下げて、申し訳なさそうに言った。


「いえ、気にしないでください。」オズが笑顔で答える。


「お、元気だな、オズ。」男は少し意外そうに笑う。


その口調には、長い付き合いからくる親しみが感じられた。


オズは肩をすくめて言った。


「いや、今日は少し待たされるかと思ったからさ。」


「先生、今日も稽古してくれるんですよね!?」


僕が期待を込めて尋ねると、男は少しだけ照れたように笑う。


「もちろんだ。」男は頷きながら、僕たちを家の中に招き入れた。


「まずは素振りからだ。準備をしてくれ。」


その言葉に、オズはすぐに反応した。


「また素振りですか…。うーん、嫌いじゃないけどさ。」


「文句を言う奴には、永遠に素振りをしてもらうぞ。」


男は真剣な顔でそう言うと、目を細めて笑った。


「はい、文句はありません!」


オズがすぐに背筋を伸ばして答えると、その姿勢に僕も思わず笑った。


「さて、リクス、今日はどうする? 素振りだけで済むか?」


男は僕に視線を向け、軽く挑戦的な笑みを浮かべた。


「素振りでも、全力でやるさ。」僕はにっこりと笑い返した。


 先生は、厳しい指導を始めた。稽古が進むにつれて、徐々に彼の口調も厳しさを増していく。素振りをしながら、彼は僕たちの体の使い方、呼吸、さらには心構えまで一つ一つ指導してくれる。


「もっと背筋を伸ばせ。」師匠は冷静に言った。


「肩甲骨を意識して動かせ。そうしないと、軸がブレてしまう。」


オズはすぐにその指示に従おうとするが、まだしっかりと動かせていないらしい。師匠は一歩近づき、オズの背中に手をあてて優しく修正を加える。


「こうだ。体全体を使って、剣を振るんだ。」師匠は、オズの体を少し動かしながら、肩甲骨の動かし方を示す。


僕もそれを見ながら、自分の動きを確認した。背筋を意識し、肩甲骨を動かす。最初はうまくいかないが、何度も繰り返しているうちに、だんだんと力が抜け、体全体で剣を振る感覚が掴めてきた。


「よし、いい調子だ。」


師匠が僕に向かって小さく言った。その一言が、何より嬉しい。


稽古が続く中で、何度も何度も修正が入る。時には、しっかりとしたポーズで構えることを求められ、また別の瞬間には動きのスムーズさを重視される。これが、師匠が求める“無駄のない動き”ということだろう。


