8.王都は心労がピークに達する
ソラは久しぶりに、ジェルドの屋敷から王都へ戻ることにした。騎士として命を受けた仕事だったのに、ついうっかり平和な日々を送ってしまった……かなり時間が空いてしまっているが、任務に熱心に打ち込んでいた、とでも報告しとけば、まあなんとかやり過ごせるだろう。
まず手始めに、王都暮らしで使っていた借間に戻った。荷物もほとんど置いていないうえ、しばらく帰っていないのだが、一応異常がない事を確認した。ついでに、ジェルドの屋敷での生活が長引いているので、必要そうな荷物も多少追加で持っていくことにする。
次に、騎士団の詰所を訪れた。みんなソラの訪問を喜んでくれ、近況を教えてくれた。
(なんだか、みんな、疲れた顔をしているな……)
自分のために、通常の勤務に加えていろいろ調査をしてくれているようで、大変申し訳ない気持ちになる。
「アルナスの調査……もう少し時間がかかりそうなんだ」
「うまくはいっているんだ。でも、相手も貴族だから、なかなか思うようにいかないこともあってさ……」
「大丈夫! 徹底して相手を追い詰めると有名な団長が采配をとっているんだから、全部うまくいくさ」
「必ず、助けてやるから、騎士団に戻って来いよ!」
「あ、ああ! ありがとう、みんな」
皆に口々に声を掛けられ、ソラの目頭がじんと熱くなる。
「……ところで、団長の姿が見えないけど」
「ああ、トルバルド団長は、王城で待ってるって。ソラに久しぶりに会えるから、気合入れて準備してたしな」
「え……あ、ああ。行ってみるよ」
何の気合を入れているというのか。また、全力で怒鳴れる対象が帰ってきた、という点においては嬉しいのかもしれない。
騎士団の皆に挨拶を済ますと、ソラはいよいよ、ここまでの経過を報告をするために登城した。報告が終わったら、帰りには店によって日用品も補充していこう、などとのんきに考えていたのだったが……
「ばかか!!!! 第二王子の屋敷に移り住むというから状況が進展したと思えば、芋を植えているだけだと!?」
ソラは、ジェルドの屋敷行きを言い渡された時と同じ部屋で、再び直立していた。案の定、騎士団長トルバルドには、説明をし終わる間もなく大声で怒鳴られた。想定内過ぎる。
「芋だけではありません! 他にも何種類か試しているところです!! そして、正確には芋植え以外にも……」
「ふざけるな!!!!」
今にも殴り掛かってきそうな勢いだ。だまって殴られるのも嫌なので応戦の構えをとったところ、一緒に報告を聞いていた王から声を掛けられ、姿勢を正す。
「そうか、それでは、ジェルドは元気そうにしている、とな」
「はい! 顔色も良く、健康状態は回復に向かっていると思われます」
「ふむ」
騎士団長トルバルドと違い、王は機嫌が良さそうだ。ジェルドは父親である王とも一切連絡を絶っていたのだろうか、こんな情報でも貴重な報告になるらしい。
王に続いて、大魔官メイヴェンもソラに向かって話しかける。
「ジ、ジェルド様がそこまで他人を受け入れたという事実には…驚きました。ただ、ソラくん…最終目的を忘れてはいませんよねぇ?」
(大魔官様の目が怖い……すっかり忘れてたなどとは死んでも言えない)
「はい……聖女様の帰還式典に殿下をお連れすることですね! もちろん!」
何がどうなったか、等ははっきり言わず、いい返事でやり過ごす。
「ふふ……まあ、いいでしょう。これから支度をするとなると…遅いくらいですからね。こ、これを、ジェルド様に」
ソラは、メイヴェンに手紙を託された。
「式典の案内状……でしょうか?」
メイヴェンはにこやかに首を縦に振る。
「わかりました、お届けします」
「いいか、お前は首の皮ぎりぎり一枚で繋がっている、ってことをくれぐれも忘れるなよ!」
団長には最後まで怒鳴られ、ソラはそそくさと部屋を出た。
疲れた……
なにせ国王の前で報告なんて緊張するし、団長は……まあいつも通り、そして口を開かなくても終始射殺さんばかりの視線を送って来るし、大魔官様も怪しい挙動で圧力かけてくるし……
ジェルドとのまったりスローライフに慣れきっていたソラは、今日のわずかな時間で心労がピークに達した。
早く屋敷に帰ろう、今日の夜ご飯は何かな……などと考えながら城の廊下を足早に歩いていると、突然何かにつまづき、転びそうになった。
「わっ!」
すんでのところで体制を立て直し、つまづいた原因を振り返ると……
脚を出して笑いをこらえている男性がいた。
(転ばせようと……わざと?)
「くくく……ごめんごめん! そんなに怖い顔しないで」
どういう意図かわからないが、とりあえず敵意を向けられているわけではないようだ。注意深く相手の様子をうかがう。緋色の髪を後ろで一つにまとめた、20代半ばと言った男性。瞳の色は暗い赤。眩しいくらいの美形だが、誰かに雰囲気が似ているような気がする……
そこで、ソラはある人物に思い当たった。
「王太子殿下!? 失礼しました!!」
先ほどまで謁見していた王の息子であり、ジェルド第二王子の兄、シリウス・ワウテリアス王太子。遠目に見たことはあっても、こんなに近くで会話をするのは初めてだった。……というか、足を引っかけられるのも。
「そんなにかしこまらなくてもいいって」
どうにも、見た目とはギャップのある言動が気になる。シリウスはソラに近寄り、気安く肩を叩いた。
「君、ソラ・ユーミア嬢でしょ? なんやかんやあって弟の屋敷に住んでるっていう。最近はみんなその噂で持ちきりでさ!」
「は、はい」
どんな噂かは詳しくは聞かない。
「へぇ、君がね。我が弟はこういう子が好みかぁ」
「? 私はただ、ジェルド殿下のお屋敷を警備しているだけの騎士ですが……」
「うんうん、そうだね。不器用猪突猛進タイプの女騎士、ね」
「????」
シリウスが何を言っているか、さっぱりわからない。戸惑っているソラに、シリウスがずい、と顔を近づける。
「ユーミア嬢、今後とも弟をよろしくね。そして、帰ったらジェルドに、伝えておいて! お兄ちゃんが会いたがってるよ♡、って」
「え!? あ、かしこまりました」
またね、とウインクすると、シリウスは颯爽とその場を立ち去って行った。