「リクス、お前の動きは少し早すぎるな。早さよりも、正確さを優先しろ。」


師匠の言葉に、僕は頷いた。


オズも、最初は力任せに振っていたが、何度も修正を受けるうちに、少しずつ体を使った振り方が身についてきたようだ。


「もう少しだ、オズ。肩甲骨を意識して、腕を振り過ぎないように。」


師匠は指示を出し、オズの動きを見守る。


僕たちの稽古が続く中で、時間はあっという間に過ぎていった。次第に、僕たちの体力も限界に近づき、汗だくになってきた。


「そろそろ昼飯だな。」師匠が言い、僕たちは素振りを一時中断した。


 昼食は、師匠がいつも作ってくれるおむすびだ。素朴で、どこかほっとする味わいがある。今日もまた、そのおむすびを食べながら、師匠は何かしらの話をしてくれる。


「先生、今日は何を教えてくれるんですか?」


オズがうきうきと尋ねると、師匠は考え込むようにしばらく沈黙した後、静かに言った。


「樹魂について話そうと思う。」


「樹魂? それは?」僕が尋ねると、オズも同じように興味深そうに耳を傾けた。


「樹魂とは、一部の人間だけが持つ特殊な能力だ。」


師匠はゆっくりと語り始めた。


「魔法や呪術のように努力で身につけるものではない。生まれつき備わっているもので、ある意味、運が良ければ手に入る力だ。」


「そんな力が?」オズが驚きの声をあげる。


「そうだ。」師匠は頷きながら続けた。


「樹魂には、生まれた瞬間に発現するものもあれば、生涯その力を発現せずに終わる者もいる。」


「それじゃ、運みたいなものなんですね。」僕は少し考え込む。


「そうだな。でも、期待しない方がいい。」師匠は冷静に言った。


「樹魂があるかないかは、才があるかないかを超えて、知識として身につけておくといい。知識があれば、相手の行動や思考、能力が見えてくることがある。」


「へぇ〜、面白いな。」オズが目を輝かせながら言った。


「リクス、俺たちもきっと持ってるよな?」


「どうだろうね。」僕は少し考えてから答えた。師匠が静かに答える。


「それに、樹魂を持つ者が必ずしも強いとは限らない。重要なのは、それをどう使うかだ。」


師匠が静かに答える。


持っているって、そして、俺たちは樹魂を使ってあの騎士団を超えるんだ。」

オズが胸を張って言う。


「騎士団?」僕は首をかしげた。


「騎士団って、オルディスのことか?」


先生が冷静に尋ねる。


「もちろんだ。あれを超えるのが俺たちの夢でもあるから。」


オズが自信たっぷりに言い返す。


「オルディス騎士団は13人いたが、今ここには2人しかいないぞ。」


先生が少し面白そうに言う。


「そりゃ、先生。」オズが少し不満げに言った。


「これから新しい仲間を集めるのさ。」


「そうか。」


先生は少し頷いてから、リクスに向き直る。


「ところで、リクス、君は何を考えている?」


「うーん…」


リクスは少し考えてから、口を開く。


「よく考えるんだけど。オルディス騎士団がどうして突然消えてしまったのかって。今じゃ『永失の騎士団』って呼ばれてるけど。」


「確かに。」オズが言う。


「でも、調査隊が組織されて調べても、何も出てこなかったらしい。それに、その調査隊も長くは続かなかったっていうしな。」


「王様たちは、一体何を考えているんだろうな?」オズがふと思いながら言う。


「先生は、何か知っているんですか?」


リクスが先生に向かって問いかける。


「ふむ…」先生が考え込みながら答える。


「噂では、タナトス山に行ったと言われている。」


「タナトス山?」リクスが驚きの表情を浮かべる。


「あの極寒で遭難者や死者を数多く出している山のことですか?」


「そうだ。」先生がうなずく。


「でも、あくまで噂だ。実際にどうかはわからないし、何よりオルディスが消えてから17年も経っている。今さら探しに行くのは、かなり難しいだろうな。」


「それでも、もし本当に行ったなら…」


リクスが少しだけ声をひそめる。


「その謎が解ける日が来るかどうかは分からない。」

先生が冷静に答える。


「でも、お前たちがその夢を追い続ける限り、いつか何かしらの答えが見つかるはずだ。」


「確かに、もうほとんど手がかりは残っていないと思う。しかし、何かを見逃しているかもしれない。それに、あの騎士団が消えた理由が、今でも重要な何かに繋がっている可能性もある。」


それは僕のこれからの道に大きな影響を与えるかもしれない。僕はその答えを探しに行く必要があるということを、なんとなく感じ取った。


 昼食が終わり、再び稽古が始まった。午後の訓練では、重力魔法陣を使って身体能力を鍛えることになった。師匠は魔法陣を描き、重力を増す魔法を使う。


「重力を変えることで、普段の動きがどれほど重要かがわかる。」師匠が説明を始めた。


「重力が強くなれば、身体にかかる負荷が増す。しかし、それに耐えることができれば、逆に軽い重力でも軽快に動けるようになる。」


その言葉通り、魔法陣が発動すると、急に身体に重力がかかり、普段の素振りすらも重く、遅く感じられた。しかし、それに耐えながら動き続けるうちに、次第に体力と耐久力が鍛えられていくのがわかった。汗が滴り、呼吸が荒くなる中でも、少しずつ体が重力に慣れてきているのを感じる。


その後、長時間にわたる厳しい稽古が続き、日差しも徐々に西に傾いてきた。空が少しずつオレンジ色に染まり、周囲の景色が薄暗くなるのを感じながら、ようやくその日は過ぎようとしていた。

さぁ、午後の稽古は終わりだ。」


師匠の声が響き、僕たちはようやく立ち止まり、息を整えることができた。


 稽古が終わり、少し休憩を挟んでから帰り支度を始めた。疲れた体を引きずりながら、いよいよ帰る時が来た。すると師匠は突然、僕たちに告げた。


「一週間後、首都を出て、魔物を狩りに行く。」


その言葉に、僕たちは驚きと興奮が入り混じった気持ちを抱えながらも、体力が限界に近づいているせいか、疲れた顔で応えた。


「やったー!」


オズが元気よく言ったが、明らかに疲れがにじみ出ている。


僕も同じように「楽しみにしています!」と答えたが、その返事は少し声が弱かった。


「さて、お前達は疲れているだろう。今日は帰って休すめ。」師匠は微笑んで言った。


僕たちは、少しばかりがっかりしながらも、師匠の家を後にして帰路に着いた。




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